第11話 意志を継ぐ者、怒りを抱く者

 レオンの魔導大剣「蒼雷」の一閃で勢いよく振り飛ばされたにも関わらず、人の形をしたその影三体は、人間とは思えぬ速度と挙動で立ち上がり再び迫ってくる。


 腕が逆にねじれる。肩が不自然に浮き、ナイフの軌道が曲線を描く。

 人間の構造ではありえない攻撃――それを蒼井は冷静に、最小限の動きで捌いた。


 「……やはり、こいつら…人間じゃない。」


 すぐ横で、レオンが蒼雷を構える。

 魔導の雷を帯びた大剣が青く光り、地を這うように襲いかかってきた二体目を受け止める。


 「こいつら、すげぇ力だ……!」


 レオンが大剣で敵を吹き飛ばしながらも、汗を浮かべる。

 敵の動きは不規則だ。跳ねるように近づき、肘から刃を突き出し、倒れながらも攻撃をとめない。


 

 蒼井は回転する敵の腕の付け根を斬り上げ、間髪入れずに膝を蹴る。

 関節が折れたように見えたが、敵は痛みを感じていないようだった。無言のまま襲い続ける。


 「……ならこれならどうだ!」


 蒼井の目が細められる。

 一太刀を見舞い、敵の喉元を裂いた。《雪霞》の刃がわずかに揺れる。


 レオンも体勢を崩した敵に《蒼雷》を振り下ろしていた。

 雷の弾ける音とともに、敵の身体が床に沈み砕ける。



 三体目が、背後から飛びかかる。


 それを察知した蒼井が身を低く構え、鞘で受け、反転して袈裟斬りを見舞う。

 刃は肩口から胴体を斜めに断ち――ようやく、その影も沈黙した。


 

 静寂が戻る。


 レオンは息を整えながら、倒れた敵のひとりに近づいた。


 「……正体、見てみるか。」


 ゆっくりとフードをめくる。

 その下にあったのは、乾ききった皮膚。いや、皮膚のない、ミイラのような顔だった。


 「……マジかよ。こいつ、ミイラか……?」


 レオンがもう一体のフードも外す。同じだった。

 皮膚は剥がれ、瞳は干からびていた。

 そんなものが動いていた――ついさっきまで。


 「デラートの野郎……こんなもんまで使ってやがったのか。」


 蒼井は静かに言った。


 「ただの魔導強化とは思えない。これは――“死体を動かしてる”。」


 

 その時、武器庫側の扉が開き、エリックとシエラが駆け込んできた。


 「大丈夫か!?」


 エリックが周囲を見渡し、死体を見て顔をしかめる。


 シエラは無言のまま一体の顔を見下ろし、ひとつだけ呟いた。


 「黒魔道……それとも、死者転写術……?」


 

 レオンが振り返る。


 「もうこの場所はダメだ。奴らがここに来たってことは、完全にバレた。脱出するぞ!」


 蒼井が確認するように問う。


 「村人たちの避難先は……?」


 武器庫の奥にいた旅団員が答える。


 「ああ。街の地下、旧寺院跡です。魔封結界が残ってる場所で、地元の連中も手が出せないハズだ。」


 

 レオンが頷き、声を上げる。


 「よし、全員脱出準備だ。カイルとライザも呼びに!」


 そのとき、シエラが一歩前に出て、冷静に言った。


 「あの二人は……まだだめ。鍛冶の途中で中断すれば、あの剣そのものが壊れる。

 今、二人は魂を込めて鍛えてる。……止めさせてはいけない。」


 ----


 鍛冶場の奥、炎が揺れる。


 ライザが火花の前でハンマーを振り、カイルがそれを見つめながら補助をする。

 言葉もなく、精神を集中し、ただ“鍛える”という意志だけがそこにあった。


----


 レオンは沈黙し、ゆっくりと頷いた。


 「……なら、誰かがここを守るしかないな。」


 すぐにエリックが一歩前へ出た。


 「俺が引き受けた!」


 レオンが眉をひそめてエリックの方を向いた。


 「お前ひとりじゃ危険すぎる。デラートは何でもやる奴だ。こんなミイラ部隊まで使う奴だ。

 黒魔道で編成された禁術兵、一人じゃキツい。」


 

