第003話 二度目の飛翔

「きつねさん、身なりはこれで良いので良いでしょうか?」


「そうですね。デニムのバンツにシャツをお召し下さい。そのままだと誤解されます。姫さまだと関係者と間違えられはなりません。私も同様に化けますので。」


蓮華姫は嬉しそうに微笑んで袋の中から洋服を取り出し。身に着けた。

大楠の御神木の横に降り立つと私たちは、木陰で一人の神様を待つことになった。こちらの様子に気づいたのは木之花姫このはなひめである。


「あら、あんたここで何してるの?久しぶりやね。」


「いやまぁ、よそ者を入れるのでご挨拶にと。」

「古風なこと。勝手に入ったところで誰も文句など言いませんよ。で、こちらのお嬢さんは?」


蓮華姫は、うつむき加減で名を名乗る。

「はじめまして。安芸の宮島から参りました蓮華と申します。この度はお邪魔致します。」


「あら、いいのよ。かしこならなくても。麦茶を入れるので、お風呂に入って待っていてちょうだかい。」


木之花姫は、私を見て一言。「あんた汚い、何その土くさい臭い。」

しまった。すっかり忘れていた。土を被ったままで来てしまった。


「花さん、ごめん。人に見つかりそうだったんで。匂いを消すために。」

「仕方ない子だねぇ。酒風呂に入ってゆっくりしなさい。」


私たちは全国の酒蔵から集められた逸品の入浴剤の入った風呂に浸かり、疲れた身体を癒すと月を見上げた。もうすぐ中秋の名月。早く秋の訪れがあるといいが…。


縁側に腰かけ、むぎ茶を飲みながらりんりんと鳴く鈴虫の声に癒される。


しかし夜が明ける頃には、また煩い蝉の声の中旅を続けなくてはならないのだろう。


「花おばちゃん、むぎ茶おかわり。」

「誰がおばちゃんや。ちょっと待ち。」


また神様に叱られた。


これもまたいつもの事なので特に気にする事はないのだが、何やら暗い視線を感じて、後ろを振り向くと襖の間からメモが落ちていた。


青年の姿に化けていた私は、すばやくポケットにそのメモを入れ、木之花姫を待つ事にする。


メモにはこう記されていた『ご神木の前まで一人で来てください 宮司』


木之花姫は、ノートを持って帰ってくると、じっくり話込みはじめ、鹿島神社の参拝者の様子を事細かに書き出した。女同士の会話に入ってもロクな事にならないので、私はそっとその場を抜け出しメモに記された場所へ向かう。


ご神木の前でしばらく待っていると宮司さんがやって来てこう言った。


「実はな、この神社は男の参拝者が多くて、木之花姫は話に飢えていたんだよ。出立は急がず暫くの間、蓮華姫に木之花姫の話し相手をさせてやってはくれんかね。」


「構いませんよ。急ぐ必要のある要件はありませんので、のんびりとさせてやりましょう。」




そう答えると、宮司さんは嬉しそうな顔で、社務所に帰って行った。


私は穏やかな潮騒を聞きながら、雀と追いかけっこをして退屈を紛らわせ、木之花姫が気の済むまで待つ事となった。


「木之花姫、お前は話を聞いて何をしようとしているんだい?まさかうちの神社の書物に加えようとしているんではないだろうね。」


宮司は頭を抱えながら姫に語りかけてみた。大胆な性格なのでそこが心配でたまらなかったのだ。


「宮司さんは何考えてんのよ。いくら私でもそんなイタズラする訳ないじゃない。こんな話、人に見せる訳ないわよ。忘れないようにノートに書いているだけ。それより秋祭りの準備は大丈夫なの?下らない事考えてないで仕事しないと大恥かくわよ。」


「…なら、構わないんだが、お前には色々と悩まされたからなぁ。蓮華姫も旅の途中でお疲れなんだから、程々にしとけよ。」


後日、大山祇神社の記録に、「今回の宮司は女心の判らないうつけものである」と追記されたそうだ。


木之花姫との話は、三日間もかかった。周囲の雀も疲れ果て、脱水症状で飛べなくなってしまっていた。


私は、満点の星空を見ながら、夏の大三角形を仰ぎ、まぶたを閉じて朝が来るのを待ったのだ。


翌日の朝を迎え、宮司さんに呼んで頂いたタクシーに乗ると運転手に行き先を伝えた。




「伊予の国の正一位稲荷神社へ。」

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