第14話 番組初収録

 番組タイトルが「漆原ユミのゴールデンシアター」に正式決定し、2時間以上に及ぶ打ち合わせを終えた。


 番組ディレクターの谷口さんに、真っ先に聞くべきだった今回の仕事のギャラを尋ねると、「すみません。東動さんがもうご存知だと思っていました。契約期間はまずは半年、番組1回につき2万2千円で、再契約の際に見直しになります。まとめて月払い、交通費は別支給になります。ただし、支払いはUGエンターテインメント経由となります」とのことだった。正直、適正な額かどうか分からない、先輩芸人に聞いとけば良かったか。

 収録に何時までにスタジオ入りすれば良いのかも聞き忘れていたので確認すると、「火曜日の午前10時から収録を始めたいので、スタジオには15分前までに来てください」と言われた。改めて挨拶を交わし、漆原さんたちは広報へ挨拶に行くというので、東動は電車に乗り大阪へと戻った。


 20年ぶりに訪れた神戸に特別な感慨はなかった。ただ、車窓から流れる景色を眺めながら、今日の出来事を反芻していた。とんとん拍子に進んだ話、初めて会ったスポンサーの社長、そして、4日後にはもう初回の収録を迎えるという現実。様々な思いが頭の中で交錯する中、東動の胸には、これまで感じたことのないようなワクワク感が広がっていた。


 10時からの収録ということは、収録時間と次回の打ち合わせを含めても3時間もかからないだろう。会社に戻っても中途半端な時間になるな、と東動は心の中で計算した。可能であれば午後半休を取って、気になっていた映画をゆっくり観るか、本当に20年ぶりになる子供の頃に住んでいた神戸の町を訪ねてみるのもいいかもしれない。


 そんなことをつい考えてしまうが、まずは4日後に迫った初回の番組収録を成功させることが一番だ。東動は気を引き締め、改めて頑張ろうと心の中で強く誓った。


 東動はその後、会社での業務に忙殺される日々が続いた。しかし、振り返ってみれば、収録のことをあれこれと悩む時間がなかったという意味では、かえって良かったのかもしれない。初回の収録はフリートークが中心とはいえ、次回の番組に向けて、ざっくりとした構成案とトークの方向性をまとめた台本を事前に番組関係者へメールで送っておいた。


 そして、今日はいよいよ初収録の日。東動は少し早めに家を出て、神戸へと向かう電車に揺られていた。神戸に着いた東動は、迷うことなく放送局の本社ビルへと向かった。受付で名前を告げると、すぐに谷口ディレクターが笑顔で迎えに来てくれた。「おはようございます、東動さん!準備万端ですよ!」


 谷口に案内され、東動は初めて入るラジオの収録スタジオへと足を踏み入れた。想像していたよりもコンパクトな空間だったが、プロの機材が整然と並んでいる様子に、否が応でも期待が高まる。


 間もなくして、漆原ユミもマネージャーの佐藤さんと共に到着した。「おはようございます!」と、いつもの明るい笑顔で東動に挨拶を交わした。全員が揃ったところで、谷口ディレクターが改めて番組の流れとタイムキーパーの合図などを説明した。初回の収録は、予定通り、漆原と東動のフリートークが中心となる。二人の自然な会話の中から、番組の雰囲気が生まれてくることを期待しているようだった。


 そして、いよいよ収録開始の時間が迫ってきた。谷口ディレクターがキューの合図を出し、スタジオの照明が点灯する。漆原と東動は向かい合い、マイクの前に座った。

「まずは、漆原さんに番宣CMと番組内のジングルの収録をお願いします。」

 東動がいくつか案を出していたので、数パターンを収録し、後で、谷口ディレクターが編集する。


「それでは、『漆原ユミのゴールデンシアター』、まもなく本番です!」

 谷口ディレクターの言葉を合図に、スタジオの空気がピリッと引き締まった。漆原がにっこりと微笑みかけ、東動も緊張しながらも笑顔で応えた。

 いよいよ、彼らの新しい挑戦が始まる。マイクの向こうには、まだ見ぬリスナーたちが待っている。どんな会話が繰り広げられるのか、どんな笑いが生まれるのか。東動の胸は、高鳴る鼓動と共に、大きな期待で満ち溢れていた。

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