 蒼井も口を開いた。


 「確かに、エリックの能力は高い。だが数で来られれば限界がある。……俺も残る。」



 だが、エリックは蒼井を見据え、言った。


 「俺は考えなしに名乗り出たわけじゃない。

 ここに奴らが来たってことは、この街全体が包囲されてるってことだ。

それに俺のステルス技術やこの装備があれば問題なく合流出来る。」


 彼はシエラを見た。


 「だからこそ、お前たちは先に出ろ。ルートを確保して、村人を外に逃がす。

 ここは俺が持ちこたえる。任せろよ。」


シエラはエリックを見つめた。

「ありがとう…後でまた会いましょう。

 皆、こっちに来て!」


鍛冶場を後にし、レオンたちはシエラの先導で武器庫を抜けた。


----


シエラ達はカラムの酒場の裏路地に出た。

 通路の上にあった鉄扉を静かに開けると、そこはもう深い夜の街だった。


 月は出ているはずなのに、空は黒く染まり、ぼんやりとした靄が辺りを覆っていた。

 風はなく、耳に届く音もない。不気味なほどに静かだった。


 「……おかしいな。さっきまでの人だかりがウソみてえだ……。」


 レオンが低く呟く。


 街路には誰もいなかった。屋台の明かりも、宿屋の窓も消え、

 まるでこの都市そのものが“消された”かのような静けさだった。


 

 シエラが足を止めた。


 「この匂い……魔力が混じってる。」


 

 地面を這うように漂っているのは、黒い霧だった。

 煙のように見えるが、確かに空気より重く、足元から絡みつくように広がっている。


 「待って!」


 シエラが振り返り、はっきりとした口調で言った。


 「この霧、吸わないで。……息を止めて!」


 

 レオンと蒼井はすぐに反応したが、数名の灰狼旅団の隊員たちは霧の中を一歩進みかけていた。


 「こっちです! 村人たちの避難先は、この先の――。」


 言いかけた瞬間、彼らの足が止まった。


 「ヴッ……!」


 呻き声とともに、その場に膝をつく隊員たち。

 顔が青ざめ、呼吸が乱れ、目の焦点が定まらなくなっていく。


 

 「おい! お前ら、大丈夫か!?」


 レオンが駆け寄り、肩に手をかけようとする。


 

 その時だった。


 「レオン、離れて!!」


 シエラの叫びが響いた。


 レオンが一瞬動きを止めた瞬間――

 隊員たちが、ゆっくりと顔を上げた。



 その目は、白く濁っていた。

 生気のないその視線は、確かに彼らの“中身”が別のものに置き換わっていたことを示していた。



 「……うそ、だろ……。」


 レオンが後ずさる。


 五人の仲間たちは、各々の武器をふらふらと持ち上げる。

 明らかに意識のないその手つきで、構えだけは馴染みのあるものだった。


 蒼井が雪霞を抜き、刃を下に構える。


 「……峰で打つ。少しの間だけ、眠ってもらおう。」


 

 だが、シエラは低く、言葉を沈めた。


 「でも……これは、普通の精神操作じゃない。

 この魔力……おそらく、“禁忌の黒魔法”。」


 

 レオンが震えた声を漏らす。


 「禁忌……だと?」


 「術をかけられた者は、どれだけ身体が損傷して も……骨が折れても、臓器が潰れても……

 死ぬまで戦い続けるの。心を奪われたまま」


 レオンの手が止まる。


 目の前にいるのは、かつて肩を並べ、命をかけて戦った“家族”たちだった。


 「俺たちの仲間は……絶対に、殺さねぇ。」


 レオンがそう絞り出すように呟く。


 「家族に……刃を向けられるわけがねぇだろ……!」



 その時、操られた仲間の一人が、レオンに向かって斬りかかった。


 刃が走る。レオンは紙一重で防御しながら叫んだ。


 「逃げるぞ!! 戦うな!」



 が、次の瞬間――


 他四人も、同時に突進してきた。



 蒼井が即座に対応し、雪霞で刃を受け流し、動きを封じようとする。

 レオンも打ち合いながらも、攻撃を殺し、反撃せずに堪える。


 

