42、大聖女ノエルちゃん、触手責めされてしまう!?

 楽長がパイプオルガンを弾く手を止めて、魔鳥を振り仰ぐ。


 時が止まったかのような静寂が訪れた。少女たちの合唱も聞こえない。


 ゴオォォォッ


 魔鳥の内側から燃え上がったのは、金色の炎だった。黒い羽が一枚、また一枚と剥がれ落ち、赤金色に輝く美しい鳥が現れた。その姿はまさに、伝説に語られる通りの不死鳥フェニーチェだった。


「浄化されおった、だと――?」


 眷属ががっくりと両手を石の床につく。


 ユニコーンの背中にしがみついたまま成り行きを見守る僕の目の前で、不死鳥のくちばしから、光の粒が次々と解き放たれた。意志を持っているかのように、それぞれが違う方向へと飛び立った。天井へと昇ってゆくものもあれば、祭壇前の少女たちへと向かうものもある。


「あれは――」


 楽長がオルガンの前で立ち上がった。


「今までに飲み込まれた聖獣たちの魂と、聖女たちの聖なる気力だ!」


 祭壇前に並んでいた少女たちの影は、光の粒に触れた途端、かき消えた。そして輝く粒たちは、天井を突き抜け、地上へと帰っていく。あるものはきっと聖獣界へ。またあるものは医務室のベッドで眠るカルラの元へ、ヴィヴィアーナの元へ、そしてリタの元へ。


 フェニーチェは優雅に翼を広げ、僕の前に浮かんだ。その姿は半透明になり始めていた。


『歌を―― ありがとう』


 フェニーチェの声が、直接僕の心に響いた。


『ノエリアの歌と同じ――いや、それ以上だった』


「フェニーチェ――」


 伸ばした僕の手は、透けゆく体を通過した。


『どうか、この地を――聖獣たちを―― 頼む』


 最後の言葉を残して、フェニーチェは完全に光となった。目もくらむ羽根がいくつも舞い上がり、地下聖堂全体を照らしながら消えていく。


 輝く羽根が床に降り注ぐと、不思議なことが起きた。逆五芒星の魔法陣がゆっくりと回転し始めたのだ。


「六芒星に変わっていく――」


 封印を強化するための、本来の形を取り戻したのだ。


「やったな、ノエル」


 演奏席から僕を見上げる楽長の顔には、安堵と誇りが浮かんでいる。


「お前の歌が、五百年の呪縛を解いたんだ」


 ユニコーンは僕を乗せ、再び楽長の隣に降り立った。


『見事だった、我が推しよ』


 推し!?


『あいつのノエリアより絶対我がノエルちゃんのほうがかわいい』


 ユニコーンの様子がおかしい!? いや、今に始まったことじゃないな。


 一瞬、日常が戻って来たような錯覚にとらわれたが、まだ戦いは終わっていなかった。絶望に膝をついていた眷属が、震え声で呪詛を吐いた。


「貴様、よくもこれまで溜めた力を――!」


 バリバリと音を立てて、寮母の顔の皮膚が裂けていく。額からは二本の黒い角が突き出し、肌は灰色に変わった。


「五百年――五百年もかけて集めた力が!」


 眷属の体がぐにゃりと歪んだ。身長が見る見るうちに伸びていき、地下聖堂の中二階にあるオルガン演奏席と同じ高さまで達した。異様に細長い四肢が、蜘蛛のように不気味に動く。


