第11話 目が離せない、なんて

主人様あるじさま、こちら、報告書でございます」

「ああ」


 俺は、真紅の髪をなでつけた袴姿の青年から書類を受け取り、目を通す。


「ほむら、これはどこからのだ」

「名刀の調査を依頼していた者からです」

「そうか」


 うやうやしく答えるほむらをよそに、俺は手元の書類を一心に見つめた。


「なにか、進捗がございましたか?」

「いや、ない」


 報告書は、今もなお行方不明である刀について記載されていた。

 それは、退魔師の全ての基礎を定めたと言われる安倍晴明が残した6本の名刀、その内の一振り。

 安倍晴明が残した名刀は、基本的に退魔の名家によって管理され、ふさわしい者が使い手に指名されている。

 かくいう俺も、朱宮家が管理している名刀“火華ひばな”の使い手だ。

 安倍晴明が残した名刀はどれも強力で、実力不足の者や心ない者の手に渡らせるわけにはいかない。

 だからこそ、行方知らずの一振りの発見が急がれているのだが


「まったくもって手がかりなし、ですか」

「ああ。いい加減、見つかってくれてもいいのにな」


 刀そのものどころか、手がかりすらも見つけられていない。

 俺は報告書を眺めながら、チッと小さく舌打ちをする。

 その報告書に描かれた白く静謐な刀身を見つめ、その刀の名前をなぞる。


 行方不明の名刀の名前は――――“雪華せっか


 純白の波打つ刃文が特徴的な行方知らずの名刀である。


「まあ、守護獣がこゆきですから。どこかで元気にやっているでしょう」


 そんなほむらの言葉に、顔を上げた。


「そんな感じなのか・・・・・・?」

「ええ。こゆきは私たちの中でも、とりわけ好奇心旺盛で。末っ子だったこともあり、やんちゃで目を離すとすぐにいなくなるような子でした。こゆきは守護獣の中でも、最も気配を消すのが得意でしたし」


 守護獣しゅごじゅうというのは、安倍晴明によってそれぞれの名刀を守ることを命じられた式神たちのことだ。

 ほむらもその一角で、普段は俺の式神のように動いているが、正確には“火華”の守護獣なのだ。

 守護獣は姿を変化させることができ、今俺の目の前にいる青年姿のほむらと風花さんに見せた小鳥姿のほむらは同一である。

 そんなほむら曰く、“雪華”の守護獣はこゆきという名らしい。


「なら、“雪華”を見つけるのは」

「困難を極めるでしょう」


 ほむらの目が遠くを見ているのは、かつて散々苦労したのだろう記憶を追憶しているからか。


「ただ、守護獣の中でもひとりだけ、こゆきを見つけられる者がおりますので、そちらをあたるのが良いかと」

「分かった」


 ほむらの助言に、一度これは保留だと書類を脇に置いた。

 次の報告書を手に取る。


「次は・・・・・・ああ、これか」


 それは、氷室家に関する調査の定期報告書だった。


「進捗は・・・・・・前回とほぼ変わらないか」


 こちらも進捗などほぼ変わらないに等しい。

 分かっているのは、風花さんの両親の名前や退魔師の家系であること。風花さんの父親が退魔師であったことだけ。

 だが、氷室家にはなにかあるはず。そうでなければ、あれほどまで強引に父様が風花さんとの婚姻を推し進めるはずがない。


「はあ」


 再びため息をつけば、ほむらがあたたかいお茶を用意してくれた。


「主人様。主人様は風花様との婚姻をどう思われているのですか?」

「どう、って?」

「当主様に言われて結婚したからといって、風花様をないがしろにしていいわけではないでしょう。主人様は風花様をないがしろにしてはいませんが、大切にしているようにも見えず」

「ハッキリ言うな」

「主人様にハッキリ言える存在は多くないので」


 ほむらの言葉はその通りだと思う。

 事実、俺は風花さんをどう扱うべきかいまだ決めきれずにいた。

 思い出すのは、祝言の日。

 あの時、初めて会った彼女の印象は愛想のない人。顔合わせの時も、宴会のときも、ぴくりとも動かない表情。愛想笑いさえもしない女性。

 親の言う通りに婚姻を受け入れるような女だ。きっと人形のような、おもしろみのない人なのだろう、そんな風に考えた――――その日の夜までは。


 その晩、夫婦としての責務は果たそうと、そう思い迫った俺につきつけられた一言。

 その、まっすぐにこちらをのぞき込む瞳が頭にこびりついて離れない。

 仮面をつけていると、ハッキリとしかも出会ってすぐに気づかれたのは初めてだった。


 そして、それからも――――


『かわいい』


『いってらっしゃいませ――――蛍さん!』


 彼女は常に俺の事を、まっすぐに見つめてくる。

 視線をそらすことなく、恐れることもなく。ただひたすらに、ぶつかってくる。

 こんな人は初めてで、どうしたらいいのか分からない。

 さらに頭に浮かんだのは、祝言を挙げた次の日の晩。

 帰宅途中の根岸と会い、風花さんについて聞いたときの言葉だった。


『蛍坊ちゃま!風花様はとてもよい方ですよ!』

『は?』

『風花様は確かに表情が乏しく、風花様のことを知らない方からは近寄りがたく感じてしまうかもしれません。ですが――――風花様の瞳は、様々な感情を雄弁に物語っているのですよ。風花様は、感情豊かなお方です』


 最初は、根岸の言葉がとても信じられなかった。

 実際、注意して見てみても、違いなど全く分からなかった。

 だが、最近少しだけ、ほんの少しだけ分かったのは、夕食を食べている時。

 風花さんは、夕食を食べ、それが本当においしいとき、わずかに、注意して見なければ全く分からないほどにわずかに、目元を緩めるのだ。

 それに気づいたとき、思わず視線がそらせなくなってしまい、風花さんに不思議そうな顔をされてしまった。

 それから、風花さんの感情の違いを見つけたくて、無意識に彼女を目で追ってしまう・・・・・・なんてことは、ない、はず、だ。


 俺は一度報告書から目を離し、眉間をもむ。


「ほむら」

「はい」

「引き続き、風花さんのことはよく見ておいてくれ。あと、“雪華”の痕跡を見落とさないように、気づいたことがあれば教えてくれ」

「かしこまりました」


 俺はさらに次の報告書に手を伸ばし、今一度職務に集中するべく、風花さんのことを考えないよう頭の隅へと追いやった。


 〇〇〇


「風花様。こちらの大根は立派ですので、みそ汁や煮物にするとおいしいですよ」

「なるほど」


 私――――朱宮風花は、根岸さんとともに帝都へ食材の買い出しに来ていた。

 八百屋さんで野菜を眺めながら、どの野菜がどの料理に使えるかを教わる。

 蛍さんに夕食を作ってから、私は毎日根岸さんの料理を手伝うようになっていた。

 いまだ手際も出来もよくはないが、少しずつ進歩している、と、思いたい。


「今日のにんじんは色がしっかりしていて美味しそうですねえ。せっかくですから、きんぴらを作りましょうか」

「きんぴら。楽しみです」


 しばらくそうして買い出しをし、一通り買い終わったことを確認してうなずきあう。


「それでは、帰りましょうか」

「はい」


 2人同時に歩きだした、その時


「あの!」


 という高い声と、ガシッときものの袖をつかまれる感覚を捉えた。

 何事かと振り向いて――――ピシッと思わず固まる。

 なにせ、私の裾をつかんでいたのが


「少々、お時間いただいてもよろしいですか!」


 以前、祟り神から助けたあの少女だったのだ。

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