人質が終わって帝国から王国に帰ってきたら、冤罪かけられて追放されたので傭兵団作って自由気ままに生きます
イのカンア
王城脱出編
第1話「出来レース」
人質。それはとりあえずなんか問題があった時に放たれる命を賭けた詫びの方法。ちなみに人質になる人間のことはあまり考えていないので、人質の期間が無事に終わって故郷に帰る時に往々にして問題が発生することがある。
人質なんて単語、転生する前は某世界で最も寿命を奪う戦略シミュレーションゲームメーカーのゲーム以外で目にする機会はないと思っていたのだが、人生とはなんとも分からないものだ。
「ディートリヒ・エルゼラント。汝は王国禁制目録に記載のある禁制品『魂喰らいの霊薬』及び『封印指定された異本』の売買を王国内にて行い、不当に利益を上げ、王国の民の魂を穢した疑いがある……これについては異議はあるか」
「異議はございますが、見せしめの公開審理でございますので進行を妨げないために何も文句はごぜーません」
「ディートリヒ!貴様、貴族らしい凛とした態度で裁判に臨むこともできんのか!このエルゼラント家の恥さらしめ!」
ソルグレア王国の王都ヴェルセルム、円状の石造りの壁に囲まれたこの王都の中にある一番と言っても過言ではないほど貴族や騎士に重要視されている場所。王の住まう城、アーングリント城。そこにある裁定の間と呼ばれる場所に俺は被告人として二本の足で立っていた。
被告である俺は木製の手枷と足枷をはめられて薄汚れた肌着だけを着た状態でこの裁定の間の中央に立ち、王族、貴族、護衛の騎士、それから商人たちの視線に晒されている。
欠伸を噛み殺し、今日の夕飯は何かなぁとぼんやりと考えていると後ろの傍聴席から怒声が続けざまに飛んでくる。声の主は俺の父親、王国を支えるエルゼラント家の当主であるヴァルドリック・エルゼラントだ。
「ディートリヒ!今すぐその場で膝をつき、国王と女神それからワシに許しを乞え!そうすればワシが陳情して命だけは助けてやる!さぁ、早く、許しを乞うんだ!」
「いやいや、我が父上、エルゼラント家の三男であるこの私、ディートリヒ・エルゼラント。犯した罪の重さに心を……ひどく心を痛めております。もはや命をもって償うしかないでしょうが!……なんてね、はっはっは!」
あーあ、面白い、十年かそこらも帝国にエルゼラント家の人質として出向いていた俺がつい一昨日王国に帰って来て、王国でたった二日過ごしている間にあっという間に罪人扱いとは。
カチャカチャと手枷についた金具を腕を動かして弄びながら、傍聴席へとちらりと視線を向ける。真っ黒の貴族の正装で身を固めた小太り老人のヴァルドリックは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。そんな父親の両脇を固めるようにして二人の男性が立ち、このままでは流罪あるいは死刑確定の俺へと視線を向けている。
「ディートリヒ……貴様!やはり帝国に住む間に奴らの
獅子の意匠が刻まれた赤と金の馬鹿デカいマント、一人で二人分のスペースを占有している二メートル越えの大男。俺の一応は上兄さまに当たるレオンハルト・エルゼラントがこちらもギャーギャーと騒いでいる。
「…………。ディートリヒ、お前……」
喚き散らかすレオンハルトの反対側に立っている線の細い男性はシグルス・エルゼラント。エルゼラント家の次男であり、この人も俺の兄にあたる人だ。父親や上兄さまとは違い、静かに俺のことを眺めている。ただし、別に俺を心配しているとかそういう訳ではない、どちらかという彼の視線に込められた感情は焦りだ。
簡単に言えば、俺が変なことを言わないか心配しているということだ。裁判を取り仕切っている王国の裁定者に読み上げられた罪状について俺にはまったく心当たりがない。しかし、現に証拠があって証人がいて、罪人として俺は晒上げられている。ということは誰かが俺をスケープゴート、生贄の羊にしたわけだ。
帝国に行っていた俺が帰ってくるタイミングを知っている人間なんてそう多くない。それこそ俺の麗しき一族のエルゼラント家の人間くらいだろう。まぁ、多分、シグルス兄さんあたりがマジで密輸とか禁制品の販売とかをやっちゃって、俺に罪を擦り付けたんだろう。
やだやだ、エルゼラント家がトラブルを起こしちゃって生まれた王国と帝国の戦争の火種が燃え上がらないようにまさしく身を挺したっていうのに恩賞貰えるどころか貰えたのは罪状だけかよ。
「証言、物証、証書、いずれもそろっている。よって王の定めし法に従い―――本日をもって汝、ディートリヒ・エルゼラントを貴族の席から追放する。また、今後一切、王都に入る事もこの王国の地を踏む事すら禁止とする。明朝、馬車によって汝を王国の外へと連行する。……我らが王の名のもとに、これにて裁定を終了する」
俺を取り囲むようにして作られた傍聴席に座っていた王族や貴族が続々と立ち上がり、二度三度と俺の顔を見た後に裁定の間を後にする。
「嫌ねぇ、帝国から帰ってきたと思ったらすぐにこんな事を起こすなんて……やっぱり外の穢れた人間と交わったせいかしら」
「違いない。王の威光の届かぬ蛮族共の地に長く居すぎたせいであの少年もおかしくなってしまったのだろうさ」
「いやはや、まったく……上手いことお逃げになったもんだ。三男坊なんて居るだけでトラブルの種だっただろうし、良い手を考えになったものだ」
「おい、馬鹿……声がデカいぞ、その話はあとにしておこう……」
金ピカの眩い無駄に豪華な衣装を身にまとった貴族の男女、どことなく卑しい目をした商人の男共、冷たい目でこちらを睨んでいる国王の血縁者達、誰も彼もが俺を見て鼻で笑い、そうして裁定の間から出て行く。
会社員でそれなりに頑張って働いて、過労の心臓発作でぶっ倒れて死んでいつの間にか理由も分からず貴族の息子に転生して、これで人生安泰だって喜んでいた時が懐かしい。いやはや、まったくもって運がないというか生まれる家を間違ったというか。
父親は最後に俺へ思いっきり罵声を浴びせると唾を吐き捨てて不機嫌そうに裁定の間から退出し、上兄さまは兄さまに諫められながら渋々といった様子でこの場を後にした。ちなみにシグルス兄さんは最後に俺を見ると、微かに口元を緩ませていた。
はぁ~、あのひょろがり腹黒男め、やっぱりアイツが犯人だろ。まぁ、今となっては俺にはどうしようもないのだが。
「おい、被告人。裁定は終わりだ。牢に戻るぞ……とっとと歩け!」
腰に細い鎖を巻かれ、後ろから腰を蹴られた俺は監視役の騎士と共に裁定の間を出て、薄汚れた地下牢へと戻ることになった。
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