中撃 売国総理と少女の涙

あの日、夕暮れ時の”帝都”で、雑踏にまぎれた足音が突如鳴り響く銃声にかき消された。


「散れっ!」


 華震国の国旗を胸にプリントした武装集団が、ダダダダダッ───!! と、いう乱射音を鳴らし、帝都の国民達を撃ち始めたからだ。

 ヤツらはこれまで民間人のフリをして着々と準備をしていたが、遂に武装蜂起をした。

 突然の出来事に周囲は蜂の巣をつついたような大混乱が起こり、恐怖と絶望の叫びが周囲にこだまする。

 同時に、血の混じる硝煙が夕日を覆っていく。

 しかも、それは帝都だけではない。

 日元国各地の都市でも、一勢に起こったのだ。


 この時、国を守るハズの”国防隊”は何をしていたのか?


 一切動けなかった。

 なぜか?


「全軍、待機命令! 一切動く事を禁ずる! その場で待機せよ!」


 と、いう命令が下されたからだ。

 それを命じのは、俺の目の前にいるこの川波。

 もちろん、本来ヤツはこの日元国を一番守る為に動かなければいけないのは明白。

 なのに、この”狂断”を下した理由はいたってシンプル。

 遥か以前から、華震国に裏側から侵略されていたからだ。


 ヤツらは長き渡る経済政策、企業買収、政治中枢への浸透、情報操作等を綿密に行い日元国の中枢へ侵食してきた。

 全ては”この日”の為に。


 だからこそ、この大惨事を前にしてもテレビは真実を語らず、SNSは遮断された。

 ただ、血と悲鳴と炎だけが、都市を赤く染め上げてゆく。


 けど、これだけじゃない。

 さらに華震国は、信じられない事をしてきやがった。

 なんと、この虐殺を”日本の暴徒鎮圧”という名目に塗り替えたんだ。


『日元人たちは昔から我々を迫害してきた! だからこそ粛清したのだ!』


 思い出すだけでもはらわたが煮えくり返るが、これは紛れもない事実。

 ヤツら華震国が昔から得意とする捏造だ。

 俺たち日元国の人間は、華震国を迫害なんてした事は無い。

 むしろ第二次インペリアル・ウォーズの事を持ち出され、散々たかられてきた。

 あの時代、どの国も戦わなければいけなかったのに、その賠償をしろと言ってだ。


 さらに最近では、ヤツら華震国の人間ばかりが優遇され、俺らが迫害されてきたと言っても過言じゃない。


───なのに、歴史はあっという間に改ざんされた。そして……!


 捏造された正義の名の下に、日元国は華震国に完全に支配された。

 もう、俺たちには表現や言論の自由など一切ない。

 それどころか、住む区域も完全に分けられ、職業も”華震AI”が承認したもの以外には就けなくなったんだ。

 なによりマズいのは、それによる”選別”に他ならない。

 社会不適合とみなされた人間たちは、容赦なく収容所に送られ”臓器の元”にされてしまう。

 

