44、心強い仲間たちが大集合

「くそっ、なんてあきらめの悪い奴なんだ!」


 僕は舌打ちした。


 眷属は僕とユニコーンを舐め腐っていて、最初は黒炎の魔鳥だけで対応できると信じていたのだろう。だが魔鳥が浄化され、聖獣界に魂が還っていくと、今度は自らが本性を現して戦い始めた。だがリタが九尾の狐と共に現れたのを見て、始祖の魔獣デモンストラを復活させようと再び動き出した。


 楽長がリタの肩に手を乗せる。


「私に代わってこのオルガンを弾きなさい」


 オッサンがリタの前で「私」などと言ってかっこつけるのが面白くない。だがリタは、むすっとする僕の前をすり抜け、オルガンの椅子に座った。


「これが、古文書に載っていた聖楽器なのね」


 にぶい輝きを放つパイプ群を敬愛のまなざしで見上げる。


「千年前、六芒星を描いた際、音によって封印を強化するために設置されたんですってね」


「何それ?」


 驚く僕に楽長が解説する。


「パイプ一本一本が六芒星の魔導脈と繋がっていて、演奏するたび六芒星が共鳴し、封印が強まるそうだ」


 二人が知っているということは、古文書に僕の読めない神聖文字で記されていたのだろう。


「地下聖堂建設時、封印を永遠に保つため、初代の聖女たちが自らの魂の一部をオルガンに込めたらしいぞ。彼女たちの思いが聖なる音霊おとだまとなってパイプに宿っているんだ」


 それで千年経っても音程が狂ったりせず、演奏者に共鳴して美しい音を鳴らすのか。


 リタの指が鍵盤の上を舞い、荘厳な音色が響く。両手両足を巧みに使って四声のフーガを奏でると、火柱はさらに高く伸びた。眷属は抜け出そうともがいて、地下聖堂の天井のほとんどを破壊する。


 リタの演奏に、僕は即興でオブリガートを重ねてゆく。空からメロディが降ってくるみたいに、次々と旋律が唇からあふれ出た。


『自由に歌っているときのあるじの声が、我は一番好きだ』


 ユニコーンが僕を力づけるように思念を送り、一角から生まれる光で魔法陣を包み込んだ。途端に不吉な赤い光は消え失せた。代わりに六芒星の頂点に埋め込まれた宝石が、秘境の湖のごとく静かな青い光を放ち始めた。


「やっぱりあれはノエルじゃなかったのね」


 器用なことに、リタは演奏しながら僕に話しかけた。


「もしかして、リタの聖獣が黒炎の魔鳥に食べられた授業のこと――」


 眷属が僕に化けていたのを思い出して、つい硬い声を出した僕に、リタの背中からクスっと笑い声が聞こえた。


「声にいつもの魅力がなかったから、おかしいと思ったのよ」


「偽物の僕も歌ったの!?」


「いいえ。しゃべり声で分かるわ。好きな人の声を聴き間違えるわけないでしょ?」


 確かにリタの偽物も雰囲気が冷たくて、明らかにおかしかったもんな。


「でも私、いくら直感がノエルじゃないって告げていても、ノエルの姿をした誰かさんが黒炎の魔鳥に襲われたら、自分の聖獣を犠牲にしてでもかばわずにはいられなかったの」


「リタ――」


 僕の言葉をさえぎるように、リタは橙色の髪の間からのぞく耳たぶを真っ赤にして、急に激しくオルガンを奏で始めた。


 そう、僕たちは音楽で語り合うんだ。僕の髪が伸びても、ドレス姿でも関係ない。楽長がいつも言うように、音楽とは人の魂を裸にするものだから。僕とリタは魂で共鳴し合っているんだ!


 大きく息を吸い、巨大な地下聖堂に朗々と声を響かせる。


 九尾の狐が生み出す炎と、ユニコーンがまき散らす虹の光によって、ついに眷属は燃え尽きた――はずだった。


 だが、炎の中から浮かび上がったのは、焦げもせず無傷の漆黒の角だった。


「なんだ?」


 石の手すりから身を乗り出した僕に答えるように、邪悪な声が頭の中に響いた。


『我は始祖の魔獣の角そのものよ』


 聖獣の思念とは違う、頭痛を引き起こすような音に、こめかみを押さえる。


「本性を現したな!」


 僕が叫ぶと同時に角は地面に落下し、垂直に突き刺さった。吹き出した黒い瘴気が、四足獣の形を取り始める。四肢は異様に長く伸び、曲がるはずのない方向へとねじ曲がっている。一本ごとに違う動物の骨格をいだような異形の足が、地面を踏み鳴らした


「あれは――」


 僕のうしろで楽長が、生まれたての小鹿のように震えながら指さした。


「古文書に描かれていた、始祖の魔獣デモンストラの姿!」


『そう、この姿こそ、美しきデモンストラ様の片鱗よ!』


 邪悪な思念はリタにも届いているのだろう。彼女は鬱陶しそうに片耳を押さえ、軽く嘲笑を浮かべた。


「かわいいわねえ。憧れのデモンストラ様の姿を再現するなんて。デモンストラのミニチュアというところかしら?」


『おのれ、舐めた口を利いていられるのも今のうちぞ! 聖獣が一匹増えたとて恐るるに足りぬ。まとめてデモンストラ様への供物にしてくれるわ!』


 瘴気の闇の中で、血のように赤く燃える瞳が三つ、リタをめ付けた。だが彼女は意に介さない。


「はいはい。私もそんなふうに憧れて、姿まで真似してくれる眷属が欲しいものだわ」


 再び鍵盤に向かうと、デモンストラ縮小版の全身から瘴気が噴き出した。再び六芒星が歪み始めたとき、


「ノエル、リタ! ワタチたちも戦うじょ!」


 なつかしい舌足らずな声が天井の遥か上から降って来た。


 見上げれば、壊れた天井の上から見下ろす複数の人影――


「生徒会長、アリーチェ! それから生徒会の先輩たち!」


 いや、それだけではない。眠っていたはずのカルラやヴィヴィアーナも、さらに僕の知らない生徒たちもたくさんいる。


 生徒会長がヴァイオリンを構え、鮮烈なフレーズが夜気を切り裂いて長く伸びた。翼を持つ獅子――白銀の翼獣グリフォンが咆哮を上げて現れる。


『目障りだ!』


 瘴気で作り出された闇の魔獣が、グリフォンを追い払おうと空中へ飛びかかる。その隙に九尾の狐が炎を仕掛けた。慌てて避けた闇の魔獣を、ユニコーンが生み出した虹の光が包み込む。


『不快だ!』 


 闇の魔獣はさらに高く跳躍する。かすかに繊細なハープの音色が響いたと思ったら、ド派手な羽を広げた孔雀が現れた。紫、青、金と色とりどりに輝く全身から、太陽光よりまぶしい光が発射される。


「うわっ」


 僕も思わず目をつむり、リタもミスタッチする。


「ヴィヴィアーナ、味方を巻き込む攻撃は控えてほしいじょ」


 ぼそっと苦言を呈する生徒会長に、


「あら、ごめんあそばせ。オホホホホ」


 反省の色が見えない高笑いが聞こえた。


 ヴィヴィアーナの超絶ハープと生徒会長の巧みなヴァイオリンをかき消すように、今度はアリーチェのビートが響き出す。二股の尾を持つ虎が正面から闇の魔獣に襲い掛かった。




─ * ─




いよいよ最終決戦!?


ストックが尽きたので不定期更新になります!

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