第8話 ビデオ通信

 ベッドの上でフルフェイスのインターフェイスゴーグルを脱いだ。ミライの部屋である。

 本当の会議に参加していたような疲労感があった。

「凄いシステムだ……」

 ミライは呟きながらヘルメットを元あった壁に掛けた。

「それにしても手紙も通信も通じないって、どういうことなんだろう」

 さっきまでの話を反復しながらミライはあることに思い至る。

「秘密結社ね……。可愛いもんだ。俺が中高生の頃も秘密結社じゃないけど、集まって色々話したもんだな……」

 と考えたところでミライは気が付いた。

「今日の会話、全部学校に筒抜けなんじゃないのか?」

 そりゃ当然だろう。ここは学校の寮だ。システムは当然学校が提供しているはずだ。そこで、秘密結社だ?

 しかも話の後半は教員アンドロイドに対する不信感に、学校は何かを隠しているんじゃないかって話まで。

 学校があのメタバースにおける会議を傍受していないはずがないじゃないか。

(そうだ。社内メールで経営陣の悪口や批判は厳禁だって先輩が言ってた。メールを検閲してるって。特定の検索ワードで拾い上げてメールを見てるからって)

 真偽不明の話だと思ってたけど、自分が経営者だとして反対勢力の人のメールは気になるだろう。まあこの世界にはネットもメールもないみたいだけど。

「やっぱり、まずそうだな」

 ミライは独りごちた。


 翌日学校へ行くと、カーリイがサッコとやらに迫られていた。

「お願いよ。放課後付き合って」

 マジな顔でカーリイに迫っているのは小柄で赤いリボンを結んだサチコだかサキコだかである。だが、カーリイは及び腰だった。

「いや。でも……」

「いいでしょ」

サッコは逃すものかという調子だ。

「ミライ〜! 助けてくれよ」

 カーリイがたまらずミライにすがってきた。

「どうしたの?」

「うん。彼女がお母さんに通信するのに同席して欲しいって」

 カーリイが説明する。

「別にいいんじゃない?」

とミライ。

「だって、お母さんだぜ。緊張しちゃうよ」

と泣き言を言うカーリイ。

「どうして?」

「どうしてって。まだ将来どうなるか分からないし……」

「はあ?」

ミライも呆れた。

「別にママに婚約者紹介するとかじゃないわよ!」

 それを聞いてサッコが癇癪を起こす。

「どうしたの? お母さんとの話に他人を同席させようっていうのは」

 ミライがサッコに問い質した。

「それは。それは、ママと2人きりじゃ話しにくいから……」

 聞けばサッコは母子2人の母子家庭だという。しかもサッコはスチールボックスベイビーだった。

 スチールボックスとは人工子宮の俗語だ。サッコは人工授精によって実験室で生まれた子供だった。

 そのせいか、親子関係は希薄で最小限の話しかしないという。だけど、サッコにとってやはり母は母で抱き合うことはできないまでも、たまに話はしたい。

「そうだ! ミライも同席してくれよ。クラスメートだってことでさ」

 カーリイが言いだした。

「いや、クラスメートじゃないし。隣のクラスだし」

 ミライが反論するが、サッコも乗り気なようで、

「お願いします」

と頭を下げられてしまった。

 それで、サッコとカーリイ、ミライの3人は放課後に学校にある通信室へ行くことになった。

 通信室には窓口があって、そこで通信を申請する。窓口には端末が置いてあって、AIが業務を行っていた。

「3人でビデオ通信ですか?」

 受付AIが単調な機械音で言った。

「はい。母に友達を紹介したくて」

とサッコが返す。

「鯨井教授は大変重要な国の研究を行っています。呉々も業務の邪魔にならないようにしてください」

 サッコの母鯨井涼子は政府機関である深海洋資源開発局しんかいようしげんかいはつきょくにいて、現在も遙か大大洋だいたいよう1万メートルの深海に建設された研究所で仕事をしていた。

「分かりました」

「5分間だけ許可します。支払いは深海洋資源開発局になります」

「たった、5分だけ?」

ミライが思わず呟いた。

「深海との通信は非常に高額です。政府機関に持って貰わないと個人では払いきれませんが、どうしますか?」

 AIは全く動揺もなく答えた。

「5分で結構です」

 サッコが慌てて了解する。どうもこれは以前からのようだ。サッコの通信は常に5分以内と決まっていた。

 通信室に入った3人は用意されている端末の前に陣取る。A4程度のディスプレイを前にサッコが母の通信番号をタイプした。

 呼び出し中、ミライは妙な違和感を感じていた。

(何だろう、この感覚は……。おかしくないか?)

 やがてディスプレイに白衣姿の女性の姿が映った。

「どうしたの? サッコちゃん」

 白衣の女性がサッコに声を掛けた。

「ママ、ごめんなさい」

 サッコが母へ詫びの言葉から入った。

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