第3話:パンとコロッケと、陰謀の匂い
「このパン、ふかふかね……」
レティシアが、焼きたての丸パンにナイフを入れる。中からふわりと湯気が立ちのぼり、バターの香りがほのかに漂った。
「コロッケは、キャベツと人参とじゃがいも。それに庭のバジルを刻んでみました」
「うむ、良い香りだ。……この国の政治にも、これくらい香ばしさがあればよかったんだがな」
元国王ジーラがパンにシチューをすくって頬張りながら、苦笑する。
昼食の席に集まっているのは、私、元国王ジーラ、そして元宰相のジョルジュ。すっかりこの離宮の定例会メンバーになりつつある。
「王太子殿下は、よく動いておられるようですね」
「動くよ。よく動く。だが、あれは……あやつり人形だからな」
ジーラがポツリと零す。
「傀儡とは違うのですか?」
「傀儡は表向きだけの飾り。だが、あれは“使われている”んだ。……我が息子、つまり現国王の意のままに」
ジーラの視線が揺れる。そこには、王であった者の苦悩と、祖父としての痛みが滲んでいた。
「側近のナルディン、という男がおる。あれはローザの……つまり、新しい側室の身内だ」
「ローザ?」
「私が退位して間もなく、王が迎え入れた新たな側室だよ。その一族が今、王宮の側近を牛耳っている。……彼らが王を動かし、王がナルディンを通して、王太子を動かしている」
なるほど、よくある構図。だが、それを聞かされながら食べる野菜コロッケはなぜかいつもよりサクサクしていた。
「このままでは国が腐りますね」とジョルジュが言った。
「もう腐っておる。だが、証拠がない。不正の噂はあっても、記録も、証人も、揃わない。……だから私も、黙るしかない。今はまだ」
今はまだ。
その言葉の裏に、“いつか”の決意が見えた。
「ふむ。これは陰謀の匂いがしますね……と、パンの匂いが消えてしまうわ。早く食べましょう」
そう言って私が笑うと、ふたりの重い空気もわずかに和らいだ。
あやつり人形の王太子。
沈黙する祖父。
陰で動く者たち。
――さて、この国の皿の底、どこまで腐ってるのかしら。
でも今は、とりあえず。
「おかわり、ありますよ?」
「もちろん、いただこう」
昼食は平和に、優雅に。
でも、その下で静かに――物語が、動き始めていた。
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