第15話 満員電車

 スマートフォンの向こう側に足が見えた。

 席に座る男はその足から上をちらりと一瞥し、すばやいフリック入力で何かしらをスマートフォンに打ち込む男子高校生であるのを確認する。


 譲る必要なし。

 そう判断して自分の携帯端末に目を落とす。


 しかしガタンゴトンと一定した揺れと、乗車率の上昇に比例して篭っていく熱気から、男はすぐに眠くなってきた。


 実のところ、彼は誰がそばに立とうと席を譲りたくないと思っていた。

 もう一月ひとつきほど三時間前後の残業が続いている。睡眠不足が慢性化し、ほぼ常に倦怠感に苛まれるようになっていたのだ。

 約一時間半の電車通勤の時間は、彼にとって癒しである睡眠の時間だった。


 澱みへと沈んでいく意識。

 霞む視界にはダークグレーのスラックス、その後ろを歩くさらなる乗客の足。

 それと、傘。

 ぽつぽつと水滴を垂らして行く。

 外ではいま、雨が降っている。




[次は、逢川おうかわ逢川おうかわ。 お出口は左側です]


 びくりと跳ねたように目が覚める。

 逢川駅、男が下りる駅に着いたところだった。

 超満員となっていた車内の分厚い人垣がざわざわと蠢き、扉の開閉音と共に小雨散る曇天の下へ吐き出されていく。

 男はスマートフォンをジャケットの内ポケットにしまうと、その最後尾に続いた。


 ……しかし、列はどこか滞っている。

 出口付近からはぽつぽつと「すみません」という声が聞こえる。


 何事かと思って見ると、肥満体型にスーツを膨らませた男が一人、扉のところに立ちふさがっていた。


 乗客は邪魔以外のなにものでもないその巨漢の脇を通り抜けるようにして外に出て、たまにぶつかってしまった者で丁寧な者が一応の謝罪を口にしていたということらしい。


 中には舌打ちしてすり抜けていく者もいた。最後尾についた彼もそうだった。

 聞えよがしに舌打ちをして、肩をぶつけて電車を降りた。

 そして興味半分、苛立ち半分で振り返り、肥満体型の男の顔を鋭く睨みつけてやった。



 彼が見たのは、真っ黒な空洞の眼孔だった。


 口もぽっかりと穴が開いて、歯も舌もなかった。


 鼻は不自然に萎んで曲がり、まるで皮の下に肉がないかのようだった。


 それは鼻に限ったことではなく。

 肥満体だと思っていた男の体は伸びきって嵩張った皮がぐちゃぐちゃにたるんでいて、でたらめにボタンと留めたシャツの裾からだらりと溢れてきていた。



 その皮男の横を、駅で電車を待っていた人々は気づかぬ様子で通り過ぎて乗車していく。

 やがて電車の扉が閉まると、その窓に薄っすらと映るそれの姿は。


 流れるように走り出す電車に置き去りにされた。



 窓に映っていたのは、

 一瞬にしてホームに……肩をぶつけた男の後ろに、立っている姿だった。

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