第17話 魔王、元の世界を語る

 魔王がこの世界に転移してから、かれこれ三ヶ月が経ったある日。見回りという名の散歩をしていた。今日は師匠も一緒だ。


「ねぇ、魔王。今更だけど、元いた世界ってどんな世界だったの?」


 魔王も師匠も、これまでの日々があまりにもツッコミどころ満載すぎて、元の世界に思いを馳せる余裕すらなかった。しかし、三ヶ月が経ち、この異世界の生活にもすっかり慣れたことで、ようやく師匠もそんなことを聞く余裕を持てるようになった。


「うーん……まあ、一般的な異世界だよ。」


「一般的?」


「まあ、よくあるやつだな。剣と魔法の世界だよ。フツーなんだよな……」


 空を見上げながら、しみじみと元の世界を思い出す。


「フツーかぁ……例えば?」


「例えば……女戦士は何故か露出多めとかかなぁ……」


「確かにフツーだ! 他には?」


「魔王城って、どこに引っ越しても必ず天気が悪くなるんだよね……なんでだろう?」


「確かにフツーだけど、謎だよね……」


「あれ結構、困るんだよね。洗濯物なかなか乾かないし、カビ臭いし……年寄りとか関節が痛むらしいし……ちなみに魔王城の従業員は、湿気で膝が痛んだら定年なんだよね……年金問題とか結構深刻だからね」


「えっ? 魔王軍なのに従業員制なの?っていうか、年金あるの!?」


「当たり前だろ。誰もタダで働いてくれないから。ちゃんと雇用契約結んでるからね。残業手当とか有給とか、福利厚生とかもしっかりあるよ。ブラックじゃないよ! 魔王軍だけれど!」


「それ、意外だけどある意味、フツーだね……異世界にもそういうのあるんだ……」


「まぁ、確かにアニメとかではそういう細かいところは描かないだろうけど……経理のおばちゃん、めっちゃ怖いとかさ……ぶっちゃけあいつが真の魔王だったかもしれない……」


 魔王は、経理のおばちゃんとのやりとりを思い出したら、急に寒気がしてきた……。


「なんかこう……異世界らしい特徴ってないの?」


 師匠は、震える魔王が可哀想になったので、話題を変えてみた。


「んー、特徴か……難しいなぁ。そりゃ、細かく言えば色々あるけど、大枠は大体フツーな感じだからなぁ……まあ、等身大という意味では、今の状態の方が斬新なのかも知れないけど……」


「確かに……今は斬新だよね。悪い意味で……」


「くっ……!」


 魔王は、師匠に馬鹿にされている気がしたが、異世界もののアニメを見過ぎたせいで、元いた世界が普通の世界に感じてしまい、反論できなかった……。


……


「そういえば、元の世界の言語ってどうなってるの? よく考えると最初から普通に会話してるよね? まさか日本語が共通語とか?」


 師匠は、以前から気になっていたことを尋ねてみた。


「いや、ネイティブな言語は魔人語だ。今喋れているのは、自動翻訳魔法のおかげだ。向こうにはいろんな種類の会話をする生物がいるからな。獣人族は叫んでるだけに聞こえるし、深海族なんかはテレパシーで、そもそも声を発していない……発声の根本が違うから、他種族が話そうにも話せないんだ。」


「テレパシーとか、勉強しても覚えられなそうだね……」


「そう! だから全部翻訳してくれるこの魔法は、元の世界ではマストなんだよね。」


「確かに……」


「それに魔力ゼロでも使える親切設計になってんだ。しかも専用の魔法陣を身体のどこかに刻印すると誰でも使えるんだ。あっちの世界では、赤ん坊の時に体内に刻印されるから、ほぼ全ての生物が使えるよ。」


「へー。便利でいいね! じゃあ、言葉の壁ってないんだ。」


「そうでもないぞ。自分たちの言語にない言葉はそのまま翻訳されるから、文化が全然違うと知らない単語だらけになるんだぜ。それはそれで訳わかんないぞ。」


「へー、確かに魔王、アニメのこと知らなかったしね……じゃあ、単語さえ分かれば、宇宙人が来ても話せるってこと?」


「一応、話せるはずだぞ。実際、見回り中に外人さんを助けることも多いしな。」


「外人さんは宇宙人じゃないよ……そもそも君、異世界人じゃん……外人って何よ……」


「いや、余は、異世界人の前に杉並の真の支配者だぞ……そこ大事なところだからな!」


「ハイハイ、自宅警備系魔王さん……ていうか、魔王って、魔王のくせに人助けとかするんだね。意外。」


「意外ではない。余はこれでも名君だったんだぞ!」


「魔王なのに?」


「魔王なのに! っていうか、師匠は余のこと、いや魔族のことを勘違いしている!」

 馬鹿にされて、プンプンする魔王。


「いや、そもそも魔族のことを知らないよ。じゃあ、魔族ってどんなものなの?」


 師匠の質問に、魔王はしばし沈黙する……『勘違いしてる』とか言ったくせに、いざ説明しようとすると、どこから話せばいいのかわからなくなったようだ。さすが魔王。


「うーん、そうだな……まず最初に言っておくが、余は魔族の王であって、別に暴君だから魔王と呼ばれている訳ではないからね。スーパーイケメン系名君系魔王だからね! ここは忘れるなよ!」


「ここではキモオタ暗君系ニートだけどね……」


「うっ……! そ、それは今だけだからさ……ねっ?」


 (こいつ認めやがった!)


 師匠が「あっ」という顔をしたので慌てて話を戻す魔王。


「と、とにかく余は魔族の中の魔人種という種族の王をしていたのだ。最終的には魔界を統一しているから、魔界の魔王だけどな。」


「へー……で、魔人ってどんな特徴があるの?」


「見た目は人間と変わらないけど、身体がめちゃくちゃ丈夫で、知性や魔力が高く、寿命が超長いのが特徴だな。」


「存在がチートだね……で、どんな王様だったの?」


「余か? もちろん、名君中の名君だな。何せ、先王だった父上が、300年前に先先代の勇者に倒されてから、分裂し群雄割拠していた魔界を、たった300年で再統一したんだからな。まあ、統一と言っても、ほとんどは有力魔族を外交でまとめ上げただけなんだけれどもね……つまり知将だな!!」


「すごい! 今と違って、知的な英雄だったんね……」


 いちいち棘のある師匠のツッコミに、都度絶句する魔王。


「うっ……そ、それに余は内政もすごかったんだぞ!! た、例えば、減税したり、魔族の教育改革をしたり、流通を改善したり、農業システムの抜本的な改革をしたりして、富国強兵に努めたのだぞ。」


 気を取り直して、ペラペラと自慢話を続ける魔王。


 魔王、過去をベラベラ喋る(その1)


 続く…。

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