第六章 第二節  選ばされること、選ぶこと

挿絵 6-2

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プルルルルル!


二藤陸佐の部屋で電話が鳴る。


「西日本方面、室長の二藤です」

「二藤君、防衛省の三隅だ」

「三隅大臣。お疲れ様です。対応隊の出撃は、無事進んでおります」

「ああ、わかっている。実はな、今しがた、名古屋市内でも予兆が現れた」

「なんですって!?」


二藤陸佐が驚いて目を見開く。


「今、そちらに情報を送る」

「それで、どうされるのです?」

「申し訳ないが…。二か所に分散配置だ。現在の予兆地点に到達したあと、名古屋に4名以上の適合者を向かわせてくれ」

「なにを言っているんです! こちらの適合者は6名しかいないのですよ!」

「わかっている…。こちらも苦渋の決断なのだ」

「2名だけ残して、どうしろと言うのです! たった二人では、空間崩壊は止められませんよ!」

「二藤君。わかってくれ」


二藤陸佐の拳がぎりぎりと握られる。


「承服いたしかねます」

「名古屋を崩壊させるわけにはいかん。時間がない。これは命令だ」

「…かしこまりました」

「人員の振り分けは一任する。名古屋には東日本から援護を送る。間に合わない可能性が高いがな。では、頼んだぞ」


二藤陸佐は電話を切る。

ブルブルと震える拳を持ち上げて、机にドンと叩きつける。



”Twenty minutes”



「こちらK1アヴァロン。はい」


飛行中のアヴァロン。

副機長の市川さんが、インカムに応答しながら振り返る。


「橘さん! 二藤一佐から緊急コールです!」

「ん…。ああ」


橘先輩が耳のインカムをトントンと叩く。


「橘だ」

“橘、今、名古屋でも予兆が現れた。同時発生だ”

「なに?」


橘先輩が私たちを見る。


“名古屋に4名以上を送れと命令が来ている”

「2名で兵庫のかぐや姫を倒せと? 馬鹿を言うな」

“ああ…、しかし、二人残れとも言われていない”

「…なんだと?」

“誰かが対応したという事実が重要なのだ”

「生贄を捧げろってのか!?」


橘先輩の大声に、肩がビクンとなる。

みんな橘先輩に注目する。


“ああ。馬鹿げているな”

「…。全員で名古屋へ向かえばいい。重要なのは、山奥より名古屋市内だろ」

“そんなことをすれば、私や、君たちにも処分が下るだろうな”

「構いやしねえ」

“そうはいかん。もっとも…、重い処分が下るとも限らない”


橘先輩が目を閉じる。


「わかった…。俺が残る」

“…頼む。データは直ぐそちらに送る”

「ああ」

“ありがとう…。橘”


橘先輩が深い溜息を吐く。

私は先輩に目を向ける。


「どうしたんですか?」

「目的地の変更だ。塩見、データは来たか?」

「ああ…。だが、今の目的地を経由して、名古屋へ向かえとの命令だ。どういうことだ?」

「今の目的地で、俺を降ろせ。それからお前らは、次へ向かう」


全員が橘先輩を見る。


「え!?」

「どういうこと!? 橘先輩」


柳原さんとミナモが、身を乗り出す。

葉山先輩が橘先輩に詰め寄る。


「ここは一人で、やっちまおうってのか!?」

「そうだ」

「馬鹿言うなよ!」

「ああ、大馬鹿野郎だ。どいつもこいつも」

「ちゃんと説明しろよ!」


橘先輩が葉山先輩を睨む。


「2名以内を兵庫で降ろせとの命令だ」

「な!?」

「二人では、どうせ死ぬ。死ぬなら俺一人で十分だろう」

「ふ、ふざけんじゃねー!!」


葉山先輩が壁をガンと蹴る。


沈黙する機内。



「橘さん。俺が残ろう」


水野先輩が立ち上がって、橘先輩を見る。


「なぜだ」

「橘さんは、隊の指揮に必要だ。陸佐とのコネもある」

「だからどうした」

「適合者の立場は、少しだが良い方向に向かっている。橘さんは今後も、この隊をいい方向に運んでもらいたい」

「それは、お前でもできることだろ」

「俺は、似たような人の少ない集落の人間だ。同情もある」

「…それで?」

「願いの力だ。あの時の河嶋や有瀬のように。俺ならこの集落も救える」

「馬鹿げているな」

「そうかもしれない。だが、ここは引けない。俺が行く」


水野先輩は、そこまで言うと、

黙ってフライトユニットを装着し始める。

橘先輩はうつむいて黙る。




「東日本対応隊に、警報発令! 西日本対応隊は、まもなく第一ポイントに到着します!」


防衛省の会議室で職員が報告する。

三隅大臣が職員を見る。


「西日本対応隊の動きに注意しろ。適合者が予定通り動いているかをな」

「かしこまりました」


三隅大臣が背もたれに深くもたれ掛かる。


「桐ケ谷君。君の判断は早く、合理的ではあるが…」


三隅大臣が言いかけて、言葉を止める。


「…あとは、上手くいくかどうかだな」

「ええ…」


私は窓の方へ歩いて行く。


西日本の対応隊で、兵庫に残るのは、恐らくカズキ一人。

こういうとき、カズキは自分が動かないと納得しないでしょうね。


色とりどりの夜景がキラキラと輝く。


悪いわね。カズキ。




”Forty minutes”



