第6話

第6話



 シフィルと話すのは、とても楽しい。


 もしシフィルがいなかったら、自分は恐怖心を抑えられなかったかも。


 シフィルは、予想外な恥ずかしい質問を言ってくる。


 それでもそれは、シフィルが巧みに自分の気分を紛らわせてくれているように見える。


 そう考え、シフィルに感謝はしている。


「もえ、どうやら私たちの価値観は、よく似ているようだ」


「え?」


「そう感じないか? もえ」


 そう言うシフィルの声音は、からかうこともなく、妙に色気を帯びて掠れている。


「……」


 冷静で大人っぽいシフィルに安心していたが、敏感に察知してしまう。


 私は、思わず息を詰まらせる。


 見ず知らずの男性と狭いエレベーターに、二人で閉じ込められていること。


 あらためて、私は強く意識してしまう。


 さっきまでの会話では、シフィル自身が悪い人間ではないこと。


 私は、強く感じていたが、状況が状況だけに本当のところ何もわからないのは事実。


 不意に、訝しげに考えてしまうのはごく当たり前のこと?


 そう感じはじめると、私の中にはわけのわからない恐怖心が滲みだす。


 鬱々と考え沈むと、自分の息遣いがやけに大きくきこえはじめた。


 シフィルの息遣いも耳に入ってくる。


 ゆっくりと規則正しく、男らしい呼吸。


 シフィルが一呼吸ごと吐いて、エレベーターの中に充満させつつある。


 自分は、それを吸うしかない。


 シフィル自身、とても落ち着いて見えるので、私としては安らぎすら覚えている。


 自分の感覚を信じ、私は芽生えてきた疑惑を打ち消す。


 シフィルを知りたいと想う気持ち。


 シフィルから漂う、どこか懐かしげな爽やかな香り。


 自分自身が惹かれていて、シフィルを信じていたい判断。


 どうしても貶めたくなく、私は自分の腕の中に顔を埋めた。


「もえ、どうした?」


 押し黙った私を気遣う、シフィルの声音が優しく響く。


「……どうもしてないわ。ただね、空気が少し澱んでいるみたい。寒くなってきたし、おかしいわね」


 少し震えた声音で言い、顔を上げて自分の腕を擦った。


「もえ、呼吸することは、お互いやめられない。そうだろう?」


「た、確かに」


 微苦笑を浮かべたが、私の声は上ずっている。


「もえ、そばに座っていい? お互いが離れすぎると、余計不安だろう?」


「それは……」


「問題ない」


 シフィルは、そう言ってすぐさま立ち上がる。


 そのまま迷うことなく、私のそばまで来たシフィルは、ゆっくりと腰をおろしてしまう。


「シ、シフィル」


「もえ、手を握るのもいいかもしれない」


 シフィルは、何か言いかけた私へそう言い、自分の手を伸ばす。


 わかっているかのように、シフィルは膝を抱えている小さな手の上に重ねてくる。


 シフィルの手は、まるで氷のように、酷く冷たかった。


 私の手よりもひとまわり以上は大きく、体温を奪っていく。


 それでも恐怖心より、シフィルにそのまま寄りかかりたい気持ちのほうが先立ち、戸惑った。 


「怖い?」


 かすかに震える私に、シフィルは優しく囁きかけてくる。


 シフィルの姿を見てみたいと、心底感じてしまった。


 

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