第四章 第三節 ローリングダンス
挿絵 4-3
https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177300357603
-------------------------------------
外が慌ただしくなる。
水野先輩と橘先輩が、警戒室へスタスタと入ってくる。
「今回は輸送機2台で行く。人員を分ける」
水野先輩が、Z.A.Λの濃度マップをモニターで見ながら言う。
「アヴァロンじゃないんですか?」
「アヴァロンには大物が積まれてる。全員は乗れない。4人はアヴァロンで先行。あとの2人はチヌークでついて来い」
窓の外。
アヴァロンの後方に、プロペラが二つある黒いヘリが、
騒音を立てて着陸するのが見える。
「先行は、俺、葉山、橘さん、有瀬だ。行くぞ」
「あの!」
ミナモが手を上げる。
「どうした?」
「私を先行部隊にしてください」
「なぜだ?」
「実家の近くなんです…」
水野先輩がミナモの目を見る。
「…俺が後方に回るよ。どうせ狙撃なんてできないしな」
葉山先輩がポリポリと頭をかく。
「わかった。それで行こう、各自出発」
「はい!」
ミナモは小さく葉山先輩にお辞儀をして、アヴァロンへ駆けていく。
私は心配そうにミナモの後ろからついていく。
アヴァロンに入ると、真ん中を陣取るように、巨大なガトリング砲が据え付けられている。
「これは?」
「連射できる大砲みたいなもんだ。空軍の骨とう品だよ」
塩見機長が計器のチェックをしながら、後ろをチラっと見る。
銃口は後部ハッチの方へ向けられている。
「射手は俺がやる。有瀬は補助だ。河嶋は対物ライフルの準備を」
「はい!」
水野先輩はガトリング砲の下から、長い線で繋がれた小さなグリップを取り出す。
「給弾は自動で行われる。基本的には見ているだけでいい」
「…はい」
慣れた手つきでアンチマテリアルライフルを準備する橘先輩。
不慣れな手つきで、もたもたと準備をするミナモ。
私はこの機械が止まらないように見張る役。
今、自分ができることをするしかない。
「橘! 行くぞ!」
「ああ」
塩見機長の掛け声がかかり、アヴァロンが飛び立つ。
飛び去っていくアヴァロンを、窓から見つめる二藤陸佐。
「…まだ3日目だ、タイミングが悪すぎる。人生は思うようにいかないものだな」
雲一つない空に、機影が小さくなっていく。
ガトリング砲は、二本の極太な油圧サスペンションで床に固定されている。
私はそのアームを覗くように、大砲の後方へと回る。
「その辺りにいると危険だ。」
水野先輩の言葉にピクリと肩が反応する。
「何が起こるかわからない。間に合わせの武器だからな」
「わかりました」
先輩の背中にくっつくようにしゃがみ込む。
“Thirty minutes”
“流出されたリストに娘の名前はありませんでした。こんなことになっていたなんて。
あの子が、かぐや姫討伐なんて志願してないことを祈ります“
ミナモが小さいタブレットをじっと見つめる。
「パパ。ママ。無事に逃げててね…」
アヴァロンが高度を下げていく。
青い海、白い砂浜、山々の緑。
とても輝いて見える。
ここがミナモの故郷か。
「まだ接敵には時間がある、直前まで旋回するぞ」
塩見機長は緩やかに機体を傾け、低高度で上空を回り出す。
海沿いの道路は車が大渋滞を起こしている。
「なにやってんだよ! 早く逃げなきゃ!」
ミナモが窓の下を見ながら叫ぶ。
「避難誘導が上手くいっていないらしいな…。混雑して、中まで軍が入っていけないらしい」
副機長の市川さんがインカムの周波数を調整しながらぼやく。
「なんで…」
「メディアが騒ぎすぎだ。煽られたやつらが、逆に流れこもうとしてるのかもしれない」
橘先輩がライフルを担ぎながら窓の外を見る。
「そんなの…。嫌だよ…」
ミナモがタブレットに目をやる。
私はミナモにすり寄って頭をなでる。
「河嶋。そう思うなら、気持ちを銃に込めてみろ。お前の言った楽観的な観測を、俺も信じてみたい」
水野先輩がミナモを見る。
「…うん」
ミナモはライフルを抱きしめて、祈るように目を閉じた。
私たちのアヴァロンと、葉山先輩達を乗せたチヌークが、
和歌山の上空を、連れそうように、ゆっくりと旋回した。
“Fifty minutes”
