第23話 魔王と少年(その2)
「実は……」
少年は、おもむろに自分のことを話し始めた。
この少年は、この公園の側で事故死した霊である。父親と公園で遊んでいたとき、父親が仕事の電話をしていた隙に公園の外へ飛び出してしまい、車にはねられて亡くなってしまった。
目の前で息子を失った父親はショックで仕事を辞め、酒浸りになってしまった。そして今も、よくこのベンチで昼間から酒を飲んでいるらしい。
どうやら少年は、そんな父親が心配で成仏できずにいるようだ。
「小僧……確かに父親のことは心配であろうが、お主が成仏できなければ、父親もそれこそ不本意であろう……。余の力を使えば、お主を天に送ることなど容易い。 この世のことは生ある者に任せ、お主はお主のあるべきところへ参れ」
「で、でも……。お父さんは、昔、昼間から酒を飲んでる人を見ると『ああいう大人は悪い大人だ。お前は絶対あんなふうになるなよ』って言ってたんだ……。でも、今はお父さんが……」
どうやら少年は、自分のせいで父親がダメになったと責任を感じているようだ。
「小僧、そんなことはないぞ。昼間から酒を飲んだからといって、必ずしも悪い大人というわけではない。」
魔王は、少年を慰めようとした。しかし――
「おじさんだって……魔王だから昼間から酒を飲んでるんでしょ……? やっぱりお父さんは……」
「うっ……」
再び痛いところを突かれ、絶句する魔王。
「僕は知ってるんだ! 悪い大人は地獄に堕ちちゃうんだ……だからお父さんも……ぼくのせいだ……! ごめんなさい……おとうさん……」
少年は大粒の涙を流しながら、父親に謝罪している。
「まったく……それで余に話しかけてきたというわけか……。ガキのくせに随分と余計な心配をしてからに……。だが、話を聞いてしまったからには、放っておくわけにもいかん。よし! ならば余が一肌脱いでやろう!」
魔王は、若くして父親を亡くした自分の過去を少年に重ね、彼の父親のことを何とかしてやると約束する。
「ほ、ほんと!? でも、おじさんにそんなことできるの?」
少年は一瞬喜んだが、昼間から酒を飲んでいるやつにそんな大役が務まるのかと心配そうな顔をしている。
「余は、魔界において生者も死者も押しなべて支配してきたのだぞ。大船に乗ったつもりで待っておれ!!」
魔王は自信満々に胸を叩いてみせた。
「ありがとう! でも僕が成仏できてないことは、言わないでくれないかい?」
「何故だ?」
「だって、そんなこと知っちゃったら、お父さん、ますます自分を責めてしまうかもしれないから……」
「何と親想いの子供じゃ……その想い、しかと胸に留めておこう!」
いつになく頼もしい魔王。その堂々とした態度を見て、少年も安心したようで、心なしか少し晴れやかな表情になっている。
「お、もうこんな時間か……余はこれより所用がある故、今日はこれにて失礼させてもらうぞ。明日にはすべて丸っと解決だ! 楽しみに待っておれ!! さらばだ!」
魔王は少年の肩をポンと叩くと、悠然と公園を後にした。時刻は午後1時45分を回ったところだった。
(厄介な話を引き受けてしまったな……)
転サキュの放送開始に間に合わせるため、足早に帰宅している。
少年の手前、強気に言ってはみたものの、実際は難しい。確かに魔王の魔力を使えば、霊を成仏させることなど朝飯前だ。しかし今、癒すべきは生きている人間の心。人の心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。
(はてさて、どうするものか……。とりあえず出たとこ勝負だな。最悪、催眠魔法でもかければ何とかなるし……)
こういうシリアスな場面でも、魔王は常にいい加減である。
――翌日。
(やれやれ、安請け負いはするものではないな……おかげで転サキュが全然楽しめなかったではないか……)
結局、いい解決策も思いつかず、本当に出たとこ勝負になってしまった。引き受けたことを今さら後悔している魔王。
そうは言っても、杉並区の真の支配者として、一度交わした約束は守らなければならない。
こうして、魔王は公園へとやってきた。
そこには、くたびれた生気のない中年男性がベンチに座り、缶チューハイを片手にぼーっと公園を眺めていた。
そして、本人は気付いていないが、その正面には、自分の息子が心配そうな面持ちで彼を見つめている。
(まったく、息子にこんな心配をかけさせて……説教しなければならんな!)
少年の悲しげな顔を見た魔王は、ノープランながらやる気だけは満タンになった。
「隣り、空いているか?」
傍若無人にも、魔王はいきなり父親の隣に座る。
「えっ……?」
昼時の誰もいない公園で、突然大男が隣に座ってきたので、父親は明らかに狼狽している。
「こんな真昼間から浮かない顔をして……どうした?」
魔王はまるで友達に話しかけるかのように、初対面の父親にグイグイと話しかけていく。
「え、いや……別に……」
初対面の大男に話しかけられ、逃げるに逃げられず、ただひたすら戸惑う父親。
「とにかく全部話してみな! 余が聞いてやるから……(パンッ)さあ!!」
魔王は腕を肩に回し、完全にロックすると、強引を通り越して半ば脅迫じみた方法で父親に話をさせようとする。
(よし、掴みはOKだ!)
魔王は、物理的な手ごたえを感じていた。
「じ、実は……」
父親も魔王の勢いに押され、事故のことを語り出す。
……
(おっ……案外うまくいったな……よし、このまま押し切るぞ!)
手ごたえを感じた魔王は、一気呵成に攻める。
「確かに、我が子を亡くしたことは辛かろう。だが、いつまでも泣いていたところで仕方あるまい。前を向いて生きていくことこそ、何よりの供養となるのだ」
父親は黙って下を向いている。
「余からすれば、今生など長い魂の旅の一形態に過ぎん。今のお前を、先にいった子供が見たらどう思う? 想うことと腐ることは違うぞ。どうせ百年もしないうちにまた会えるのだ。そんなに泣くな……」
魔王は、父親の肩をポンポンと軽く叩きながら、穏やかに語りかけた。しかしーー。
「黙って聞いてれば、好き勝手言いやがって! あんたに何がわかるんだ!!」
ついに感情が限界を超え、父親が声を荒げた。
「おっ……いや……」
突然の怒鳴りに、魔王は思わず言葉を詰まらせた。
魔王、絶体絶命のピンチ!
続く――。
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