第5話 あたたかな朝食
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「ふーか、ふーか」
「う、んん」
「ふーか!」
「んえ?」
頬にもふもふとしたなにかを押しつけられ、私はゆっくりとまぶたを上げる。
「ん~、こゆき?」
「おはよ、ふーか!」
視界いっぱいに広がるこゆきの顔を見返して、ぱしぱしと目をまたたく。
「あ、れ。私・・・・・・ここは」
部屋を見回して、違和感を覚える。
寝ぼけた頭で逡巡して数秒後、ようやく応えにたどり着く。
・・・・・・ああ、そうか。私、結婚したんだった。
「ふーか、起きて!起きて!」
「うーん。分かった。分かったから」
私は寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。
て、そういえば。
「こゆき、気配消しといてって言ったでしょ。あの人が」
「? あのくるくる髪なら、もういないよ」
「え」
パッと横を見ると、彼の布団はすでにもぬけの殻だった。
「ふーか。お寝坊さんだから」
「き、昨日はいろいろあって、疲れてたから」
「ふーん、夜も?」
「よっ」
その言葉で、頭によみがえる昨夜の一部始終。
「まさか、こゆき、ずっと見てたの・・・・・・?」
「え?ううん。男女がいっしょにねるときは、ぜったいに部屋のなかを見るなって、昔のご主人様にいわれてるから」
「そっ・・・・・・か」
ほっと胸をなでおろす。
顔も知らないが、かつてのこゆきのご主人様に感謝する。
「ふーか、早く起きてよう。あのねっ、向こうに」
「はいはい。今着替えるから、部屋の外で待ってて」
「むぅ」
こゆきはなぜか頬を膨らませると、ぷりぷりとしながら部屋を出て行った。
もう、どうしたのかな。
いや、それよりも早く着替え着替え。
私は部屋の隅にたたんでいたきものに手を伸ばす。
ものの数秒で着替え終わり、そっと髪をさわる。
今日は、まとめておこうかな・・・・・・。
私は嫁入り道具のひとつとして持ってきた鏡台にある、銀の軸に大ぶりな蝶の飾りがついた簪――――“雪華”を手に取る。
「いざってときは、お願いね」
そんな独り言をこぼして、髪をひとつにまとめあげた。
「こゆき、おまたせ」
私が声をかけると、こゆきはピクピクと耳を動かして体を起こす。
「ふーか、はやく、はやく。こっち」
そう言って、こゆきは廊下を少し早足に歩く。
どうしたのだろうか。
そういえば、さっきもなにか言いかけていたような。
その時、ふと、なつかしさを感じるにおいが鼻孔をくすぐる。
「この、におい、お味噌汁?」
「ふーか、あそこ」
こゆきが鼻先で指した場所は、炊事場だった。
炊事場からは、ことことという音と、香ばしい いいにおいが漂ってきた。
そっと顔をのぞかせると、私よりも小柄な女性がいることが分かった。
ふ、不審者・・・・・・?でも、不審者がこんなに堂々と料理なんてするだろうか。
「あ、あの」
おずおずと声をかけると、料理をしていた女性がパッとこちらを振り向いた。
彼女は私を見た瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。
「あらあら、まあまあ!おはようございます!」
「あ、えと、おはようございます」
な、なんなのだろうか。誰なのだろうか。
私が右往左往していると、女性は口元に手をあてた。
「あらあら いけない。私ったら。ご挨拶もまだでしたのに。おどろかせてしまいましたよね」
「い、いえ」
「改めまして、私、
「お、お手伝いさんだったんですね」
「ええ。奥様も、なにかございましたらなんなりとお申しつけくださいましね」
彼女――――根岸さんは、うっすらとしわの刻まれた顔をほころばせた。
とても、温かい雰囲気の人だ。
「ささ、奥様。朝食の準備は整っております。ぜひ、居間でおめしあがりくださいませ」
「はい」
私は根岸さんに言われるままに居間へ直行する。
そこには、小さな丸い机があり、朝食が並べられていた。
私は見覚えのない光景に、小首をかしげる。
お膳じゃ、ない・・・・・・?