 「くそっ……どうすりゃいい!!」


 

 その時――シエラが首元のチョーカーに手をかざした。


 「……仕方ない。魔力消費が激しいけど……私がやる。」


 

 彼女はゆっくりと舞い始めた。

 闇の中に浮かぶ水色の光が、空気に広がっていく。


 チョーカーの宝石が淡く輝き、魔導石に込められた魔力が周囲に流れ出す。

 優雅に舞うシエラの動きに合わせ、空間が揺らぎ始めた。



 視界が変わった。


 灰色だった世界が、水色の光に包まれ甘い香りが漂ってくる。

 霧は消え、代わりに幻想的な水面のような光景が広がる。


 

 「なんだこれは……?」


 レオンが思わず声を漏らす。


 「安心して。これは……私の幻術。苦しまず、静かに眠らせるだけ。」


 シエラがそう呟くと、操られた仲間たちは、スッと動きを止め、ぽかんと天を仰ぎ――


 そのまま、ゆっくりと倒れ込んだ。


 

 魔法が解け、現実の景色が戻ってくる。


 霧はまだ周囲に残っているが、仲間たちはすでに意識を失い、ただ眠っているだけだった。



 シエラは肩で息をしながら、静かに呟いた。


 「……今は、大丈夫。でも……この魔法も長くはもたない。

 すぐに、また起きるかもしれない。」


 

 その場に残された“家族”たちを前に、誰もが拳を握ったまま言葉を失っていた。



 蒼井は数秒沈黙し、やがて小さく頷いた。


 「……今は…村人達の安否を確認しないと。

 レオン…彼が言っていた場所に心当たりはあるか?」


レオンは気を持ち直して言った。

「ああ、こっちだ。

 …行こう。」


--------


鍛冶場の奥――魔力の火が灯る特別な炉の前では、

 ライザとカイルが無言のまま、火花と鉄に向き合っていた。


 重く、正確に振るわれるハンマーの音。

 その一撃一撃に、彼らの過去と覚悟が込められていく。


 通路の奥から、足音が三つ。


 乾いた石の上を、金属の靴が軽やかに踏み鳴らす。


 最初に姿を現したのは、一人の若い男だった。

 アルザフル風の容貌。彫りが深く、細めの目はどこか人を見下すような印象を与える。


 その顔に浮かんだ笑みは――性格の悪さが滲み出る、歪んだものだった。


 

 彼の背後、左右には黒いフードを深く被った二つの影がついてくる。

 どちらも先ほど現れた暗殺部隊と同じ、異様な沈黙と重心の低さを持っていた。


 若い男は部屋の入り口で立ち止まり、腕を組んで鍛冶場の様子を見回した。


 

 「簡単だな……。」


 鼻で笑いながら、つぶやく。


 「誰もいない。抵抗もない。

 これで、良質な武器と装備の確保は……ぜんぶ俺の手柄ってわけだ。」


 その声には、愉悦と自己陶酔が混じっていた。

 もはや、敵地にいるという緊張感は一切感じられない。


 

 そのときだった。


 静かだった部屋の中に、一つの声が響いた。


 

 「悪いね――うちの武器は、ろくでなしには売ってないんだよ。」


 

 影の中から、ひとりの男が現れる。


 エリック・モーガン。


 長身の体をゆったりと進め、手には抜かれたままの剣がある。

 その顔には静かな皮肉の笑みが浮かんでいた。


「ここにある神聖な武器の数々はお前らクズ共には扱えない。

さぁ、回れ右して帰った帰った!

今帰れば命だけは助けてやらんこともないぞ。」


そう言って、エリックは手に持った剣を地面に突き刺し、鋭い眼光で三人を睨んだ。

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