「ハーネスいいか?開けるぞ!」
ゴウンゴウンと後部ハッチが開く。
すさまじい風に吸い出されそうになる。
ハーネスから床につながれたベルトが、バタバタと暴れる。
これが私たちの命綱。
アヴァロンは陸の側の入り江の上を、超低高度でホバリングする。
「塩見さん、右へ1.3度回頭」
「了解、ターンライト、1.3ディグリー」
「完了」
水野さんがタブレットの濃度マップと、スコープを覗きながら、
アヴァロンのお尻を出現予想ポイントへ向ける。
「水野、アヴェンジャーの反動でホバリングが崩れる。手動では制御不可能だ。GPS制御に切り替える」
「わかりました」
水野先輩はタブレットを壁にかける。
アベンジャーとケーブルで繋がれた発射管を握り、真っ直ぐに外を見つめる。
海と山に挟まれた半島。
私たちはかなり海面に近い高さ。
幾つかの林の隙間に、うっすらと住宅街が見える。
この上にかぐや姫は現れる。
「河嶋。お前の家は近いのか?」
橘先輩がミナモを見る。
「うん。こっち…」
ミナモが窓の外を指さす。
私たちの左側、少し離れた場所に海に面した住宅街が見える。
「近いね…」
「うん…」
ミナモがライフルをぎゅっと握る。
“Fifty-five minutes”
「避難状況はどうなってる?」
「芳しくないが、2キロ圏内はほぼ完了してる」
橘先輩の言葉に、市川さんが答える。
「援護の奴らは? 500m以内にいないだろうな」
「ああ、かなり離れて待機してる」
「この距離からの接敵は初めてだ。どう動くかわからんな…」
橘先輩が長いライフルを構える。
“Fifty-seven minutes”
窓の外では、並んで飛ぶ葉山先輩のヘリ。
搭乗口から葉山先輩が覗くようにライフルを構えている。
「無事でいてね。パパ。ママ」
ミナモもライフルを構える。
“Fifty-eight minutes”
「水野、無人だと思って、遠慮なく行け」
「…。弾は向こうの海面に落ちる計算だ。上手くいけば、だが…」
橘先輩の視線。水野先輩のグリップがギュっと握られる。
“Fifty-nine minutes”
「いよいよだ」
塩見機長の言葉で私は、出現予想ポイントを見つめる。
遠く、入り江の向こうの陸地がふわっと明るくなる。
”One hour”
前方がはじけるような、眩い光に包まれる。
ァァー
「見えてるか! 水野!」
塩見機長が叫ぶ。
私も双眼鏡でかぐや姫を捉える。
林の隙間から見える、虹色の光体。
遠くてよくわからないが、四足歩行の動物のような姿。
「ドンピシャだ」
水野先輩を包む青い光が、グリップのケーブルを伝ってアヴェンジャーを輝かせる。
“Seven minutes left”
ブウウウウウウウウウン!!!!!
ミシミシミシミシ!!
アヴェンジャーが轟音を立て、銃身を回転させる。
機内は地震でも起きたかのような、激しい揺れ。
「きゃああ!」
ミナモが壁にしがみつく。
思わず私も、水野先輩の肩を掴んでしまう。
極太のサスペンションが一気に下がり、
勢いに押されたアヴァロンが、後方へと下がる。
鼓膜が破れそうだ。
勢いよく放たれた弾丸が、やや波打つような線となって、光体に向かう。
遠ざかっていくにつれて、青い光が失われていく。
ミシミシとアヴァロンが悲鳴を上げ続ける。
「み、水野!!!!」
機長の叫びに、水野先輩が撃つのをやめる。
アヴァロン内に白煙が立ち込める。
双眼鏡の先、弾の軌道は光体へ伸びたはず。
しかし、距離が遠すぎて、粒子が舞い上がる様子までは確認できない。
「どうなった!?」
「わかりません! ですが、目標の形は健在です」
双眼鏡を覗きながら機長に応える。
かぐや姫は何もなかったかのように沈黙している。
もくもくと煙る機内。
「はあ、この状況で狙撃なんてできるか。ろくでもねえ」
橘先輩はライフルを肩に担いで座り込んでいる。
「ふー、ふー」
ミナモが四つん這いで化物を見つめる。
「もう一度行く」
水野先輩の言葉に、私はまた肩に掴みかかる。
先輩の肩に寄りかかり、祈るように奴を見つめる。
届け、届け!
私の体の輝きが、先輩を通してアヴェンジャーに伝わるように祈る。
ブウウウウウウウウウン!!!!!
大きな唸りを上げながら勢いよく弾丸が射出される。
ミシミシミシ!!! メキメキメキ!!
