第46話「王の帰還」
南部から王国の中心にある王都ヴェルセルムへ向かうまでの道中、王都から地方へと移動する人々がちらほらと目についた。地方へ移動する人々の数は日増しに増え、俺達が王都まであと一日という距離まで移動すると王都から地方へ向かう道は荷物を運ぶ人々の集団で溢れていた。
王都から逃げ出してきた人々から話を聞いてみたところ、突然王城が見たことのない男に占拠されてしまい、王城の警備隊が男に襲い掛かるも手も足も出ずに無力化され、第一王子カンザスと第二王子ジョシュアの命によって王都の市民は街から避難することを余儀なくされたとのことだ。
現在、王都はもぬけの殻となっており、無人になった街の西側では第一王子カンザスの軍が陣を敷き、第二王子ジョシュアは街の東側に陣取って自分の軍を配置につかせているらしい。
あー、なるほど、王城に居座っているアカイエを討伐した方が次の王に相応しいみたいな話に持って行こうとしている訳だ、あの王子二人は。王城に居座ってる不審者がまさか王国の祖を築いた人間だとは夢にも思ってないだろう。
避難する王都の市民の流れに逆らって馬に乗って王都へと近付き、まだカラスも鳴き出さないような明け方に王都を取り囲む高さ六メートル以上の城壁へとたどり着いた。
城壁に点在する王都内へと入るための出入り口を見てみれば、全てカンザスあるいはジョシュアの手勢が占拠しており、両陣営にバレないように正面から入るのは不可能という状況だ。
どうやって王都の中へ入ろうかと城壁の前で頭を捻っているとふっふっふ~と上機嫌そうなオリヴィエが何かを抱えて俺に近付いてきた。彼女の手を見てみれば、ロープに鉤爪を括りつけた登攀用の道具を持っていた。
「団長!ここは私に任せてよ、王都の避難民と物々交換してさ鉤爪とロープを手に入れて来たのよ。これで城壁の出入り口を見張ってる人たちに気付かれずに中へ入れるよ!」
オリヴィエは手慣れた様子で鉤爪をぐるんと何度か回すとブン!と勢いを付けた鉤爪を城壁の一番上へと放り投げた。彼女が放った鉤爪は一発で城壁に引っかかり、俺とリゼリアとジェーンはおぉーとオリヴィエへ感嘆の声をあげた。
「オリヴィエは手先が器用だな、ローランと違って頼りになるよ」
「オリヴィエさん、落ち着いたら色々とお話してくださいね。ローランさんのお話はギャンブルのことばかりでまったくためにならなかったので」
「すごいねぇ、オリちゃんはさぁ~、あそこでお酒が落ちてないか探している飲んだくれローちゃんと違ってぇ~」
「みんな息をするようにオジサンのことをディスらないでよ……あ、これ!ウィスキーのボトルじゃねぇか!どっかの避難民が箱ごと捨てて行ったみたいだな、ラッキー!」
タンタララランって感じでウィスキーのボトルが入った木箱を嬉しそうに持ち上げたローランを無視して、四人でロープを登る。若干一名、運動不足で自分の体重を支えられないネクロマンサーがいらっしゃったので、仕方なく俺が背負って彼女と一緒に城壁の上に辿り着く。
王都を取り囲む城壁の上は細い道が作られており、見張り番の移動用の通路として活用されているようだ。通路のあちこちに使い終わった松明を捨てるためのくず箱が設置されている。
明け方のこの時間帯は城壁の上にはカンザスやジョシュアの見張りはいないようだ。とりあえず一息ついて城壁の上から無人の街になった王都を見つめつつ、ウィスキーのボトルを体のあちこちに詰め込んでいるのであろうローランを待っていると地響きのような音が聞こえてきた。
その音は街の中の方から聞こえてくる。咄嗟に街の中へ視線を向けるとカンザスとジョシュアそれぞれの軍が街の中央にある王城へと進軍を今まさに開始しているところだった。数千人単位の足音が重なり、それが地響きのように聞こえたようだ。
だが、両軍の進行はすぐに停止することになった。突然、王城から街全体へ向けた声が響き渡る、その声は洞窟で聞いたあの男、アカイエのものだった。
「我は祖なる者なり、平伏せよ、王国の子らよ」
まるでそこに居るかのような鮮明な声が王都全体へと響き渡り、アカイエの声を聞いたであろう両軍がピタリとその場に縫い付けられるように動きを止める。
王子達の軍勢が止まると同時にロープの方からうわわわわ!!と情けないオッサンの声が聞こえ、城壁から下を覗き込んでみると割れたウィスキーの瓶から溢れる黄土色のウィスキーに塗れたオッサンが見えてしまった。
