第10話 アルゴリズムの取捨選択

 モニターに映る映像の確認作業が続いている。

 映像には坂巻凪との昼休みの光景が映っていた。

 坂巻凪は突然カメラ目線になり、こちらを凝視してきた。


 「陣頭さん、この学習方法は間違ってると思いますよ。」


 突然、カメラの向こうからこちらに向かって話しかけてきた。

 私は思わず吹き出し、声を出して笑ってしまった。


 声に気づいて、向かいの席の亘がこっちを見てくる。

 私は、つけていたイヤホンを外した。


 「ごめん。まさか、愛のカメラに向かって話しかけてくる人がいるとは!」


 私はいまだに笑い続けていた。

 

 「何を言われたんですか?」


 亘の質問に答えるために、息を整えた。


 「学習方法が間違っているのではと指摘されてしまったよ。」


 私の発言を聞いて、亘も少し笑った。


 「京大の研究者に意見するなんて、坂巻さんは度胸がありますね。」


 亘の発言には少し引っかかりがあった。

 私は自分の権威を示したことがあっただろうか。

 むしろそう思われないようにフランクな口調で話をしているのに。

 しかし、亘の性格はこの数日で分かってきた。

 この人は常識的ではあるが、自分の興味があることを中心に考えている。私の肩書を知りながらも、初日から分からないことはすぐに質問してくるぐらいだ。

 どちらかというと、権威とか関係なく自分の好きなことをしていたいタイプだ。

 そんな彼でもこのような発言をしてしまうのか。肩書とは厄介だ。


 亘は不思議そうな顔をして私を見ている。

 返答に数秒かかっていることが不思議なようだ。


 「でも、言っていることは一理あるよ。」


 「どこが間違っている可能性があるのですか?」


 亘はすぐに質問をしてきた。

 そうそう、これだよ!

 臆せず質問してくれる姿勢が、何より嬉しかった。


 「愛は、映像から感情を把握する設定にしているんだよね。過去の人間の感情表現の映像を学習元にして、相手の表情で感情を把握するシステムなんだ。」


 亘は顎を触りながら話を聞いている。


 「それが間違いですか?何も問題ないように思えますが。」


 私は亘に人差し指を突き出した。


 「そう!ここまでは問題がない!ただ、システムの連動性に問題があるんだ!」


 「システムの連動性ですか?」

 

 亘は納得がいっていない表情をしている。


 「感情を正しく認識し、それを判断できるようになっているけど、その根拠が無い状態なんだ。」


 まだ腑に落ちていないようで、亘の表情は硬いままだ。


 「例えば、愛は目の前の人が喜んでいるという判断ができる。だけど、何で喜んでいるかの因果関係は学習項目に入れていないんだ。」


 「だから、その人が喜んでいた過去の状態を記録しておいて、その共通点を見つけるようなプログラムを作成したんだ。」


 「つまり、感情を把握するシステムと感情の因果関係を結び付けるシステムが連動できていないということですか?」


 やはり、亘は賢い。こういう説明は口頭で理解してくれる人が多くない。 


 「そういうこと、重くなってしまうから連動はしないで独立したプログラムで動かしていたんだけど、今後の課題だね。」


 話を終えて、再び映像の確認に戻った。

 映像の中で、坂巻凪が突然立ち上がりトイレに向かった。

 不思議に思いそのまま視聴を続けると、工藤凛と会話しているのが確認できた。

 工藤凛は愛の研究に対して非協力的な態度をとっている。だから、なおさら工藤凛の心情が分かるデータが欲しい。

 私は会話の内容が気になり動画を巻き戻した。

 しかし、声が小さく何を言っているかが分からない。


 「あぁ~惜しいな。なんて言っているか聞きたかった!」


 私は思わず声を上げた。

 

 「どうしました?」


 向かいの亘が声をかけてくれた。


 「坂巻凪と工藤凛が話している映像があるけど、音が小さくて聞き取れないんだよ。」


 亘は少し沈黙した後に、意外なことを言った。


 「それ、何とかできるかもしれません。」


 「えっ!どうやって?」


 私は驚いた。亘は淡々と説明をした。


 「時間はかかりますが、音声除去を行えば聞こえるようになりますよ。幸い、愛には各々の声の波形データが保存されています。工藤凛の波形データさえあれば、それをピックアップして聞くことができるはずです。」


 なるほど、私は映像の編集に疎いため知らなかったがそういう方法があるのか。私には編集方法が分からないため、亘にお願いしよう。


 「それをお願いしてもいい?どのくらい時間がかかりそう?」


 亘は顎に手を当て、しばし黙って考え込んだ。

 

 「そうですね。今の仕事と並行で行うのであれば3時間程度です。先に、編集に集中するのであれば30分もあればできます。」


 工藤凛の話はぜひ聞いてみたい。しかし、亘の仕事を邪魔するわけにもいかない。


 「分かった。時間が空いた時にお願いしたいな。工藤凛の言葉は知りたいけど、優先度は低いからね。自分の仕事を優先的に行って。」


 「分かりました。」


 亘は少し会釈をして作業に戻った。


 それにしても、この実験からは色々な情報が得られている。

 愛の学習の欠点も分かれば、社会的な変化も観測できている。

 そろそろ、大きな動きがありそうな予感がしてきた。楽しみで仕方がない。

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