第2話 カフェ slow bean (テフン目線)

 小さな裏通りにひっそりと佇むカフェ「slow bean」。


 すぐそばには芸能事務所があるというのに、店の中は驚くほど静かで、落ち着いている。


 ファンの姿はほぼ見かけない。店内にはいつも、ノートを開いた学生や、静かにパソコンに向かう常連たちがいるだけ。


 それぞれが自分の時間を過ごしながら、同じ空間を共有している。


「slow bean」はコーヒーへのこだわりが強く、豆はすべて自家焙煎。注文ごとに丁寧にハンドドリップされる。


カウンターの奥からは、いつも香ばしいパンの香りが漂ってくる。


バターが香るクロワッサン、オリーブとローズマリーのチャバタ、季節の果物を練り込んだブリオッシュ。


どれも焼きたてで、思わず目移りしてしまう。


テフンは、そんな空気が好きだった。


事務所での練習の合間にふと一人になりたくなると、自然とこの店に足が向く。


――そして、もうひとつ。


彼がここに来る理由があった。


決まった時間にやってくる、ひとりの女の子。


小さなショルダーバッグに、ノートとペン、そしてラテ。


イヤホンをつけて、黙々と何かを勉強している。


名前も知らない。話したこともない。


ただ、彼女がそこにいるだけで、このカフェの静けさが少しだけあたたかく感じられた。


「아, 오늘도 있구나…」(あ、今日もいた…)


心の中でそうつぶやくだけ。


それ以上は何もない。ただ、気になる。それだけ。

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