「ハッチを開けるぞ。飛ばされるなよ!」


塩見機長が振り向いて注意する。

水野先輩にミナモと柳原さん、私は、

壁に固定されたフライトユニットを背負い、

飛ばされないようにしがみついている。

橘先輩と葉山先輩は、壁に並んだ席に座り、険しい表情を浮かべている。


”On your mark”


ごうんごうんと後部ハッチが開く。

ガシャっと水野先輩がフライトユニットを、壁から外す。


「行ってくる」

「水野先輩…」


ミナモが心配そうに水野先輩を見つめる。


「水野。無理をするな。降りたら、崩壊範囲外に向けて走れ」


橘先輩が水野先輩を見ずにいう。


「それは、考えていない……ということもないな」


水野先輩がハッチに向かって走っていく。


「水野!」

「水野先輩!!」


葉山先輩や、ミナモたちが水野先輩に叫ぶ!

水野先輩は吹きすさぶ風の中に消えていった。


ガチャ。

私はフライトユニットを壁から外す。


「は、ハルカちゃん?」


ミナモが心配そうにこちらを見る。

私は橘先輩を見る。


「橘先輩」

「…ここで水野と死ぬつもりか?」

「そんなつもり、ありません」

「…」

「行ってきます。先輩」

「…ああ」


私も後部ハッチに向けて走る。


「有瀬さん!?」

「有瀬!」

「ハルカちゃーん!!」


みんなの声が聞こえる。

吹き荒れる風が頬に当たる。




「西日本対応隊、第一ポイントで適合者の投下を確認しました。降下したのは2名です」


会議室で職員が三隅大臣に報告する。


「よし。残りは名古屋に向かっているか?」

「はい。予定通りです。名古屋の光体出現予定時刻まで残り40分です」

「間に合うか?」

「はい。問題ありません」


ふうっ、と大きな溜息を吐く三隅大臣。

周りの男たちも、安堵の顔色を浮かべる。


「やれやれだ。東日本の部隊はどうなっている」


新垣副大臣が職員に尋ねる。


「はい。まもなく飛び立ちます。出現予定時刻には間に合わないものと思われます」

「急がせろよ」

「はい」


職員が額の汗をハンカチでぬぐう。


「2名…ね」


私は窓の近くで男たちの様子を見ている。


「兵庫に残った適合者の…、名前はわかりますか?」

「えーっ…。水野カズキ…、有瀬ハルカ…。以上2名です」


ざわざわと男たちが話し始める。


「あの参考人の娘か…」

「ここで消えたら、メディアが騒いだりしないか…」


三隅大臣が私を見る。


「大丈夫かね? 桐ケ谷君」

「ええ。彼女は身寄りのない適合者です」


大臣の周りの男たちをぐるりと見る。


「メディアにも情報提供は無用。書面は黒塗りでお願い致します」


男どもは、ヒソヒソと話している。


「…そう、だな」


三隅大臣は机に肘をつき、額を抱えてうつむく。


有瀬ハルカ。カズキについて行ったのか。

なかなか面白い娘だったのに。


「残念ね…」


窓の外を見ながら、ボソっとつぶやく。




フライトユニットの着地に合わせて、

一面の段々畑に実った稲穂が、激しく揺れる。

田んぼの隙間を通る、広いあぜ道に、

ふわっと着地する。


先に降りていた水野先輩が、ヘルメットを外して、

驚いた顔を見せる。


「なぜ、ついて来た!?」


私もヘルメットを外して、地面に捨てる。


「先輩一人では、やらせません」


水野先輩が詰め寄っては、私の肩を掴む。


「今すぐ走って逃げろ! まだ時間はある! 範囲外までたどり着けるかもしれない!」

「嫌です」

「なら、ここで負傷させる。避難誘導のヘリはまだ近くにいるだろう」


水野先輩がハンドガンを、私の足に向けて構える。


「やめてください」

「お前を負傷させ、基地に戻すよう無線を送る」

「戻りません。ここに残ります」

「ここで死ぬつもりなのか!? 俺に付き合わなくていい!」

「死ぬつもりはありません」

「なら、なぜ来た!?」


私は水野先輩を睨む。


「戦います。二人なら、勝てるかもしれないから」


水野先輩の険しい目つき。

しばらくにらみ合う。


「戦って、生き残るつもりか?」

「はい」


水野先輩の真剣な目。

私はぐっと睨み返す。

先輩は諦めたように、ハンドガンを腰にしまう。


「…出現と同時にゼロ距離で仕掛ける。最大限、共鳴を高める」

「はい」

