夢のまた夢

里蔵 光

レジスタンス(売れないバンド)

 ドラムがビートを刻み、切っ掛けでベースが入る。四小節遅れてギターがリフを飛ばすと、次第にハーモニーが沸き上がり、頂点からのボーカルシャウト。

 「はにいぃぃぃぃぃぃいいい!」

 クラッシュシンバルが激しく叩かれて……

 「やめやめやめ! ストップ!」

 全員演奏をめて、声の主を見る。

 「やっぱあかんわ、ハニーって、ダサ過ぎひん」

 「せやな、わいも思ったわ」

 「いやいや、なんやねんな今更。これで行こうって合わせたところやん」

 「やってみたら、アカンてなったわ」

 「なら、どないすんねん」

 三人はお互いの楽器を抱えたまゝ侃々諤々かんかんがくがく主張し合う。大阪市内の貸しスタジオである。ドラムの「サタン町上」は真っ白に塗られた顔で、目の周りを黒く縁取り、その儘鼻筋迄黒い線を伸ばしている。黒い線に沿わせて赤や橙の線がアクセントとしてかれ、頬は灰色に塗られている。悪魔を表現したメイクらしい。その悪魔が、ドラムスティックをぷりぷり振りながらギターに噛み付く。

 「大体やなぁ、お前の書いたリリックは基本的にくっさいねん!」

 ボーカルギターの「赤鬼プランクトン」は、真っ青なチリチリパーマのかつらを被り、紅いTシャツに寅縞のハーフパンツ、赤いタイツにサンダル履き。鬼の角をあしらったカチューシャを付けている。その赤鬼が真っ赤に塗られた顔を殊更に歪めて、寅縞に塗られたギターピックをサタンに向けて突き出しながら云い返す。

 「お前ずっとそんなこと思っとったんかい! ゆうてお前、一個も歌詞も曲も書かれへんやんけ。俺らの作った譜の通りに叩くだけの癖に、大きなことかしなや!」

 ベースの「クラウン吉川」は白い顔の左目の周りに黄色の星模様をあしらい、唇は真っ赤、黄緑の短髪を逆立てゝ、タンクトップにボンテージパンツ、腰回りには安物のチェーンを巻き付けて、鼻には真っ赤に塗ったピンポン玉を乗せている。矢鱈やたらあごが長い。そんな好い加減なピエロが若干おろおろしながら二人の間に割って入り、双方をなだめようとする。

 「お前らお互い、落ち着けって。サタンのドラムが無けりゃわしらの楽曲成り立たへんやん。そんな作詞作曲で揉めんなや」

 「揉めんなって、演奏止めたのお前やろがい! 俺の歌詞気に喰わんてか!」

 「たな……やなくて、クラウンが止めんかってもわいが止めてたわ!」

 「いやいや」赤鬼は怒りを含んだ笑いを漏らし「お前大分気持ち良さそーにクラッシュ叩いとったで、止める流れなんか無かったやん」

 「アホ、クラッシュまではヤるねんて、あそこがキモチえゝねんから」

 「やから揉めんなって!」

 「それ以前に止めんなや!」

 その後も三人は不毛な云い争いを続けるが、結局この日は最初のシャウト文句を変えると云うことで決着が付いた。冒頭以外の部分を適当に合わせた後、レンタルの時間一杯で三人はスタジオを出る。

 「くそぅ、シャウトが決まらんと、どうもった気にならんなぁ」

 「まあ今日はしゃあない。代わりの文句、次までに考えとけよ。わしもいくつか考えとくわ」

 「わいも候補出してえゝか」

 サタンの言葉に二人が振り向く。

 「えゝけど採用するとはゆうてへんで」

 「何ではなから不採用の前提やねん!」

 「ま、万が一ってこともあるから、一応出してや」

 途上にある公園のトイレで、三人はメイクを落とす。

 「ちょぉ、一杯付き合えや」

 最初に素顔に戻ったクラウンが、二人を誘う。

 「えゝけど金無いで」

 「いつもンとこや、足りるやろ。無いなら胡瓜きゅうりかじっとけ」

 「今日日きょうび胡瓜もバカにならんで」

 三人がバンドを結成してから、そろそろ三年が経過しようとしている。その間デモテープを持って彼方此方あちこちの芸能事務所を訪問して回っているが、一向に良い反応が返って来ない。それでもめげずに明るくって来たものである。

 バンド名は「大阪レジスタンス」と云う。何が如何どう反逆者レジスタンスなのか、三人のメイクやステージ名と共に丸でコンセプトがバラバラで、りが合っていないのだが、ここ迄バラバラだと逆にそれが特徴の様になって仕舞しまって、妙な固定ファンが数人付いていたりする。只そのファン達にしても、この三人が大成するなどとは微塵も思っていない様なのである。

