「婚約破棄されたけど、筋肉があれば世界は変えられるらしい」  筋肉は裏切らない。だから私は貴族令嬢だけど鍛えます

夢窓(ゆめまど)

第1話「婚約破棄、それは前世の目覚めの鐘」──クラゲボディで目覚めた前世

「クラウディオ様」


自分でも驚くほど冷静な声で、私は言った。


「婚約破棄、受け入れましょう。ただし――」


静かに笑った。


「その代償、覚悟しておいてね?」


そう口にした瞬間、私の内側で何かが“完全に目覚めた”。


前世の記憶。

満員電車に押しつぶされながら通ったオフィス。

毎日終電、たまに床寝。

それでも、私は――


「踊ることだけは、やめなかったんだよな」


気づけば私は、離れの自室の鏡の前に立っていた。

ぼうっと鏡に映る自分の姿。ピンクの髪に、青い瞳。まるで人形みたいに整った顔立ち。


「……可愛い。びっくりするほど、可愛い。けど――」


くるり、と回ろうとして。


足がもつれて、床に倒れた。


「…………」


何、このクラゲみたいな身体。


筋肉というものが、見当たらない。芯がない。支えがない。前世のときは、残業後にレッスンスタジオに寄って踊ってたっていうのに。


私はかつて、夢見ていたのだ。

いつか舞台に立つダンサーになりたくて。

社畜として潰れそうになりながらも、靴を履いて、夜のスタジオで踊り続けた。


「その夢……まだ、終わってなかったんだ」


でも、今の私は。


可愛いだけの、腑抜けボディ。

公爵令嬢として礼儀作法ばかり叩き込まれて、筋肉のつく余地もなかったこの身体。


「このままじゃ、踊れない」


それは、ダンスが好きだった私にとって――婚約破棄よりもずっと衝撃的だった。


「よし。まずはスクワットからだな……」


前世の根性と社畜魂が、ここで燃え始める。

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