「全て水の泡となった!」


 赤く燃える瞳が、僕たちをにらみつけた。いや、瞳だけではない。額にも、頬にも、首筋にも、不気味な赤い眼が開いた。


「本来の力を見せてやる!」


「何度も変身して、闇の力が枯渇しているはずじゃあ……?」


 僕のか細い声に、眷属はケラケラと身も凍る笑い声を上げた。


「我にとっては人間など虫けら同然。力を失っていても関係ないわ!」


あるじよ、下がれ!』


 ユニコーンが僕を守って前へ出たと同時に、眷属の長い腕が鞭のようにしなった。


「危ない!」


 楽長が僕を抱き寄せた。黒い角のような鋭い爪が、楽長の左肩を深くえぐる。


「ぐあっ!」


 赤い血が飛び散り、楽長が膝をついた。


「マエストロ!」


 僕は悲鳴を上げて楽長を支えた。ローブが血で染まっていく。


「大した、怪我じゃ、ない……」


 楽長はオルガンに右腕をついて立ち上がり、木の椅子に座り直した。


「歌うんだ、ノエル。聖獣はお前の歌声こそ力なのだから」


 ユニコーンが果敢に眷属へと向かう。黄金の一本角で突き刺そうとするが、眷属の動きは生物とは思えぬほど素早い。影のように地下聖堂の柱から柱へと飛び移る。


「始祖の魔獣デモンストラ様の角より生まれし我を、たかが聖獣ごときが倒せると思うか!」


 眷属の両手のひらから黒い角の槍が何本も生み出され、ユニコーンに降り注ぐ。


『なっ!?』


 ユニコーンは翼で身を守るが、いくつかの槍が翼を貫通した。銀色の毛並みに赤い血がにじむ。


「ユニコーン!」


 僕は歌おうとしたが、深く息を吸えなかった。変態とはいえ、僕になついているペットが傷つく姿に、声が震えてしまう。


 楽長が右手だけでなんとかオルガンの鍵盤を押さえた。


「ノエル、信じるんだ。己の力を――」


 だが僕の心が恐怖に支配されるにつれて、ユニコーンの動きも鈍くなっていく。聖獣と聖女の心はつながっているのだ。あっ、僕は聖女じゃないけど!


 眷属の槍がユニコーンの脇腹をかすめた。


『ぐわっ!』


 ユニコーンが苦痛の声を上げ、地上へと落下する。


「ギャハハ! 所詮は小娘が呼び出した聖獣! フェニーチェほどの力もない!」


 勝ち誇った眷属が笑う。その体がさらに変形し、背中から無数の触手が生えてきた。それらが鞭となって、逃げ場のないユニコーンに襲いかかる。


「やめて!」


 僕は譜面台を投げつけたが、眷属は意に介さない。


「次は貴様だ、未熟な聖女め!」


 眷属の全身で動く赤い瞳が、一斉に僕を見た。体が凍りついた刹那、触手が何本も伸びてきた。逃げようとするも、ドレスの裾が邪魔をして思うように動けない。


 石の手すりで体を支えたとき、触手の一本が僕の長い髪を捉えた。


「いたっ」


 引っ張られて首がうしろへ倒れる。その隙に回廊ギャラリーの床へ這い上がってきた触手が僕の足首に巻きついた。


「キャーッ!」


 僕の口から女の子みたいな悲鳴が漏れて、泣きそうになる。ここにリタがいなくてよかった!


「やめてっ、放して!」


「ノエル!」


 負傷した楽長が僕を助けようと、体を引きずって近づいてくる。


 だが触手が太ももを這い上がってきて、僕は宙吊りにされてしまった。


「い、嫌――」


 ロングスカートが視界を奪う。地上にいるユニコーンには見えないはずだけど、楽長からは、サルヴァティーニ隊長の用意した女の子らしいレース下着が見えているに違いない! 同じ男として恥ずかしすぎる! 楽長には男らしさで負けたくなかったのに!!


 いきなり視界が戻ったと思ったら、触手の一本がドレスを破っていた。逆さまになった視界に、眷属の醜悪な顔が近づいてくる。


「大聖女ノエリアの再来だと? 笑わせるな! あの女も結局はフェニーチェを奪われ、何もできずに朽ちていった!」


 眷属の口が大きく開かれた。人間の歯ではない、鋭い牙の列が並んでいる。


「貴様も同じ運命をたどるがいい!」




─ * ─




触手で責められ絶体絶命のノエルちゃん。美少女大聖女の運命や如何に!?

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