 まるで絵に描いたようなデストピアが、本当に実現されてしまったんだ。

 この日元国を……川波たちが売り渡したせいで。


───

 ───

  ───


 ここまでの話を川波は何も言わずに聞いていた。

 他の側近達も同じだ。

 だが、それも当然だろう。

 今、俺が話した事は、全てヤツらがこれから起こそうとしている惨劇そのものだからだ。


「う、ぐっ……し、信じられんが、キミが未来から来たというのは本当のようだな……! だが、だがなぜ?! それならば、なぜキミがレッドカードそれを持っている?!」


 川波は激しい興味と同時に、顔は真っ青になっている。

 ヤツも帝都大を卒業した秀才。

 大方の予想はついているに違いない。

 恐らく、知りたいのと知りたくない気持ちが、半々といった所だろう。

 ただヤツの気持ちがどうであろうと、俺は告げる。

 ここからが真の意味での本番だ。


「川波、そして側近のアンタ達も信じてるんだろ? あの言葉を……」

「あ、あの言葉?!」

「ああ。ヤツらが常に口にしている……」


──従う者は赤い祝福の光に照らされ、逆らう者は自らの血で赤く染まる──


 これは、華震国の精神をもっともよく言い表している言葉だ。

 ヤツらの国のカラーは赤。

 従う者は管理という名の下に優遇され、逆らう者は殺されるという意味に他ならない。


「だから、思ってたんだろ? 最後の最後まで……自分たちだけは、華震国に協力してきた自分たちだけは助かり重宝されると……!」


 これを告げたと同時に、川波は顔をより真っ青に染め、全身をガクガクと震えさせ始めた。

 側近の石屋と共に。


「ま、まさか、あのお方たちは私たちのことを……」

「う、う、嘘だ! ありえない! 私はこれまで、あのお方たちのお役に立てるよう全力で…」


 さすが二人とも秀才なだけはあって、事態の飲み込みは早いらしい。

 特に自分達の命や利権に関わる事なら、尚更なのだろう。

 ヤツらの悲壮な顔には、雨を浴びたように冷や汗でベチョベチョだ。


「川波、石屋、そして他のヤツらも……全員真っ先に粛清されるんだよ! 華震国の……トップのヤツらの指示によってな!」


 俺の言葉を真正面から受けた川波と石屋、そして側近たちも、ただただ目を大きく見開き一言も発しない。

 のらりくらりと相手を躱し無為な言葉を垂れ流す、いつものふざけた答弁とは真逆だ。

 しかし、皮肉にもこの無言こそ、ヤツらが心から聞いている証しである事が伝わってくる。


「川波、そしてアンタたちも、普段からその姿勢で人の話を聞いてれば……」


 そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。

 こんな、今さら言ってもどうにもならない事を言う為に、ここに来た訳じゃないからだ。

 ヤツらに告げるべきは、そんな事じゃない。

 俺は片手で銃口を川波にむけたまま、胸のポケットから1枚の写真をスッと取り出した。

 ボロボロになり半分が焼けた写真には、一人の少女が写っている。


「……川波、コイツを、この子を覚えているか……!」

「誰だ、この少女は? 私にはこんな知り合いは…」


 川波は目を細め写真を見つめていたが、次の瞬間、ハッとした表情に変わり大きく目を見開いた。


「まっ、ま、まさか、この子は?!」


 恐らくヤツは、とてつもなく驚愕したのだろう。

 一気にうろたえ、後ろへよろけた。

 それは先ほどとは違う恐怖に違いない。

 いや、同時に強烈な懐かしさも感じているに違いない。


「そうだ川波、忘れた訳じゃないよな。あの日───」


 この写真に写っているのは『瑠美』という、俺のたった一人の妹だ。

 アイツは本当に可愛くて優しいヤツで、激情家の俺をよく戒めてくれていた。


───

 ───

  ───


『もう、お兄ちゃん。正義感が強いのはいいけど、あんまり怒ってばかりいたらダメだよ』

『あ? 悪ぃヤツにムカついて、何が悪ぃんだよ? ああいうヤツらは…』

『お兄ちゃん! 悪口ばっかり言わないの。誰にだって抱えてる物がある。表面だけ見てちゃダメって教えてくれたのはお兄ちゃんでしょ』

『だー、まあ、そうだけど、最近のこういうのは…』

『ハーグっ♪』

『お、おい! 何すんだ瑠美?! 離れろって。こんなの見られた誤解されんだろ』

『だーめ♪ お兄ちゃんが落ち着くまでこうしてるよ』

『わーかった。もうわかったから』

『えへへっ♪ 分かればよろしい。今から美味しいカレー作るから一緒に食べよ』


 こんな調子の瑠美と街で買い物をしていた時、たまたま川波が選挙演説をしてる場に出くわしたんだ。


『私は、己民党は嘘をつかず、国民の皆様に寄り添った政治を…』


 そこまで言った時、聴衆の一部のグループが大声を上げた。


『嘘をつくな! お前ら己民党がそんなことする訳ないだろ!』

『選挙の前だけいいこと言いやがって恥を知れ! 政界から……いや、この世から消えろ!』

『もうガマン出来ない! オマエらは、俺たちをなんだと思ってるんだ!』


 この時、まだ川波は総理ではなかったが、ヤツの属する己民党に強烈な不満を持った人間達が、とうとう声を上げたのだ。

 そしてその声は炎のように一気に広まり、暴動が起こり始めた。

 日元国の人間は元々は大人しいが、その分、一度キレると手が付けられない。

 川波が立つ選挙カーには、大勢の人間が津波のように押し寄せいる。

 だか、そんな時だった。


『ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!』


 物凄くよく通る声が閃光のように貫き、暴徒達の動きを一瞬にして止めたんだ。

 その声を放ったのは瑠美。

 みんなが振り向く中、まだ中学生の瑠美は、涙をいっぱい滲ませながら暴徒達を見つめている。


『……私まだ子供だけど、みんなの気持ちは分かってるつもりだよ。うちだって生活苦しいから……。お父さんとお母さん、いっぱい働いても、貧乏なんだもん……。私だって、卒業したらもう、働かないといけないの。本当は、やりたいことあるんだけど、このままだと、暮らしていけないから……』