「ローラン、大丈夫か?」
「大丈夫だ、団長ちゃん!大丈夫っていうかむしろ幸せだ!口いっぱいに醸造樽のフレーバーが広がって、トウモロコシ……大麦、小麦、あぁ!麦の美味さが口いっぱいに溢れてくる!!ウマイ!ウマイ!!」
「……あっそう」
ウィスキー漬けローランは大丈夫そうなので、あのオッサンはあそこでウィスキーに浸しておくことにするか。城壁の上に視線を戻すとリゼリアとオリヴィエも金縛りにあったかのように体の自由を奪われている様子だった。しかし、俺とジェーンはなんともない。……この違いは一体、どういうことだろうか。
「わわわ!なにこれ、なにこれ!?……全然体動かないんだけど!?」
「うぅ……洞窟の時とまったく同じ感覚です。あのアカイエという人物の命令を聞いた途端に体が……」
「ありゃりゃ、リゼッチョとオリヴィアーン、だいじょうぶぅ~?……うーん、これは指向性の呪い?無差別な人体への負荷?でも、アタシとダンチョネスだけ無事な理由は…………あ、分かったかも、ダンチョネスってさ帝国と王国どっちで暮らしてた期間が長い?」
動けなくなったリゼリアをツンツンとつついて遊んでいたジェーンは何かを閃いたらしく、俺に向かって質問を飛ばしてきた。暮らしていた期間だぁ?……えぇっと五歳まで王国に居て、そこから人質で帝国にぶっ飛ばされて、十五歳になってこっちに戻って来たから……生活していた期間としては帝国の方が長いか。
「暮らしていた期間は帝国の方が長いな」
「あーね、そーね、やっぱりねぇ。これ、王国で生まれ育った人間を縛る術……よりも高位のものだね、名前を付けるなら概念支配って感じ?王国にあるものは全てアカイエが見出したもの、だから王国のものは全てアカイエの言う事を聞くしかない。なぜなら、全ては元を辿ればアカイエに通じるのだから……的な」
「はた迷惑なもんだな、そいつは……」
となると、今王都に居る人間でアカイエの元まで出向けるのは俺とジェーンだけってことか。
「なら仕方ない、俺とジェーンの二人でアカイエに会ってくるか……ちょっと待ってろよジェーン、下からお前の作った人骨ハルバード持ってくるから」
「あいあい~……ねぇ、オリちゃん、アナタすごい良い骨格してるね……死体になったらアタシの従者になってくれない?」
「うーん……ちょっと、嫌かも!」
しゅるしゅるしゅると一度地面まで降りて馬の鞄から人骨ハルバードを引き抜き、寝転がってウィスキーの海で夢見心地になっていたローランをウィスキー溜まりから引き離し、ハルバードを小脇に抱えてもう一度城壁の上に戻る。
「ディートリヒさん、ごめんなさい……一番大切な場面で動けなくなってしまって……」
「いいんだよ、リゼリア。だって帰りを待ってくれる人がいてくれないとどこに帰ればいいか分からなくなっちゃうだろ。リゼリアがいつも待っていてくれるから、俺はきちんと帰って来ることができるんだよ」
悔しそうに俯くリゼリアの肩をそっと抱き、ぽんぽんと頭を撫でてから彼女に向かって一つ笑ってみせる。指で彼女の目の端に溜まった悔し涙を拭い去り、それから立ち上がって王都を見つめる。
「ディーちゃん、王城までおぶってぇ~」
きゃるんとわざと作った甘い声ですり寄ってくるネクロマンサーの額をハルバードの石突でコツンと軽く突き、世間の厳しさを教え込む。
「どつくぞネクロマンサー、ちゃんと自分の足で付いて来い」
「ひぃぃーん!!リゼリアちゃんには結構甘い対応してくれるのに、アタシになると途端に塩っぽくなるぅ!!もっと甘くして、大甘にしてぇ、アタシの身体好きにしていいから!」
「汗っぽくてちょっと酸っぱい体なんて好きにしたくないっつーの、そもそもガリガリすぎて好きにできる場所ないだろ」
朝日が昇り切り、太陽の光が体を照らす。リゼリアは渾身の力を込めてなんとか腕を少しずつ動かし、両手を組んで祈りを捧げるポーズを取る。
「どうか……どうか、ディートリヒさんとジェーンさんが無事に帰ってきますように……」
無垢で一途な祈りを背に受け、なし崩しにジェーンを背負った俺はハルバードを手に城壁から王都の中の建物へと飛び移る。さてと、それじゃあ王国を作った英雄とお話しに行きますか。
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