金属の悲鳴のような音を立て、振動する機内。
「う、うう」
ブルブルと体が震え、水野先輩にしがみつく。
「ストップだ!! 水野―!!」
銃撃が止む。
私は水野先輩の肩から、双眼鏡を覗く。
依然として、奴の反応はないように見える。
「…。こ、効果…、確認できません!」
“Six minutes left”
「どうする!?」
塩見機長がこちらに振り返る。
水野先輩の眉間に皺が寄る。
「…塩見、反転だ。接近して上空から斉射する」
橘先輩がそう言うと、
立ち上がって、壁にかかるフライトユニットへ背をくっつける。
「上の作戦を無視するのか!?」
「ああ、そうだ。こんな距離から撃っても、共鳴は届きはしねえ!」
橘先輩が機内の私たちを見ながら怒鳴る。
「現場は臨機応変にだ! 全員フライトユニットをつけろ!」
水野先輩が無言で立ち、フライトユニットを装着し始める。
「はい。わかりました」
続くように私も立ち上がる。
ミナモも黙って、壁にかかるフライトユニットを背負い始める。
「陽動射撃を要請しろ。塩見、突入の仕方は任せるぞ」
橘先輩の言葉に、塩見機長がイライラしたように頭をかく。
「無茶苦茶だな、クソ! 反転かけるぞ!」
「作戦は失敗だ! アヴァロンで接近する! 陽動頼む!」
副機長の市川さんが、インカムへ怒鳴る。
“お、おい! おっさん! どうすんだよ!”
並んで飛ぶチヌークから、葉山先輩がこっちへ叫んでいる。
「後方へ下がってろ! そのヘリじゃ、死に行くようなもんだ!」
急速にアヴァロンが反転し、機首を化物に向け、
加速し始める。
半島の海岸線から、化物を囲むように、
四方から銃弾の雨が上がり始める。
「…私たち、…どうします?」
柳原さんが、心配そうに葉山先輩を見る。
ポリポリと頭をかく先輩。
「どうも出来ねえよ。…そうだな、避難指示にでも回るか?」
チヌークの機長が溜息をつく。
「それも悪くない。できることをやろう」
遠のいていくアヴァロンを柳原さんが見守る。
「ミナモちゃん…」
“Five minutes left”
銃撃に反応したように、虹色の化物は、細い光線を四方へと放ち始めている。
「陽動部隊がかなり近づいたな! 早くしないと全滅するぞ!」
「わかってる!! しっかり掴まってろよー!!」
グイと機体が90度ロールし、床と天井が縦に並ぶ。
強い遠心力で息が苦しい。
「う、う…」
壁にくっついたままのフライトユニットを背負う。
上半身を囲むベストに、ぎゅーっとしがみつく。
皆同じようにして、壁に背を向けて張り付いている。
機体の角度からは、寝ていると言ったほうが正しい。
ズキン!!
胸を突き刺す痛み!!
「来るぞ!」
「こ、攻撃!! 撃たれるー!!!」
水野先輩とミナモが叫ぶ。
同時に、機体が180度グルンとロールし、
私たちの体は天井に吊り下げられるみたいになる。
「きゃあー!!!」
開いた後部ハッチをかすめる、並んだ弦のような光線。
「いいぞ、塩見! こりゃジェットコースターよりヒデー!」
「うるせー!!」
橘先輩がニヤニヤと笑っている。
カクンと機体が傾き、重力が正常に戻る。
「立ち上げるぞ! 持ち場につけ!!」
機長の怒鳴り声。
フライトユニットのロックを外し、壁からヨタヨタと離れては、
壁沿いの座席シートを、お腹で抱えるような姿勢をとり、後部ハッチを見る。
前後に並んだ左右二つのシート、私の前には水野先輩がいる。
「行くぞ! ピッチ90度!!」
ぐわーんと機首が持ち上がる。
重力が後方ハッチへと引き寄せられ、
背もたれに身体が持ち上げられる。
アヴァロンが垂直に上昇を始める。
化物の背中をかすめるように、移動しているのだろう。
後方ハッチから見える、一面の虹色。
直ぐに遠ざかり、それが、かぐや姫を上から見たものだとわかる。
ここからだと、まるでパンダの背中を、上から見ているような姿だ。
「やっちまえ! 水野!!!」
機長の叫びに合わせて、青く輝くアヴェンジャーが唸りを上げる。
ブウウウウウウウウウン!!!!!
ギュルギュルと超高速回転する銃身が、爆音を奏でる。
※ 次回 2025年8月3日 日曜日 21:00 更新予定
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます