第三章 第四節 渡り鳥が飛び立つ日
挿絵 3-4
https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177259592937
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“Six minutes left”
「危険です! 下がって!!」
「子供を戦わせてるんじゃないのか!?」
「うちの家族は何年も前に連れていかれたままよ!」
「お前たちはここにいてもいいのか!」
「戦ってる人を、確認させろ!」
「政府は何か隠してるんじゃないのか!!」
「ここは空間崩壊の範囲内です! 避難してください!」
「誰が戦ってるか見せろ!」
「汚染者と何で連絡が取れない!!」
「人体実験でもしてんのか!?」
少なくみても数百人。
人の波が押し寄せている。
怒号が飛び交う。
「押さないで!!! 下がって!!! ここは立ち入り禁止です!!」
ハンドスピーカーの大きな声が響く。
軍の人が壁となって立ちふさがるが、
人の波にぐいぐいと押されているように見える。
「ここを通せ!! 軍の差別的な対応はやめろ!」
「うちの子を戦わせてるんじゃないでしょうね!!」
必死に流れを止めようと、軍人が総出で押し返すが、
圧倒的な人数差がある。
「公務執行妨害ですよ!!! これ以上は処罰の対象になります!!」
「下がってください!!」
ダダダダ!!!
軍人の一人が空へライフルを放つ。
「きゃああ!!」
「なんだ!?」
「撃った!? 軍が!?」
銃声の大きな音で群衆の混乱が大きくなる。
「下がって! ここから避難してください!」
「おい! 軍は市民を撃つのか!?」
「国民の知る権利を、脅しで消し去ろうとしてる!!!」
「軍は悪だ!!」
「本当は軍が爆弾で街を吹き飛ばしてるんじゃないのか!?」
「軍が国民の邪魔をするな!!」
デモの先頭にいたひとりの男性が、目の前の軍人に飛び掛かる。
それが合図になってしまったのか、次々と暴力が飛び交い始める。
「下がれー!!」
ダダダダダ!!
再びライフルが空高くへと放たれる。
意にも介さない人の波。
殴る人。応戦する軍人。そして、その軍人を殴る人。
悲鳴も飛び交う。
軍人たちが作った人の壁が崩れ、
群衆がなだれ込む。
「行け! 行けー!!」
「おとうさーん!!」
「軍の人権無視を許すな!!」
混乱した人達が柳原さんのトラックを駆け抜けていく。
「もう嫌…。もう嫌…。」
柳原さんはトラックの荷台でうずくまり、耳を塞いでいる。
「か、カナタ? カナタじゃないのか!?」
ビクンと肩が震える。
恐る恐る隣を見る。
「カナタ!! おまえ、ここで何をしてる!」
「…お父さん」
ズドドドドド!
大きな機関銃が激しく唸る。
私の放つ青白い曲線が、化物の胸部に命中する。
「止めー!!」
「アイツ…、近づいて来てる!」
かぐや姫が湖面から上陸してくる。
並木通りの木々にぶつかり、“削り取る“。
水野先輩達が飛び上がり、
何本も生えた腕の一本を切り裂く。
はじけ飛ぶ光体の腕。
何本もの残った腕が持つ、球体の一つから、
細い光線が放射状に放たれ、水野先輩を囲む。
その瞬間を待っていたかのように、
橘先輩がその球体に飛び、銃口を突きつける。
弾けるように盛大に粒子が舞い、球体を持つ腕ごと破壊する。
「距離800m、2度下げ!」
重い銃口をググっと上げる。
橘先輩達が着地するのが見える。
「撃てー!」
ズドドドドドド!
「止めー!」
先輩たちの青い三つの光が、化物の左右から飛び掛かる。
“Five minutes left”
「距離700m。4度下げ。動きが早いな。次が最後だろう」
「私とミナモに反応してる…?」
「そうかもしれないが、人が多い方に引かれているんだろう。後方で人が密集してるようだ」
「避難の遅れが?」
「デモみたいなものだよ。これで最後だ! 撃てー!!」
ズドドドドドドドドドド!!!!
二つの青い線。
距離が縮まったからか、化物の胸部から飛び散る粒子が多くなる。
穴は開いていないが、胴体が大きく凹んでいる。
「止め―!! 距離600m! 一時撤退だ!!」
「距離が近い! 次はもっと削れる!」
「だめだ! こっちが狙い撃たれる! 撤退! こいつは捨てていけ!」
「はい!」
私は自分のライフルを拾い上げて、長いあぜ道を走る。
遠くてよくわからなかったが、近づいてくるほどに、
奴が人型であることがわかる。
胡坐をかいて祈っている、神像のような姿。腕は数本ある。
「走れ! 高機動車が向かってる! 急げ!」
後方部隊から、数台の小型トラックが走ってくるのが見える
「はあ、はあ、ミナモは!?」
振り返ると、ミナモ達も遠くからついてきている。
水野先輩達の銃声が大きくなってくる。
今は化物の大きな姿がはっきり見える。
「かなり速い! 400mぐらいだ! 追いつかれる!」
「ミナモたちが追い付くまで、私が引きつけます!!」
立ち止まって銃口を化物に向ける。
ミナモ達と私たちの距離は、まだ遠い。
「だめだ! 高機へ走れ!」
松山さんが私のライフルを掴む。
私は松山さんを睨む。
「友達を置いていけません!」
「ああ! わかったよ!」
松山さんも立ち止まり、
向かってくる高機動車に手で合図する。
「松山さんは先に!」
「娘ほどの子を置いていく訳にいかんだろ!」
苦笑いの松山さん。
ズキン!!
胸を刺すような痛み!
攻撃が来る!!
「松山さん! 避けて!!」
そういって高く飛ぶ。
神像が持つ球体の一つから、太い光線が放たれる。
私の足元へ伸びる光線が、松山さんの姿を消し去る。
「ああああああああああああああああああ!!!」
緑が並んだ四角い水田に穴が開く。
濁った水がゆっくりと流れ込む。
「カナタ! 帰るぞ!」
「駄目! 離して!!」
「何が駄目なんだ!!」
トラックから降ろそうと、柳原さんの腕を掴む父。
「みんな戦ってるの! 私だけ帰れない!」
「やっぱりな! 戦わされているんだろう! 俺たち家族は何も知らされていないぞ! 許されるものじゃない! 連れて帰る!」
「駄目だよ!!」
腕を振りほどこうとするが、強く握られて離れない。
「動画を見た! 色んな人に聞いて回ったよ! あの基地にお前がいるって、教えてもらったんだ! やっと見つけたんだ! お前は帰りたくないのか!」
「帰りたいよ!! でも今は駄目なの!!」
「なんで駄目なんだ!」
「かぐや姫が倒せてない!!」
「お前がやらなくてもいいだろう!!」
「私もやらなきゃ駄目なんだよ!!」
父は手を離さない。
とめどなく涙が溢れてくる。
「あと5分で崩壊が起きる! ここからだと、もう逃げられないよ!」
父が驚いた顔を見せる。
「……前線の部隊が、かぐや姫を倒すんじゃないのか?」
「それは私の仲間だ!!」
バッと力いっぱいに腕を振りほどき、
トラックの荷台で立ち上がる。
見下ろすように父を見る。
“Four minutes left”
ミナモ達が、やっと私に追いつく。
化物は目前まで迫る。
その周りを飛ぶように走る先輩達も、私たちのすぐ目の前まで来ている。
息を切らして走る橘先輩。
「はあ、はあ、こっちに構うな! あれで並走するんだろ!」
橘先輩が並んだ高機動車を指差す。
「はい! 行こう! ミナモ!」
「うん!」
ミナモ達と共に高機動車へ走る。
私たちのいた田んぼを化物が通りすぎ、
緑の稲穂を、何もない地面へと塗り替えていく。
化物の持ついくつもの球体から、先輩達へ光線が放たれる。
それらを縫うように、3人の先輩が飛び跳ねては、
一本一本腕を潰していく。
高機動車の剥き出しのデッキに乗り込むと、
若い女性の兵士が、備え付けられた重機関銃のグリップを私に向ける。
「行きますよ! 走りながらで狙いにくいだろうけど!」
「はい! わかってます!」
グリップを両手で掴むと同時に、勢いよく車が走り出す。
立ったまま乗っているので、左右に身体が揺さぶられる。
ミナモたちは後ろの車両に乗り込み、この車両を追ってくる。
「前に出るから! 振り落とされないで!」
「はい!」
女性兵士の言葉に反応するように、
化物の横を追い抜き、前方へまわる。
先輩たちを見ると、橘先輩が遅れ、化物に置いて行かれている。
「はあ、はあ、クソが! ろくでもねえ!」
「おっさん! もっと速く走れ!」
「うるせーな! こっちはもう歳なんだよ!」
「ったく! 泣き言いってんなよ!」
遅れる橘先輩に葉山先輩が激を飛ばす。
橘先輩は息を切らしながらも、ヒラリと光線を躱す。
しかし、そうしている間に水野先輩達から更に遅れていく。
私の乗る車が住宅の横を通り過る。
建物の影で先輩達が見えなくなる。
屋根越しに奴の頭だけが見える。
「準備! もうすぐ! 今!」
「はい!!」
視界が開けると同時に、女性兵士の合図で機関銃を放つ。
ズガガガガガガガガ!
