彼は全てを費やして、負けた

沢野沢

プロローグ 試合終了

笛の音が鳴った。

刹那、何万人も収容するスタジアムが揺れた。

万雷の拍手が音の壁となって押し寄せる。歓声、悲鳴、泣き声、叫び声。

それら全てが、グラウンドにいる者へ等しく注がれた。勝者にも、敗者にも。


今、一つの試合が終わった。


このスポーツにおいて、歴史に残る試合だった。

激闘という言葉を使うなら、死力を尽くした戦いという言葉を使うのなら、まさに今しかないと思えた。

膝をついた者、倒れ込んだ者、泣き崩れた者。仲間を抱える者。
歓喜の輪と、沈黙の影が交差する。


その中心に、ひとり立ち尽くす男がいた。
キャプテンマークを巻いた腕。泥と芝にまみれた背番号。
整えようともしない乱れた髪に、どこか遠くを見る目。


彼は動かなかった。
泣き崩れるチームメイトを視界の端に捉えながらも、駆け寄ること、表情を変えることもなかった。


──拍手は鳴り止まない。



彼にはそれが遠くの音のように聞こえていた。

カメラのフラッシュが何度も彼を捉える。
何枚ものレンズが、彼の沈黙を切り取ろうとする。

客席の最前列。誰かが彼の名を叫んだ。
けれど彼は、振り向かない。動かない。


──拍手は未だ鳴り止まない。



何もないピッチの真ん中で、彼はただ立っていた。

敗者として。
英雄として。

そんな彼を、多くの者が見ていた。

多くの人が、彼のスポーツ人生の最後を、目にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る