 三人がいつもの安い居酒屋で飲んでいると、黄色い声が飛んで来た。

 「赤鬼さん? 赤鬼さんですよね? キャーやっぱり、素顔素敵!」

 「赤鬼さん、大ファンですー! きゃぁあ!」

 なんとなく微妙なファッションセンスの若い娘が二人、赤鬼にまとわり付く。同じく微妙なファッションの、上下真っ赤な赤鬼プランクトンは、すっかり鼻の下を伸ばしている。

 「おうおう、君ら、この後三人でどっか行こか?」

 「いやぁ、この後は……ねぇ?」

 「すんませーん、チョット野暮用がぁ」

 余りにテンポ良く振られたので、サタンとクラウンは思わず吹き出した。

 「えゝて、えゝて、他のバンドのライブかなんかやろ? 行ってきぃや!」

 サタンが鷹揚おうようにそう云うと、娘達は微妙な表情になって、

 「なんかすんませーん」「また今度ー」

 と云いながらそそくさと会計を済ませて、店を出て行った。

 「なんやねん、もぉおおおお!」

 プランクトンが荒れる。その様子を横目に、どて焼きをみながらサタンが毒突く。

 「あほ、お前みたいなんがファンの娘食える訳なかろぅが。自覚せいよ」

 「つか、食おうとすんなや。デビューもしてへんのにスキャンダルばっかり一流とか、勘弁やで」

 「こいつ中途半端に顔だけえゝからな。勘違いさせて仕舞った周りの女も悪いわ」

 「ゆうて付きぅたら最速三日で別れるけどな」

 「最速記録は半日じゃい!」

 赤鬼の自虐暴露発言に、二人は大笑いした。赤鬼もぎこちなく笑う。

 「別に食おうとかしとらんて。楽しくお酒飲めたらえゝやんけ」

 「わしらのこと排除しようとしよった癖に、何ゆうてんねん、あほ」

 「下心見え見えやから逃げられんねん。ま、その方が事故にならんくてえゝけどな」

 「あのタイミングで『三人で』とか、よぉゆうたわ、なぁ?」

 サタンの言葉にクラウンはゲラゲラ笑い過ぎて、出て来た涙を手の甲でぬぐっている。

 「あ、あほすぎや、ひいぃ!」

 「田中笑いすぎや!」

 「田中ゆうな、クラウン吉川じゃ! こんの、鈴木二郎が!」

 「その名前を云いなぁ! イチローになり損ねた男なんじゃあ!」

 二人の不毛な云い争いが、サタンは自分に飛び火して来るのではないかとびくびくしながら、「お、お前ら、名前ネタはその辺に……」

 「黙れ! なかはじめ! 永遠の中学一年生が!」

 「最小画数ノミネート男が!」

 「サタン町上じゃあぁ!」

 「話変わるけど、サタン町上が、ドラムの大御所『ポンタ村上』をもじったものだってのは、まあ良しとしよう。プランクトンてなんやねん」

 「きまっとろぉが! エリック・トンじゃ!」

 「お前怒られるで。それを云うならエリック・トンやろがぃ!」

 「あ? 俺今何つった?」

 「酔っ払ってんのか? しっかりせぇや!」

 「そぉゆぅお前の『吉川』はどっから来とんねん」

 「ゆうてなかったか? ベーシスト吉田建じゃ」

 「無理過ぎやろぉ、『吉』しかないやんけ! 吉川晃司か思ってたわ」

 「『田』と来たら『川』やろが」

 「ちょぉっと、何ゆうとんのか判らんわ」

 「大体何で『きっかわ』やねん。『よしかわ』やっちゅうに。彼、ベーシストでもないし」

 その後も話題は脈絡なく移ってゆき、三人とも最終的にはい気持になって店から出て来た。三人肩を組んで、自分達の楽曲を口ずさんでいるが、何故か歌詞はバラバラである。しかし誰もその事は気にしていない様で、てんでんばらばらの雑音を撒き散らしながら、ギターとベースを担いだ若者達は夜の繁華街をふらふらと彷徨さまよっている。

 「よっしゃあ、そんじゃあ二郎のとこで呑み直しじゃあ!」

 「また家来んのかよ、いい加減大家さんに怒られるわ」

 「静かーにするから、なぁ? えゝやんけ」

 「おぉ、静かーにするならえゝぞ」

 「静かーにベース弾いとくわ!」

 「あかーん! 重低音はたち悪い!」

 「わはははは」

 三人は途中コンビニに寄って酒とツマミを適当に買い込むと、襤褸ぼろ文化住宅アパート一階の角部屋へと吸い込まれて行った。

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