 瑠美は拡声器を使ったわけじゃないし、最初の叫び以外、怒鳴ってる訳でもない。

 けど、その声と言葉はみんなの間に波紋のように広がり、誰もが黙って聞いている。


『だから私だって、本当は怒ってる。でも、今この人にみんなで暴力を振るっても何も変わらないよ! この国の舵を取るのは、このおじさんたちなんだもん! だから…』


 そこまで言うと、瑠美は車上の川波をスッと見上た。


『どうか、どうか戦ってください……きっと色々抱えていると思いますけど、おじさん達に戦ってもらわないと、私たち……生きていけないんです。贅沢をさせてくれとは言いません。ただ、毎日頑張ってるお父さんとお母さんを、少しでも楽にさせてあげてください! どうか……どうかお願いします!』

 

 そう告げると同時にサッと頭を下げた瑠美は、完全に無防備な状態だ。

 けれど、誰も取り押さえようとはしない。

 誰もが拍手する事すら忘れ、辺りからは幾つものすすり泣く音が聞こえてくる。

 もちろん、俺もそうだった。

 瑠美のあまりにも純粋で愛の込められた言葉に、その場を動く事すら出来ない。


 しかし、そんな中で川波を乗せた車は動き出した。

 川波の秘書がこの隙をみて車を発進させたんだ。

 周りに大勢の人がいるのに関係なく、勢いを増して進んでいく。


 それを目の当たりにした俺は車を追おうとしたが、瑠美が腕にギュッとしがみついてきた。

 瑠美は、涙で赤くなった瞳で俺を見あげている。


『お兄ちゃん、ダメ……お願い、もうこれ以上は……』

『だけどっ……』

『ううん。きっと、あのおじさんだって考えてくれるハズだよ……だから信じよう。それに私、本当は優しいお兄ちゃんが、これ以上怒るとこなんて、見たくないよ……』

『瑠美っ……!』


───

 ───

  ───


 俺がここまで話すと、川波は目を見開いたままゆっくりと口を動かした。


「あの子は、キミの妹だったのか……!」


 静かに零すように言ってきた川波の瞳には、さっきまでとは違う色が差し込んでいる。

 もちろん、まだドス黒さは消えていない、

 だがそれを、気高い光が覆おうとしているかのようだ。


───川波っ……!


 俺がグッと歯を食いしばった時、ヤツはまるで何かに縋るような顔で追いかけてきた。


「妹さんは……キミの妹さんは、ここに来ていないのか?!」


 まるで、もう一人の川波が顔を覗かせたようだ。

 普段は封じ込めなくてはいけない、川波の良心ともいえる人格。

 ここにきて、ようやく川波の心が動いた証拠だ。


───瑠美、お前のお陰だよ……! だけど、だけど──!


 俺は込み上げる涙を必死に堪えたまま、川波を強く見据えて告げようとした。

 だけど、口を開けない。

 あまりにも悲しく、口を開いたら涙が溢れてくるのを止められないから。

 でも俺は告げる。

 ここでどんなに涙を流す事になろうとも、そんな事どうだっていい。


「瑠美が……ここに、来るわけ、ねーだろ……」


 俺は、全身の血が沸騰しそうな怒りと悲しさに身を震わせながら涙を浮かべた。


「……自分を殺す、男の目の前なんかに……」

「なっ、ま……まさかキミの妹さんは……?!」


 この瞬間、川波は全てを悟ったのだろう。

 今まで自分が何をし、どれだけ残酷な事をしようとしてきたのかを。

 真っ青な顔に大量の汗をかいて震えているが、それはきっと先ほどの理由とは別物に違いない。


 そんな川波を焼き尽くすような眼差しで見据えたまま、俺は込み上げる想いを爆発させた。


「そうだ。瑠美はアイツらに……お前が招き入れた華震国のテロリストたちに殺されたんだ!! しかも、凌辱されたあげく……その後、俺の目の前で……ぐっ……生きたまま、焼かれた!!!」


 絶望で作られた叫びが議事堂内に衝撃波のように広がり、誰も微動だにしないし一言も発さない。

 けれどそんな中、川波だけが一人ふらっとよろめいた。


「う、ああっ……そ、そんな……私が、あの子を……」


 川波は今にも泣き出しそうな顔をしているが、俺はヤツを睨み続けている。

 決して容赦なんてしない。


「そうだ川波……お前は、このままいけば瑠美を……あの時、たった一人お前の身を案じた、瑠美を無惨に殺すことになるんだぞ!!」

「うっ……ぐ……わ、私は……」


 震える声と共に、川波の瞳の色が変わってゆく。

 先ほどまでよりも、強く、確実に……!


