すべてが始まったときの話し
AYu-3e
第1話 貴方は誰
ここはただ白い空間、上も下も決まりは無く、ただあるのは光と白だけ。
そこに男が一人座っている。
もちろん椅子などない、床も無い、ただ静かに足を組んで座っている。
眠っているように閉じられていた瞼が、ゆっくりと開いた。
「待ちましたよ、アマキさん」
男の視線の先には、女性にしては凛々しく、男性にしては嫋やかな黒髪の人が居た。
ここには上も下もなく、床も天井もない。
その人は、男の頭の上から舞い降りるように姿を現し、同じ視線の高さで何もない空間に腰掛けた。
「貴方達の時間とは久しく遠のいているからね。私にとっては時間通りだった。」
男は、私はまだここに来ることしかできないんですよとクスクス笑って言った。
「今日は何をしに来たんだい。”忠告”は先日してやっただろう。」
黒髪の人がため息混じりに言うと、男は口端を上げた。
「今日は貴方のことを聞きに来ました。」
「私のことを……。」
訝しむその人の反応を楽しむように、男は笑みを浮かべる。
「ええそうです。以前お話ししたかも知れませんが、我が国の神の名はケルツァールといいます。」
「そのようだね。」
黒髪の人は表情ひとつ崩さないので、男は試すように付け加えた。
「ならこちらの名はどうですか。我らが父ケルツァールとその配下は自らを『聖骨を探す者』と称していました。」
「聖骨を探す者……。」
黒髪の人の表情に細やかな驚きが浮かんだ。
だから男は問い詰める。
「アマキさんは全てが始まった時からここに居た。そしてアンシャールの唄を口ずさむが、貴方自身はキシャールの容姿だ。」
アンシャールは、『星』と呼ばれる異形の力を最初に手に入れた一族だ。
アンシャールに伝わる唄は、アンシャールの対の存在であるキシャールが、この世から消え去った時にアンシャールへ伝えられた。
だから、キシャールとアンシャールの戦いの決着が着いた時、既にこの間の世界に居たアマキが知っているのは辻褄が合わない。
「アマキさん、貴方は一体誰なんですか。貴方とアンシャール、そして我らが父はどんな繋がりがあるのですか。今日はそれを聞きに来たんです。」
するとアマキは深々と溜息をついた。
「それは、何を持ってキシャールとし、聖骨を探す者と定義するのかによる。」
そしてアマキは、キシャールとアンシャールは対のものであること、キシャールは聖骨を探す者であること、そして自身の容姿と授かった力はキシャールのものであると話した。
だかアマキは聖骨を探す者ではないと言う。
聖骨を探す者はその名の通り、聖骨を求めて旅を続ける者達だ。
その旅は『跳躍』と呼ばれていた。
「私は跳躍を知らない。だからキシャールであるかもしれないが、聖骨を探す者ではないんだ。しかし本当にキシャールだったかというと、それも定かではない。私は、ただの土地のものだ。生まれた時からずっと変わらない、あの世界で生まれて、間の世界に追いやられた土地の者だ。」
アマキの言葉を聞いて、男は愉快そうに微笑む。
土地の者の意味は分からないが、目の前の人は確実に「己は特別など無い一般的な人である」と言いたいのだろうが、この人間離れした存在のどこが特別ではないというのだろうか。
「アマキさんが特別でなければ、特別ってどんなことを言うんです。」
まるで嘲笑うような態度だが、アマキは気に留める様子はない。
「そうだな……。私の根底には兄様の教えがある。今私がここに居るのは、兄様の存在があればこそだ。だから、私がこの間の世界に居ることで何か特別なことが必要であるならば、兄様の存在がだろう。」
そもそも二人が居るこの場所は一体何か。
少なくとも、本来人間が暮らす3次元世界ではないことは確かだ。
かといって、ここが4次元空間なのか、それとも次元の狭間なのか、確かなことは分からない。
少なくとも男が分かっているのは、この場所を使えば3次元界を一瞬で移動できるということだ。
だから男は世界中のどんな場所にも気まぐれに出現できる。
何故自分がこな場所に来られるのか……。
それは選ばれたからとしか言いようがない。
気がつけば、来られるようになっていたのだ。
目の前に居る、この場所に来て出会った謎だらけの存在。
この人は、男が3次元からここへ来たように、この場所の更に先の世界からやって来た。
その人は元々は男と同じ3次元の存在で、今ではこことその先の世界の存在になっている。
そして、そうさせたのは”兄様”の教えだという。
興味を惹かないわけがない。
これは目の前の人だけではなく、少なからず自分にも関わることなのだろうから。
「興味深いですね。貴方の兄様とはどんな人なんでしょう。」
男はやや身を乗り出して尋ねた。
するとアマキは静かに語り始めた。
「どんな人、か。兄様は私と母違いの兄妹だった。同じように姉様も居て、兄様は姉様を敬愛していた。
二人はついに私を家族とは認めてくれなかったけれど、二人の思想は私に多くのものを与えてくれた。とても素晴らしい人たちだったよ。」
そしてアマキは男に向き直ると、挑むような笑みを浮かべた。
「昔話をしようか。兄様と兄様を慕った者の話だ。そしてこれは、貴方の最初の質問への答えになるかもしれない。聞いてみる気はあるかい。」
男はアマキの挑発を楽しむように口角を上げた。
「ええ、是非とも。」
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