第43話 閑話 ④ ラジオ収録が無い週の日常

 ラジオの収録がない週のオフィス、撮影した対談映像の出来上がりを楽しみにしつつ、東道は本業である映像制作会社のデスクに向かっていた。ラジオのスタジオとは違い、ここにはカチャカチャというキーボードの音や、打ち合わせの声が飛び交っている。彼が今担当しているのは、ある地方都市の観光宿泊プロモーション動画の制作だ。

「このアングルだと、客室の広さがうまく伝わらないな…」

 パソコンの画面に映し出された絵コンテを眺めながら、東動はひとりごちた。コンセプトは「非日常の中の、安らぎ」。ただ豪華さを伝えるのではなく、宿泊客が感じるであろう心地よさや、五感を刺激するような映像にしたいと考えている。彼は、カメラワークやBGM、光の当たり方など、細部にわたってプランを練り上げ今週に撮影を予定している。


 数日後、いよいよホテルの撮影日を迎えた。早朝からスタッフと機材が入り、ホテルは一気に活気づく。東道はディレクターとして現場を回り、指示を出しながら、プラン通りに撮影が進んでいるか確認していた。

「このシーン、もうちょっと非日常感を出したいんだよな」

 そうスタッフに伝えると、東動は自ら立ち上がり、ホテルの宿泊客を演じることになった。

「よし、じゃあ東動、そこに座って。窓の外を眺めながら、コーヒーカップを持つ手元にフォーカスします。そのまま、すっと顔を上げて、うっすら微笑んでみてください」

 監督の指示を受け、東動はソファに腰掛ける。手には温かいコーヒーカップ。窓の外には、広大な山々の景色が広がる。彼は、この非日常の空間に身を置くことで、改めてこの仕事の面白さを感じていた。かつては芸人として人前に立つことを夢見ていたが、今こうして、自分のプランが映像として形になっていく過程もまた、大きな喜びだった。

 撮影を終え、会社に戻る帰り道、東動は今日の出来事を振り返っていた。ホテルの客室で感じた静寂、そして撮影チームと作り上げた一体感。それは、ラジオの収録とはまた違う種類の充実感だった。

 ラジオでは、漆原ユミという「開運芸人」の言葉を通して、人々に希望を届ける。映像制作では、美しい光や構図を通して、人々の心を動かす。どちらも、誰かに何かを伝える仕事だ。

「漆原さんも、きっと同じような気持ちなのかな…」

 ふと、頭に漆原ユミの顔が浮かんだ。彼女は今、何をしているのだろう。お笑いという表現の舞台から、少しずつ活動の幅を広げている彼女の姿は、東動にとって大きな刺激となっていた。ラジオの構成作家として、そして映像クリエイターとして。彼の中で、二つの道が少しずつ繋がり、新しい未来を描き始めているような気がした。

 東動は、明日の企画会議で提案する、新たなプロモーションプランを頭の中で組み立てながら、夜の街を歩き続けた。

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