「え、選べなかったんだ……民意に従えば官僚たちから引きずり下ろされ、下手をすれば”財官省”から消される……国防隊にはすでにあの国の手が回っていて……くっ、だから……」


 川波は体をブルブルと震わせ、目には涙を滲ませている。

 唇を噛み締めながら零すように告げている言葉は、紛れもない事実なのだろう。

 同時に俺の脳裏に、瑠美の顔が浮かぶ。


『誰だって、きっと何かを抱えてるんだよ』


───瑠美……お前の言う通りだよ。川波も、ずっと、ずっと苦しんでいたんだ。けど……!


 俺は一瞬スッと瞳を閉じて川波を再び見据えた。


「……言い訳するなよ川波。お前は“選ばなかった”んだよ。日本を救う手段は、たとえ地獄を踏んでもあった。アンタがそれを選ばなかったから、こうして俺が来たんだ。タイムリープという奇跡を起こしてな」


 銃口がわずかに動く。


「だがこれは復讐じゃない。これが、未来を変える最後の選択だ。選べ川波……死ぬか、生きて抗うか!」

「あ、抗える余地など、もう……」

「あるさ川波。もし、今この場でアンタが華震国の圧政を公の場で暴露すれば、日元国は……いや、誰かは気づく。ネットは検閲されても、真実は必ず届く」


 そこまで告げた俺は、全身にさらなる力を込めて言い放つ。


「他の誰でもない。この国を、みんなを守れるのはアンタしかいないんだよ……だから選べ川波……立ち上がるのは今なんだ!!!」

 

 俺がその叫びをぶつけた瞬間、川波はよろけていた体を立て直し、一瞬スッと瞳を閉じて俺を見つめた。

 そして壇上に両手をドンッと叩きつけると、辺りをスウーッと見渡してゆく。


「国民の皆さん……私が、間違っていました……」


 川波の声は震えている。

 だが、その声には強さが宿っていた。

 これから自身の身に降りかかる事に恐怖を感じながらも、決して退かない覚悟が。


「私は、華震国のあまりの強さに屈し……そして、自らの保身の為に……この国を、皆さまを、あの国に……売り、くうっ……売り、渡して、きましたっ……! けれど、もう私は決して…」


───川波っ……!


 この光景を俺はもちろん、他の議員たちも涙を滲ませ見つめている。

 今、川波がしている事がどれだけの勇気がいる事なのかを、誰しもが分かっているからだ。

 政治生命どころではない。

 川波は、自らの命を盾にして真実を訴えている。

 この国の皆を立ち上がらせ、守る為に!


───川波っ……川波ぃっ……! くっ……ありがとう……やっと、これでやっと……


 銃を構え歯を食いしばっていても、溢れる涙が止まらない。

 遂に川波へ俺の、俺たち日元国を想う人達の気持ちが届いたからだ。


 しかしその瞬間ドアがバンッ! と、大きな音を立て開かれ、十数人ほどの人間が駆け込んできた。

 俺を含め、その場にいる誰もが彼らをサッと見あげている。


───なっ!? まさかアイツらは──!


 彼らは一目見て分かる、この国最強の特殊部隊『GATT』だ。

 構えられたいくつもの銃口から照射されているレーザーの赤い光が、俺の正面を真っ赤に染めてゆく。

 もちろん、俺の銃口が川波を捉えてる以上、すぐに発砲する事はないだろう。

 だが、それも時間の問題なのは明白。

 イザとなれば、たとえ川波を犠牲にしてでも俺を打つに違いない。


───それに、彼らが来たという事は恐らく……


 その思考の”答え合わせ”は、驚くほど早く訪れた。

 GATTたちの後ろから現れたからだ。

 この日元国を遥か昔から華震国の王、いや、それすら傀儡として裏から操り世界を牛耳る『DPS』という”裏政府”の王『ジョ・ジーヴ』が──!

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