【第2章】太陽と叢雲

〔1〕

 剥き出しになった茶褐色の断層が、海に反射する朝日を照り返していた。

 断崖に沿って叢雲学園の裏門へと続く急な石段を、バスで通う学生達が次々と降りてくる。

 その早朝の様子は、まるで蟻の行列のようだと優樹は思っていた。

 バス通学を嫌い、優樹は『ゆりあらす』から毎朝オフロードバイクで学園に通っている。心地よい潮風を受け、海岸沿の道を走るのは気持ちが良かった。

 半島の西を向いている、この岬から朝日は臨めない。それでも天気の良い日の海は美しく輝いて、つかの間、意識を遠く現実から離れたところへ運び去ってしまいそうになる。

 いつものように、青龍のレリーフのある正門前でバイクを停めた。だが駐輪場まで押していく途中、学園が普段とは違った空気に包まれていることに優樹は気付いていた。

 既に学生の多くが、石膏像の中から見つかった死体のことで何やら噂しあっているようだ。

 田村から遼が暫く学校を休む事を聞かされた優樹は、内心ほっとしていた。

 結局土曜の夜から話をする暇がなく、わだかまりが解けないことに不満が残っていたからだ。

 その気持ちのまま学校でクラスメイト達の好奇の目に曝されるのは、我慢がならなかった。

「よっ、おはよう! 優樹」

 駐輪場で呼び止められ優樹が振り返ると、クラスは違うが剣道部で一緒の日比野が少し離れたところで手を振っていた。よりによって、一番厄介なヤツにあったと顔を顰めた優樹の心中など気にもせず、日比野は自分のスクーターを隣によせた。

「なあ、おまえ土曜日、大変だったんだろう? 聞いてるぜ」

「なに聞いたか知らないけど、俺の方は別になんでもないよ」

 バイクのスタンドを立て、優樹はタンデムシートに括ってあった学生鞄を肩に担いだ。

 話し好きの日比野に、朝から関わりたくはないと言う気持ちが正直なところだ。噂話が好きな男で、口の軽いところが気に入らない。

「そっか、そりゃそうだ。当事者は秋本なんだって? 石膏像の中にあった死体がアイツのお姉さんだったなんて、すげえよなぁ」

「おまえ、どこから聞いてきたんだよ」

 背中越しに聞いた優樹に「へへっ」と、日比野は得意そうに笑った。

「八街が、親父と話してたんだ」

 剣道部顧問の八街と日比野の父親は、大学時代の剣道仲間で先輩後輩の関係だ。

 おそらく昨夜の事件は、あっという間に学園関係者全員に広がったに違いない。内心、遼の不在に安堵して優樹は、日比野に険しい目を向けた。

「おぉ、怖っ! そんな顔するなよ。おまえさぁ、いい加減アイツと付き合うの、よした方がいいんじゃねぇの? なぁんか、似合わねぇっていうかさ。実際、変なヤツだし。だから……」

「だから、何だ?」

 表情を変えず、低い声音で問い返すと日比野が身を縮める。

「……っ、何でもねぇよ。じゃ、放課後部活でなっ!」

 そそくさと立ち去る背中を苦々しく思いながら、始業のチャイムに優樹は走り出した。

 チャイムが鳴り終わると同時に駆け込んだ教室では、どうやら担任の小峰が優樹を待っていたようだった。

「おお、来たか篠宮。ちょっと職員室まで行ってくれるか?」

 この小柄な教師は背の高い優樹に上から見下ろされるのを酷く嫌っていて、常に距離を取ろうとする。今も不自然な笑顔を向けながら、少し離れたところから声を掛けてきた。

 優樹にとっては薄くなりかけた中年教師の頭など、どうでもいいことなのだが。

「職員室に? 何ですか?」

「うん、実は警察が君に聞きたいことがあると言うんだよ」

 この土曜・日曜と、入れ替わり立ち替わり訪ねてくる警察に、いったい何度同じ話をしたことだろう。また繰り返すのか、と、優樹はうんざりした。

「一限目、英語だしなぁ……」

 英語は彼の好きな科目だ。警察の同じ質問に辟易とするよりは、授業を受けていた方が良い。

「どちらにしても一時限目、悪くすると午前中ずっと自習になるかもしれん。職員会議があるんだよ」

 小峰の顔は半泣きだった。困ったことがあると、すぐにこの顔になるのだ。

 優樹もそう言うことなら仕方がないとあきらめ、鞄を置くと職員室に向かった。

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