九の雨
梅雨はまだ来ぬというのに、今日合わせ、九日、雨が降り続けている。死を夢む私にとって、非常に厄介な存在である。しかし、明日はようやく晴れるそうであるから、その前に、少しだけ、雨による私の心情を、短いけれども、九日分、きちんと綴ろうと思う。真昼、四月の雨は、美しく、花と共に紫の雨。
三月末日。涼やかに、霧雨が窓を濡らした。外出しようかと考えていたけれども、降り止む目処が立たぬので、断念した。目を瞑りながら、雨の音を聴いていると、何故だか落ち着き、心地の良い気分となった。今日は、珈琲でも飲みながら、ゆっくりと本を読もうと思う。たまには、雨も良いものである。
四月一日。軽やかな雨音が窓を叩き、少し経つと止んで、また、少し経つと音が聞こえる。春時雨、と云うらしい。昨日読んだ小説に、雨の降りようにも、それぞれ名称があるとあった。全く人間とは、何にでも名前を付けたがる。けれども、風情のある事だと思う。
四月二日。窓の外を眺めていると、少しずつ、花が咲いているのが見える。今日のような雨は、催花雨と云うらしい。花の開花を、促す雨。植物のみならず、人間に対しても、そんな物があれば良いのにと思う。それより、雨の名称を知ってからというもの、明日が来る事実も、ほんの少し楽しみに感じる。しかし、外出が出来ないというのが、惜しい。こう燻っているままでは、いつ、嫌な感情が露わとなってもおかしくない。
四月三日。もしやこれは、春霖なのではないかと疑うほどに、酷い長雨が続いている。もう、四日目だ。早く外に出たい。家の中では、死にたくないのだ。
四月四日。飛雨、窓の揺れるほど激しい風。あの海岸は、どうなったろう。水位が上がってしまっていては、上手に死ねないのではないか? いや、それより、この雨は、天は、一体何をお考えになっていらっしゃるのだろう? 私を生かそうとしているおつもりなのだろうか?
四月五日。今日は、一日寝込んでいた。まるで、春嵐。雨と共に、落ちる雷。
四月六日。激しかった雨は、ぴたりと止んだ。その代わり、また初めの日のような、霧雨が降り始めた。私の心情もそれに呼応して、靄がかっていくかのように思う。桜は、例年より早く咲いたけれども、昨日一昨日の嵐によって、窓から見える範囲のほとんどが、散ってしまったようである。無情な、桜雨。
四月七日。久しく姿の見えなかった太陽が、ようやく姿を現したようだ。けれどもまだ、雨の気配がする。日向雨、いいや、気違い雨? お前のせいで、花は散った。嗚呼、哀れな太陽よ、お前に憧れていた花たちは、無惨に散った。私の心、……太陽、お前に生かされていたこの心のように。
四月八日。明日はようやく雨の気配無く、晴れそうである。今日、これまで、九日間。随分雨が続いた。しかし、この苦悩はもうすぐ終わることだ。明日、外に出て、海岸へ。ろくに花びらも残っていない桜の枝を手折って、飛び降り死のうと苦渋の選択。救いの無い四苦八苦よ、これにて、さらば。
九の雨(くのう)・・・苦悩
紫の雨(しのう)・・・死のう
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