07、聖女学園に到着
向かいのベッドから身を乗り出したリタが、船室の丸窓に額をくっつけて叫んだ。
「見えて来たわ! 聖ピエタ島よ!」
僕もベッドの上から首を伸ばす。
エメラルドグリーンの海にこんもりと浮かんでいたのは、丘のような形をした島だった。まるで野生動物が体を丸めて眠っているように見える。島の上には無数の建物が林立し、中央のもっとも高い位置に立派なドーム状の屋根が見えた。
「あれが聖女学園よ」
リタが誇らしげに指さすと、下段のベッドに腰かけたシスターが、下船準備をしながら答えた。
「聖ノエリア様が建てた聖ピエタ女子修道院が、聖女学園の前身なんですよ」
「伝説の大聖女様ですね! 今も聖女たちの守護聖人って言われてますよね」
はきはきと応じていたリタが、
「ねえ、もしかして――」
顔を輝かせて僕を見た。
「ノエルの名前って、大聖女ノエリア様からいただいたの?」
「いや、違うと思うけど――」
僕は首をかしげた。両親が聖ピエタ島の大聖女の名前なんて知っているとは思えない。いつもレモンの世話に掛かりきりだったし、収穫を終えたあとは、自家製レモン酒を作って近隣の村に売り歩く。彼らはいつも忙しそうだった。
だがふと思い出して、僕は膝を打った。
「そういえば僕の名前をつけたのは教会の司祭様だって、母さんが言ってたな」
かなり高齢の神父様だったそうで、僕が物心ついたころにはすでに天に召されていた。
「あら、じゃあきっとそうよ。司祭様なら大聖女ノエリアの逸話を知っているはずだもん!」
胸の前で手を合わせるリタに、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。なんだか僕が、聖女に化ける未来を予見されていたみたいじゃんか。生まれたその日から女装を運命づけられていたなんて、嫌すぎる。
僕はわしゃわしゃと頭を掻いて変な考えを振り払い、昨夜着たフリルのネグリジェをたたんだ。
トランクを開けると、香水の瓶が描かれたおしゃれなポーチや、薔薇の花を散らしたハンカチなど、年頃の女の子が見たら喜びそうなもので埋まっている。ポーチの中には小型の装飾鏡に櫛、ピンクの髪飾りセットまで入っているのだ。
サルヴァティーニ隊長から、
『部下に用意させたから持って行きなさい。これを見て気を引き締めるように』
と、渡されたものだ。
花の香りをつけた石鹸のせいで、トランクを開けるだけで女の子らしい匂いが漂ってきて、僕はげんなりとした。視覚も嗅覚も総動員して女装に精を出せという、聖騎士隊長のありがたいお心遣いだ。
淡い花柄の筆記セットの下にネグリジェをしまったとき、レースのついた下着セットが見えて、僕はつい、
「ひっ」
と声を上げた。
「ノエル、どうしたの? そろそろ甲板へ行きましょ」
向かいのベッドからリタが心配そうに声をかけた。いけない、いけない。僕はこれから任務完了まで、この下着をつけて過ごすのだ。
くそっ、一刻も早く事件を解決してやる!!
荷物をまとめた僕たちは、乗客の列に加わって甲板へ向かった。
甲板へ出た途端、海風が心地よく頬を撫で、スカートの裾をまき上げる。
「ひゃんっ」
トランクを持っていない方の手でスカートを押さえる僕の隣で、
「わぁ、気持ちいい!」
橙色の髪をなびかせたリタが歓声を上げた。
くそっ、余裕だな! 本物の女子はスカートがめくれても気にしないのか? それともリタの根性が据わってるだけ!?
「おや、その制服――」
焦る僕に、筋骨隆々とした船員が声をかけた。
「聖女学園は終点だからまだだよ」
僕に輝かしい筋肉を見せびらかさないで、と思っていたら、
「ピエタ島入り口にとうちゃーっく!」
別の船員が野太い声で叫んだ。
行商人や巡礼者たちが次々と桟橋へ降りていく。船を係留する船員たちの手さばきは鮮やかだ。聖騎士がダメなら船乗りもかっこいいかも知れない。僕の青白い肌も、海の男になれば魅力的な小麦肌になるだろうしねっ!
船は再び動き始め、次の桟橋を目指した。島の周りをぐるりと回りながら、泊まるたびに乗客を吐き出してゆく。
乗客が僕とリタ、それから同室のシスターだけになった頃、学園が見えてきた。運河沿いにたたずむ屋敷の白い壁が、陽射しを照り返している。
「綺麗ね」
額に手をかざして、リタが目を細めた。水上からでも、入り口に立つ大理石像が陽光を反射するのが見える。
「聖ノエリア様が見守っていらっしゃるわ」
見守ってるんじゃなくて、見張ってるんだよ!
あの石像がまさに、男子のイチモツを奪うという、恐ろしい認知魔法をかけられた諸悪の根源なのだ!
僕は思わずスカートの上から股間を押さえた。
無事、敷地に入れますように!!
祈る僕と、
「私たちの新しい生活が始まるんだわ!」
期待に瞳を輝かせるリタを乗せて、船はゆっくりと聖女学園の桟橋に近づいていく。
「終点、聖女学園前にとうちゃーっく!」
船員が
「未来の聖女さんたち、勉強がんばってな!」
船員たちの応援に見送られながら、僕とリタは荷物を持って桟橋へと降り立った。
周囲を運河に取り囲まれた学園からは、船でしか外に出られないようだ。見上げた先には白い聖ノエリア像が、片手に聖歌集を持ち、もう一方の手を胸にあてて見下ろしていた。どこがとは言わないが、僕のモノがひゅんっと縮こまる。
「大丈夫よ、ノエル」
何が大丈夫なのか、リタが僕の手を優しく握った。
「ノエルはどこからどう見ても、正真正銘の女の子だから」
う、嬉しくない……
葛藤に苦しみながら、リタに手を引かれて大聖女像の下を通る。
丁寧に敷き詰められた石畳が、歩くたびにコツコツと音を立てた。
─ * ─
これは―― 無事、聖女像の下を通過できた!?
次回は寮母や生徒会長に会います。ノエルが性別を怪しまれるなんてことは――きっとない!(←言い切ったら引きにならない)
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