24、ついに来た、プリモトルネオの日

「ノエル、意識が戻ったばかりなのに、つらい話を聞かせて申し訳ないんだけど―― また犠牲者が出たのよ」


 僕の胸が不吉な鼓動を打つ。


「やっぱり、ヴィヴィアーナは――」


 かすれた声でつぶやいた僕と目を合わせないまま、リタはうなずいた。


「彼女の聖獣である孔雀が魔鳥に食べられて、ヴィヴィアーナは眠ってしまったの」


 どこかで予想していたことだった。


「それで、黒炎の魔鳥は――」


「逃げられたわ」


 リタは沈んだ声で答えた。


 魔鳥を倒さなければ、被害は拡大するばかりだ。そのためには僕のユニコーンをもっと強くしなくちゃ!


 リタと結ばれて浮かれてる場合じゃないし、ましてや発声法で迷子になってるなんてもってのほか。しっかりしろ、ノエル!


 決意を新たに窓の外をにらむと、鐘楼の影が中庭の石畳に長く伸びているのが見えた。


「僕が助かったのも女神様の思し召しかも知れない。使命を果たすんだ!」


「あ、ノエルが助かったのは、ルッチ楽長が運河に飛び込んで助けてくれたからよ」


 リタが冷静な声で教えてくれる。


「楽長がノエルをお姫様抱っこして、ここまで運んだの。みんな聖騎士様と聖女様みたいって騒いでいたわ!」


 僕はげんなりした。聖騎士になりたいのは僕なのに。オッサンにお姫様抱っこされる役回りなんて嫌すぎる!


「おかげでノエルの変装はバレてないし、制服は新品を部屋に届けてくれたから安心してね」


 リタが僕の机を振り返って、目線で教えてくれた。畳んだスカートの上に重ねられた白いブラウスを、差し込む夕日がオレンジ色に染めていた。


「助かるなあ」


 僕はつい棒読みになった。


 鐘楼から鐘の音が響く。夕食の時間だと気付いた途端、腹が鳴った。


「この恰好じゃ食堂に行けないから、まず着替えないと」


 ベッドから出ようとすると、リタが心配そうに眉尻を下げた。


「大丈夫? ノエル、無理してない?」


「平気。それより腹減った」


 ベッド下に並べられていた靴を履いて、机の上まで制服を取りに行く。


 ふと隣を見ると、リタの机の上に楽譜が載せてあった。夕日が斜めに当たって、タイトルがよく見える。――『N.クロフォードのための練習曲第五番』と。




 ヴィヴィアーナが犠牲になった翌日、学園はまた休講になった。


 だが、差し迫る聖獣奏杯プリモトルネオのために、二日と開けずに授業は再開された。


 僕の体調もすっかり回復し、楽長のレッスンも始まった。リタとのリハーサルを重ね、模擬戦を勝ち抜いて、聖獣奏杯プリモトルネオの決勝日を迎えた。


 姿見に映る自分の姿に、僕は深いため息をついた。水色のリボンを胸元で結び、スカートのプリーツを整える。少しだけ伸びた水色の髪に編み込んだ白いリボンも似合っていて、胸の発育が遅い美少女にしか見えない。


「はぁ。この恰好で外に出るなんて」


「ノエルったら今さらどうしたのよ? もうすっかり女装が板についてるじゃない」


「やめてよ!」


 僕はリタを振り返り、憂鬱の根源を力説した。


「学園の中だけならまだしも、敷地の外に出るんだよ!?」


 聖獣奏杯プリモトルネオの会場は聖ピエタ島の中心部にある大聖堂広場だ。一般の人々の前にスカートを履いた姿をさらすことになる。


「心配ないわ、ノエル。とっても可愛くて、ほかの女の子と何も変わらないから」


 グッとこぶしを握るリタは、僕を励ましているつもりなのか!? 聖女候補の美少女たちと何も変わらなかったら、むしろ心配で居ても立っても居られないよ!


 生徒たちでごった返している玄関ホールにも、いつもとは違う緊張感がみなぎっている。


「渡ち舟の準備ができたじょ! 一年ちぇいから順番に乗って!」


 人ごみの向こうから、生徒会長の幼女らしい声が響く。背が低すぎて姿は見えないが。


 僕たちは引率のシスターと共に十人ずつ渡し舟に乗り、大聖女ノエリア像に見送られて学園の敷地から出た。船首と船尾、それぞれに立った漕ぎ手が一本竿で舟を操り、陽射しが躍る運河をすべってゆく。


「なんだか僕たちが島についた日より、にぎわってない?」


 運河沿いの道には商人や巡礼者だけでなく、観光客らしき人々が大勢行き交っている。


「そりゃ聖獣奏杯プリモトルネオを見るために、みんな集まっているんだもの」


 リタは当然だと言わんばかりに答えた。


聖獣奏杯プリモトルネオってそんなに注目されるイベントなの?」


 小声で尋ねると、リタは自信たっぷりにうなずいた。


「そうよ。聖女学園の生徒の中から、将来有望な聖女が見つかるかもしれないもの。各国から使者も来ているのよ」


 国外からも!? ますます逃げ出したくなる。


 海に面した大聖堂広場が見えてくると、


「うわあ」


 舟の中から驚きの声が上がり、僕も息を呑んだ。


「すごい観客の数!」


 今日のために、特別に設営されたらしい観客席は満席で、立ち見の人もいる。期待と熱気が渦巻く様子は、どこか故郷の祭りに似ていた。貴族が多い分、ずっと洗練された雰囲気だけど。


 渡し船が桟橋に着くと、僕たちはシスターに連れられて会場へ向かった。大聖堂広場の中央には、聖獣バトル用の巨大な魔法陣が描かれている。その周りを取り囲んで観客席が設けられた会場は、円形劇場のようだ。


「ここが皆さんの控室ですよ」


 シスター・ベアトリーチェが僕たちをテントの下に案内してくれる。控室に入る前に、観客席をちらりと見上げた僕の口から、心臓が飛び出しそうになった。


 特別席と思われる、バトルフィールドがよく見える位置に、見覚えのある人物を二人も発見したのだ。


「ノエル、どうしたの? いつも以上に青白い顔しちゃって」


 僕の異変に気が付いたリタが、視線の先を追って、


「あ」


 と小さく声を上げた。それから人差し指をそっと唇の前に立てた。


「パパも来てるの。でもここでは他人の振りよ」


 そう、僕とリタは極秘任務で潜入調査中だから。偽名まで使って学園に通っているのだ。


「君の父さんが来ている理由はなんとなく分かるよ」


 僕もささやき声で応じる。


「でも、なんで――」


 僕はもう一度、観客席を見上げた。




─ * ─




ノエルが見つけた思いがけない知り合いは、サルヴァティーニ隊長と、誰なのか!?

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