『姫君の復讐療法──無残な仕返しですが、なぜか笑顔になりました』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

プロローグ『飛行機の墜ちる音と、少女の心の落ちる音』

朝倉まひるが、はじめて“死にたい”と強く思ったのは、

 教室の床に落ちていた虫の死骸を食べさせられた日だった。


 「ちょっと、マジで食った!やべえ、コイツやべえって!」


 大爆笑する教室。

 誰も止めなかった。

 担任は見て見ぬふりをして、黒板に「学年目標」とチョークで書いていた。


 “思いやりのある学級”


 


 女子たちに制服のボタンを切られ、スカートの中に絵の具を流し込まれた。

 男子たちには、ロッカーの中に閉じ込められ、スマホで泣き顔を撮られた。

 「え、これ“ブス泣き”の素材に使えるじゃん」

 「拡散よろー」


 それが、彼女の“日常”だった。


 


 ──歯が欠けた日もあった。

 掃除ロッカーの角に顔をぶつけたのは、背中を押されたせい。

 誰がやったか分からなかった。

 全員が知らない顔をしたから。


 次の瞬間、誰かが言った。


 「それもお前がブスで鈍くさいのが悪い」


 


 校舎裏の草むらで、裸にされて写真を撮られた。

 「これさ、いざって時に出せる“核”になるよねー」

 「マジで顔も体も終わってんの、逆にレア。保存っと♪」


 彼女は笑わなかった。泣かなかった。

 ただ、小さく「やめて」とだけ言った。


 けれど、その声すら、「ウケる」と笑われた。


 


 ──春。


 修学旅行。


 関西への空の旅。

 まひるは、余った席にひとりで座らされた。


 「そっち臭そうだから座りたくないし」

 「つーかお前、来んなよ。誰か代わりに来てほしかった」


 彼女のバッグはトイレに放り込まれ、

 化粧ポーチには鼻くそが詰められていた。


 


 それでも、笑ってみようと思った。


 空の上なら、少し自由になれるかもって。


 


 ──そして、異変が起きた。


 


 機体が震えた。

 ドン、と鈍い衝撃音。

 気圧が乱れ、悲鳴が広がる。

 「エンジンに鳥が……!」というパイロットの声が入り、酸素マスクが落下する。


 


 その瞬間だった。


 まひるは、心の底から願った。


 


 「お願い。このまま、全部、終わって──」


 


 目を閉じた。


 心は静かだった。


 誰の罵声も届かず。

 誰の笑い声も聞こえない。

 髪を引っ張られる痛みも、スカートをまくられる羞恥もない。


 ──それだけで、涙が出そうだった。


 


 そして。


 


 飛行機は──落ちた。


 


 いや、落ちきらなかった。


 正確には、空間が引き裂かれた。


 音が消える。

 感覚が抜ける。

 世界が、ぐるりと反転する。


 


 気づけば──

 そこは天蓋に金と銀の刺繍が施された、絹の寝台。


 ふかふかの枕。

 香りのする毛布。

 隣には美しい侍女。

 窓の外には、雲の上にそびえる尖塔。

 絵本でしか見たことのない、空飛ぶ城だった。


 


 「……姫……マフィリア姫! どうかご無事で!」


 誰かが叫ぶ。

 まひるの手を、誰かが握る。

 涙を浮かべた男が、頭を地面に擦りつける。


 「神の血を引くお方が──目をお開きになられた……!」


 


 ──神?

 姫?

 私が……?


 


 鏡が差し出された。


 映っていたのは、白金の髪、宝石のような青い瞳。

 顔立ちは、整っていた。

 肌は傷一つなく、まるで陶器のように白かった。


 自分の姿じゃなかった。


 でも、確かに自分だった。


 


 「……朝倉……まひる……?」


 


 その時。

 寝室の扉が開いた。


 見知った制服姿の男女が、無理やり引きずられるように入ってくる。


 「ふざけんな! ここどこだよ!」

 「な、なんで……こんな、……魔法とか……!」


 目を見開く彼ら。

 制服のまま。血の気の引いた顔。

 ──そう。


 クラスメイトたちが、異世界に召喚されていた。


 しかも、全員が“姫に使える下僕”として。


 


 そしてまひるは、ゆっくりと微笑んだ。


 


 「おかえりなさい。ようこそ、私の王国へ」


 


 ──これが、

 無残で、やさしい復讐劇のはじまりだった。

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