「えと、これは」
「ちゃぶ台、という物でございます。奥様にはなじみのないものかと思いますが・・・・・・」
「ちゃぶ台、ですか」
「はい。最近、帝都を中心に出回り始めたのですよ」
私はめずらしいものを見る目でそれを見ながら、どうしたらいいか分からずに立ちつくす。
「奥様。こちらに座布団をご用意しておりますので、お座りくださいませ」
「はい」
「朝食、私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
私はいそいそと座布団に座り、こくりとうなずく。
根岸さんは、私と朝食を一緒に食べられることが嬉しいかのように満面の笑みを浮かべる。
私と根岸さんは隣り合っているような、向き合っているような、なんともいえない位置に座り、箸を手に取った。
「いただきます」
「いただきます」
私が最初に口をつけたのは、味噌汁だ。
わかめとお麩の定番具材に、うすく湯気の立っている赤味噌の汁。
「・・・・・・っ」
一口飲んだだけで、私はそのおいしさに目を見張った。
なに、これっ。
しっかりとだしをとったのだろう、深いうまみに、体に染み渡る塩味。
これほどまでにおいしい味噌汁を飲んだことはなかった。
驚きを胸に、次の料理へと箸を伸ばす。
「~~~~っ」
ふわふわの鰆に、甘味の強いごはん、ほうれん草のおひたしと癖になる味のきんぴらごぼう。
どれを食べてもおいしさに感動してしまう。
思わず手で口元をおさえる。
「うふふ」
ハッとすると、穏やかに笑い声を上げる根岸さんと目が合った。
「お口に合ったようで、この根岸も嬉しい限りです」
「え」
「奥様ったら、料理を見て、キラキラと目を輝かせているんですもの。蛍様はいい方を妻に迎えられたのですね」
「きら、きら・・・・・・?」
聞きない馴染みのない単語が聞こえ、目を点にする。
根岸さんはほほえましいものを見るように笑うばかりだ。
なんとなく頬に手を伸ばして、押してみる。
この表情筋が、動いたの?
ぐに、ぐに、と頬を押し続ける私を見て、根岸さんはうっすらと目を細め、私の手を取った。
「奥様。奥様は、今日からこの家の一員でございます。なにかお申し出がございましたら、なんなりとこの根岸にお申し付けくださいましね」
グッと手を握り、勇ましさも感じられる表情の根岸さん。私は目をぱちくりとさせつつ、胸にあたたかいものが広がっていくのを感じた。
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
私は口元をむずむずさせ、はっとして根岸さんを見返した。
「あの、根岸さん」
「はい。奥様」
「その、それ。奥様っていうの、やめてください。風花で構いませんので・・・・・・」
「あら、失礼いたしました。それでは、風花様とお呼びいたしますね」
「はい。お願いします」
奥様と呼ばれるのは、なんともいえない居心地の悪さがある。
自分が遠山家の夫人を奥様と呼んでいたこともあるが、なにより、あの人の妻だという自覚が全くないからだろう。
「ささ、風花様。朝食が冷めないうちにいただきましょう」
「はい」
私と根岸さんは、食事を再開しながら、ぽつぽつと会話を交わす。
「まあまあ。風花様は、卵焼きがお好きなのですね」
「はい。どちらかというと、しょっぱい方が、好みです」
「うふふ、それでは、今夜の夕食にお作りしましょうか」
「いいんですか?・・・・・・楽しみです」
「もちろんでございます。懐かしいですね、蛍様にもよく好物を作って欲しいとねだられるのですよ」
「そう、なんですね」
「ええ。蛍様がお小さい頃から仕えさせていただいておりますので、好物は全て把握しております」
そうか。根岸さんは彼を幼い頃から知っているのか。なら、朱宮家のことも・・・・・・?
私は知りたいと思っていたことを聞こうと口を開く。
「あの、根岸さんは、朱宮家のこともよくご存じなのですか?」
「そうですねえ。長年お仕えしておりますから、それなりに」
「それでは、朱宮家のことを教えていただけますか」
私は、朱宮家に嫁入りしたにもかかわらず、朱宮家のことを全く知らない。
祝言のときにいた当主と奥方、彼の兄妹と顔合わせをかるくしただけだ。
「もちろんでございます。どこからお話ししましょうか」
「では、ご家族のことから」
「かしこまりました。――――朱宮家本家は、旦那様と奥様、お子様は蛍様の他に、蛍様の兄君であり次代当主の
私はふむふむとうなずき、祝言の時の朱宮家の顔ぶれを思い出そうとして――――う、うまく思い出せなかった。
ま、まあ、あの時は緊張してたから。ご家族の顔を覚えられてなくても、仕方ない。仕方ない・・・・・・。
根岸さんは、なにを話そうかと逡巡しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あとは、朱宮は退魔の――――あっ」
根岸さんは、しまったというように口を手で押さえる。
そして、ちらりと私を伺った。
私は一度手に持っていたお椀をおいて、大丈夫だというようにうなずく。
「大丈夫ですよ。私も、あやかしと退魔師のことは知っています」
「あ、あら、そうだったの」
「はい」
私の返答に、根岸さんはほっと息を吐く。
当たり前だ。退魔師を知らない人が、さらにいえば見鬼の才がない人間が、退魔の話を理解できるとは思えない。
遠山家は、一般人の家庭である。一般の家庭で育った私が、退魔師のことを知らない可能性が高いと思われていても仕方がない。
だが、私だって退魔師の家系である氷室家で5歳まで過ごしているのだ。
基本的なことは、知っているし、教えてもらっている。
私は父から聞いた退魔師の話を、うっすらと思い出していた。
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