夢のまた夢
里蔵 光
レジスタンス(売れないバンド)
ドラムがビートを刻み、切っ掛けでベースが入る。四小節遅れてギターがリフを飛ばすと、次第にハーモニーが沸き上がり、頂点からのボーカルシャウト。
「はにいぃぃぃぃぃぃいいい!」
クラッシュシンバルが激しく叩かれて……
「やめやめやめ! ストップ!」
全員演奏を
「やっぱあかんわ、ハニーって、ダサ過ぎひん」
「せやな、わいも思ったわ」
「いやいや、なんやねんな今更。これで行こうって合わせたところやん」
「やってみたら、アカンてなったわ」
「なら、どないすんねん」
三人はお互いの楽器を抱えた
「大体やなぁ、お前の書いたリリックは基本的にくっさいねん!」
ボーカルギターの「赤鬼プランクトン」は、真っ青なチリチリパーマの
「お前ずっとそんなこと思っとったんかい! ゆうてお前、一個も歌詞も曲も書かれへんやんけ。俺らの作った譜の通りに叩くだけの癖に、大きなこと
ベースの「クラウン吉川」は白い顔の左目の周りに黄色の星模様をあしらい、唇は真っ赤、黄緑の短髪を逆立てゝ、タンクトップにボンテージパンツ、腰回りには安物のチェーンを巻き付けて、鼻には真っ赤に塗ったピンポン玉を乗せている。
「お前らお互い、落ち着けって。サタンのドラムが無けりゃわしらの楽曲成り立たへんやん。そんな作詞作曲で揉めんなや」
「揉めんなって、演奏止めたのお前やろがい! 俺の歌詞気に喰わんてか!」
「たな……やなくて、クラウンが止めんかってもわいが止めてたわ!」
「いやいや」赤鬼は怒りを含んだ笑いを漏らし「お前大分気持ち良さそーにクラッシュ叩いとったで、止める流れなんか無かったやん」
「アホ、クラッシュまではヤるねんて、あそこがキモチえゝねんから」
「やから揉めんなって!」
「それ以前に止めんなや!」
その後も三人は不毛な云い争いを続けるが、結局この日は最初のシャウト文句を変えると云うことで決着が付いた。冒頭以外の部分を適当に合わせた後、レンタルの時間一杯で三人はスタジオを出る。
「くそぅ、シャウトが決まらんと、どうも
「まあ今日はしゃあない。代わりの文句、次までに考えとけよ。わしもいくつか考えとくわ」
「わいも候補出してえゝか」
サタンの言葉に二人が振り向く。
「えゝけど採用するとはゆうてへんで」
「何で
「ま、万が一ってこともあるから、一応出してや」
途上にある公園のトイレで、三人はメイクを落とす。
「ちょぉ、一杯付き合えや」
最初に素顔に戻ったクラウンが、二人を誘う。
「えゝけど金無いで」
「いつもンとこや、足りるやろ。無いなら
「
三人がバンドを結成してから、そろそろ三年が経過しようとしている。その間デモテープを持って
バンド名は「大阪レジスタンス」と云う。何が
三人がいつもの安い居酒屋で飲んでいると、黄色い声が飛んで来た。
「赤鬼さん? 赤鬼さんですよね? キャーやっぱり、素顔素敵!」
「赤鬼さん、大ファンですー! きゃぁあ!」
なんとなく微妙なファッションセンスの若い娘が二人、赤鬼に
「おうおう、君ら、この後三人でどっか行こか?」
「いやぁ、この後は……ねぇ?」
「すんませーん、チョット野暮用がぁ」
余りにテンポ良く振られたので、サタンとクラウンは思わず吹き出した。
「えゝて、えゝて、他のバンドのライブかなんかやろ? 行ってきぃや!」
サタンが
「なんかすんませーん」「また今度ー」
と云いながらそそくさと会計を済ませて、店を出て行った。
「なんやねん、もぉおおおお!」
プランクトンが荒れる。その様子を横目に、どて焼きを
「あほ、お前みたいなんがファンの娘食える訳なかろぅが。自覚せいよ」
「つか、食おうとすんなや。デビューもしてへんのにスキャンダルばっかり一流とか、勘弁やで」
「こいつ中途半端に顔だけえゝからな。勘違いさせて仕舞った周りの女も悪いわ」
「ゆうて付き
「最速記録は半日じゃい!」
赤鬼の自虐暴露発言に、二人は大笑いした。赤鬼もぎこちなく笑う。
「別に食おうとかしとらんて。楽しくお酒飲めたらえゝやんけ」
「わしらのこと排除しようとしよった癖に、何ゆうてんねん、あほ」
「下心見え見えやから逃げられんねん。ま、その方が事故にならんくてえゝけどな」
「あのタイミングで『三人で』とか、よぉゆうたわ、なぁ?」
サタンの言葉にクラウンはゲラゲラ笑い過ぎて、出て来た涙を手の甲で
「あ、あほすぎや、ひいぃ!」
「田中笑いすぎや!」
「田中ゆうな、クラウン吉川じゃ! こんの、鈴木二郎が!」
「その名前を云いなぁ! イチローになり損ねた男なんじゃあ!」
二人の不毛な云い争いが、サタンは自分に飛び火して来るのではないかとびくびくしながら、「お、お前ら、名前ネタはその辺に……」
「黙れ!
「最小画数ノミネート男が!」
「サタン町上じゃあぁ!」
「話変わるけど、サタン町上が、ドラムの大御所『ポンタ村上』を
「きまっとろぉが! エリック・プラクトンじゃ!」
「お前怒られるで。それを云うならエリック・クラプトンやろがぃ!」
「あ? 俺今何つった?」
「酔っ払ってんのか? しっかりせぇや!」
「そぉゆぅお前の『吉川』はどっから来とんねん」
「ゆうてなかったか? ベーシスト吉田建じゃ」
「無理過ぎやろぉ、『吉』しかないやんけ! 吉川晃司か思ってたわ」
「『田』と来たら『川』やろが」
「ちょぉっと、何ゆうとんのか判らんわ」
「大体何で『きっかわ』やねん。『よしかわ』やっちゅうに。彼、ベーシストでもないし」
その後も話題は脈絡なく移ってゆき、三人とも最終的には
「よっしゃあ、そんじゃあ二郎のとこで呑み直しじゃあ!」
「また家来んのかよ、いい加減大家さんに怒られるわ」
「静かーにするから、なぁ? えゝやんけ」
「おぉ、静かーにするならえゝぞ」
「静かーにベース弾いとくわ!」
「あかーん! 重低音は
「わはははは」
三人は途中コンビニに寄って酒とツマミを適当に買い込むと、
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