「離れれば時間内の撃破は難しい。稲の中に入るな。泥に足をすくわれる」

「はい。わかってます」

「俺と離れすぎるな。対面になっての誤射を避けれる。お互いの動きもフォローし合うんだ」

「はい」

「まだ時間はある。準備を万全に」

「わかりました」


私は銃器のチェックを始める。


「有瀬」

「はい」

「もう遅いかもしれないが、言っておく。お前は死なせない」

「…はい」

「それが、俺の願いの力だ。すぐに死ぬような真似はするな」


手を止め、水野先輩を見る。


「私も。水野先輩を、死なせません」

「ああ。期待しておく」


水野先輩も銃器の確認を始める。




「う、ぐすっ、ハルカちゃん」


飛行中のアヴァロンでミナモが泣く。

ミナモの背中を柳原さんが黙ってさする。


「泣くなよ、河嶋…。死ぬのは、俺たちの方かもしれないだろ」


葉山先輩が横目でミナモを見る。


「うん…」

「水野先輩は強いから…。私たちも戦おう…」


柳原さんがミナモをなだめる。


「うん。ありがとう、カナタちゃん」


ミナモは前を向く。

コクピットの市川副機長が振り返る。


「到着時間はギリだ。降下直後にかぐや姫が出現する。化物の目の前に着地する予定だから、覚悟しててくれ」

「ああ、わかった…」


橘先輩が静かに返事をする。


「クソくらえだ。こんな世界」


葉山先輩が窓の外を眺めながらぼやく。




“Fifty-seven minutes”


暗闇の深夜、月明かりが稲を照らす。

人のいない、静かな夜。

ガーガーと時折カエルが鳴いている。

サーッと風で揺れる、棚田の稲穂。

階段状に高低差をつけて広がる田んぼを、高い所から眺める。


「水野先輩」

「どうした」

「母を奪った空間崩壊を、私は許せません」

「ああ」

「適合者になったときは、辛かったです」

「ああ」

「でも、感謝もしています」

「そうか」

「ミナモは不貞腐れていた私に、友達になろうと言ってくれました」

「ああ」

「もう長い付き合いです。変わらない笑顔が私の支えです」

「ああ」

「柳原さんも、とても気が利く、優しい友人です」

「ああ」

「橘先輩は何も言わないけど、いつも私たちを助けてくれて」

「ああ」

「亡くなった鬼塚先輩も、色んなことを教えてくれました」

「ああ」

「葉山先輩の感情的なところ。怖い所もあるけど、九州では助けられました」

「そうか」


“Fifty-eight minutes”


「九州では、元気な隊長の、宮野さんに出会いました」

「ああ」

「加藤君という、私と似た男の子にも会いました」

「ああ」

「彼は、私たちのことを助けたいって言って、無茶なことをして、死んでしまいました」

「…そうか」

「室長補佐の吉川さんは事務的な人で、でも、とても綺麗な人でした」

「ああ」

「私、二藤陸佐のことは、はじめは怖い人だと思っていました」

「ああ」

「でも、色々と考えてくれていると知って、優しい人だと、今は思っています」

「そうか」

「滋賀で松山さんという人に、機関銃の指示を受けました」

「ああ」

「娘さんは、私と同じぐらいの歳らしいです」

「ああ」

「松山さんは、ミナモが追い付くのを、私と一緒に待ってくれたんです」

「そうか」

「でも、それが原因で亡くなってしまって」

「…ああ」

「整備の幸田さんが言うには、松山さんの部下の方は、それでも私たちに感謝してくれているそうです」

「そうか」

「塩見機長、市川さん。みんな、私が名前を知る前から、私の名前を覚えてくれてました」

「ああ」

「基地の人たちも、みんないい人です」

「ああ」


“Fifty-nine minutes”


「水野先輩は、私に実戦を教えてくれました」

「ああ」

「おかげで、生き残ってこれました。ありがとうございます。先輩」

「礼を言われるようなことじゃない」



辺り一面がぼんやりと輝き始める。

ガチャっと銃を構える。

輝く光の粒が、ふわふわと漂い始める。


「死なないでください。水野先輩」

「お前もな」



”One hour”


ばああああああんと、弾けるような眩い光が、目の前を包み込む。




※ 次回 2025年8月27日 水曜日 21:00 更新予定

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