腕に響く振動。
200mほど向こうの化物の肩に命中し、大きく欠けさせる。
遅れて、ミナモから放たれた弾丸が背中の方で粒子を散らせる。
足元では先輩達が、反復横跳びで光線をよけながら、
ひざ元を削り取っていく。
“Three minutes left”
「きゃあああ!」
「ああ!! かぐや姫だ!!」
「こっちに向かってきてないか!?」
群衆から悲鳴のようなものが上がる。
遠くの方で見えていた化物の姿が、
ずいぶんと大きくなっているように見える。
柳原さんの体からは、パァっと青白い輝きが放たれる。
自分の身体を確かめる柳原さん。
「かぐや姫が…、近くなってる…」
父親の驚いた表情。
「カ、カナタ!?」
周りの人だかりが柳原さんに注目する。
「なにあれ…汚染?」
「かぐや姫を倒す光だ」
「あの子、かぐや姫に操られてるんじゃないか…?」
柳原さんは、父親を見つめる。
「……お父さん。私はお父さんに、ここで死んでほしくない。ここに、たくさん人が集まっちゃったのも、…私のせいなんでしょ?」
「何をする気だ? カナタ」
「私がアイツを止める」
バババババババ
低高度でアヴァロンが飛んでくる。
「うわ!」
「きゃあ!」
群衆の上に強い風が降りかかり、砂埃を舞い上げる。
後部のハッチが開き、副操縦士が手招きする。
「カナタ!!」
柳原さんの髪を、強い風が激しく揺らす。
暴れる前髪の隙間から父を見る。
「また会おうね。約束だよ?」
後部のハッチに向けてロングジャンプ。
「カナターー!!」
父の叫びを聞きながら、
スタッとアヴァロンの中へと着地した。
―ガガガガガガ!
化物の腕は残り二本。
胸部や腹部にも大きな穴が開く。
ぐにゃりと、残った二本の腕が、頭の上で手を結ぶように伸びる。
そのまま腕が同化するようにくっつき、
背中に大きな輪を背負うような姿へ変貌する。
ズキン!!!
胸を刺すような痛み!
「光線が来ます!!! ブレーキ!!!」
ギギィー!!
大きな音を立て車の速度が落ちる。
大きな輪から細いレーザーがいくつも伸び、
車の進行方向を網目のように塞ぐ。
「うおおお!」
運転していた男性が、急ハンドルを切ってそれを避ける。
「う、くうう」
女性隊員が車にしがみつく。
私も機関銃のグリップを握ったまま、ぐわんぐわんと振り回される。
光線を避けた車は、速度を上げ、安定を取り戻す。
「ふう、ふう、…よし! 撃って!」
「はい!!」
先輩達に当たらないように高めを狙って撃つ。
頭部に盛大に命中し、半分を欠けさせる。
“Two minutes left”
「まずい、このままだと群衆に突っ込むぞ!」
運転手が叫ぶ。
かなり距離はあるが、道路の前方に人だかりのようなものが見える。
「なんで…」
私は群衆に目線をそらす。
ポンと女性兵士が私の肩を掴む。
「そこまでに倒せばいいのよ! 撃って!!」
「はい!」
女性兵士の声に合わせて、機関銃を放つ。
残った頭部を削り、粒子を舞い上がらせる。
ミナモから放たれる弾丸は、大きな輪の上部を薙ぎ払うように削る。
群衆に飲み込まれている軍の後方部隊には、柳原さんがいるはずだ。
大丈夫だろうか。
“家族を返せ!”
“私、も! 私も…。みなさんの言う、高濃度汚染者です…“
“会いたかった!! お母さん!“
柳原さんの涙が思い出される。
「柳原さん! 無事でいて!」
バババババ
後方部隊のほうから、
アヴァロンが飛んでくる。
ガガガガガガガ!
アヴァロンから青い直線が放たれ、
化物の残った肩を消し飛ばす。
「アヴァロン!!」
上半身の大部分が削れた神像は、ぐにゃっ丸い球体に姿を変える。
「もう少しだ! 削りきれ!」
水野先輩が叫んでいる。
私も、ミナモも、機関銃のトリガーを引きっぱなしで撃つ。
アヴァロンは奴の上空を旋回するように飛び、
側面の搭乗口から、青い直線を放っている。
急速に方向を転換するアヴァロン。
化物から太い光線が空に放たれ、間一髪でアヴァロンがかわす。
“One minute left”
「おおお!」
水野先輩が球体を飛び越えるようにしながらジャンプし、
銃弾を浴びせかける。
葉山先輩もそれと同じ動きで飛ぶ。
二人の銃撃で球体が輪切りのようになる。
「これで決めて!!」
女性兵士の叫びに合わせて半球を撃つ。
ミナモは反対の半球に向けて撃ち、それぞれを削り飛ばす。
盛大に舞う粒子。
“30 seconds left”
球体が削りきられ、辺り一面に粒子が舞い散る。
ババババババ
光の粒子を舞い散らせるように、田園に降り立つアヴァロン。
よろよろと、搭乗口から柳原さんが降りてくる。
“10”
“9”
“8”
「柳原さん!」
「カナタちゃん!」
車が止まると同時に飛び下り、柳原さんのもとへ駆け寄る。
“5”
“4”
“3”
“2”
“1”
“0”
“Time limit reached“
汗だくの私たちは、3人でガシっと抱き合った。
「う、ひっぐ」
柳原さんの涙が、私の頬を伝う。
ちゅんちゅんと朝の陽ざしに照らされて、雀たちが鳴く。
“なにあれ…”
“かぐや姫を倒す光だ”
“アイツ、かぐや姫に操られてないか…?”
二藤陸佐の部屋。
机の上のモニターで、青く光る柳原さんが映されている。
座る陸佐に、直立して真っ直ぐに向き合う柳原さん。
「お上の連中が言質を取りたがっていてね。正直に答えてほしい」
「はい」
橘先輩と私は入口の横に立ち、黙ってその様子を守っている。
「君は、かぐや姫と戦うことを、自らの義務だと受け入れている。そうだね?」
柳原さんが、二藤陸佐をじっと睨む。
「…はい」
陸佐と柳原さんは、しばらく睨み合いを続ける。
「…。ふう、それが聞ければいい。」
二藤陸佐が目をそらし、溜息をつく。
「何か、君から言いたいことはあるかね?」
柳原さんは奥歯をかみしめるように、ぎゅっと口を閉じたあと、
静かに息を吐く。
「…ときどき、家族と連絡を取らせてください」
二藤陸佐は眉をひそめたあと、立ち上がって後ろの窓を見る。
「すぐに、とはいかないだろうが。私も努力をしよう」
柳原さんは、少し驚いたような顔をする。
「…あ、ありがとうございます」
こちらを見ない陸佐に、柳原さんは深々と頭を下げる。
くるっと柳原さんが私たちの方へ振り向く。
窓から差し込む朝日に照らされ、笑顔が眩しく見える。
※ 次回 2025年7月23日 水曜日 21:00 更新予定
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