第4話 彼の目が開かれる


「へえ。ワノ国の侍。それでお前さんはなんで私の縄張りに来たんだ?」


「……ッ!」


 彼女の体から圧が生まれる。ビリビリと全身を襲う圧はその力強さで空間を歪め、景色が変わっていく。

 言葉を間違えたら我は死ぬ。そう確信するほどの圧があった。


「天鬼殿……。貴殿の討伐を依頼された」


「……あっはっは!!! てっきり嘘を言って逃げ出すかと思ったが……お前さん中々肝が座ってるな」


「お褒めに預かり光栄」


 刀の柄に手を合わせる。居合の構え。我が最も得意とする技を見せてやろう。


「天鬼殿。お相手願う」


「いいねえ!!! 気に入った。…………来い!!!」



 我の居合は必殺の一撃。あらゆる妖魔をこの一撃で葬ってきた。

 時が止まったと思えるほどの速度。今までこの速度についてこれた者は一人もいない。











……今までは。


「なに?!!」


「どうした!!! その程度か!?」


 我の最高の一撃が腕一本で止められる。そしてもう片方の腕で我に殴りかかってきた。


「ッ…!!!」


「咄嗟に止めたか。だがこれからが本番! まだまだ行くぞ!!!」


 なんて一撃…。我の体にビリビリと痺れを与えるなんて…。

 だが驚愕している暇はない。彼女は一瞬で我の前へと迫り来る。








 我の一生に残る戦闘が今…始まった。









「はあああああああ!!!!!!」


「ふははははははは!!!!!!」


 大地が割れ空間に穴が開く。地面が…いや世界が揺れ、誰にも見えない速度で二つの影が動いていた。


 彼女はずっと笑っている。流石は鬼。戦いが楽しくて仕方がないのだろう。

 我には決して分からない思考回路だ。




 だが何故だろうか…。我の口元は次第に笑みを浮かべていた。


「お前との戦いは楽しいなあ!!!!」


「我は……楽しくはない!!!」


 戦いはこちらが劣勢。全身傷だらけ血まみれ。皮膚は剥がれ頭はクラクラする。

 何度も地面に叩きつけられたから骨がミシミシ言い出し始めた。


 こんなに苦しいのに楽しいなんてあるわけないだろう。

 我は彼女を振り払い一息つく。苛烈な攻撃をしているが攻撃は単調。お陰でギリギリ命を繋ぐことが出来ている。


「私は楽しいぞ!!! 我の力に耐えられるものなど今までこの世界に一人もいなかった!!! 全力を出せることがこれ程までに楽しいとは!!! ふはははははは!!!」


「……全力」



 何故かこの言葉が心に残る。全力…。一体何故俺は何故この言葉が心に残るんだ?


「だからお前も全力を出してこい!!! そのうえで私はお前を叩きつぶす!!!」


「…………は?」


 何を言っている?我は全力で戦っている。


 今もボロボロになりながら何とか攻撃を回避し、生き延びている。

 これ以上なんて我に出せるわけが…。


「……本当に不思議に思ってるのか?じゃあお前…無意識の内に手加減してるのか」


「何を…!?」


 更に彼女から圧が膨れ上がる。まだ力を隠していたというのか?!



「なら引き立たせてやるよ!!!」


「!?」


 見えなかった。ただ気がついた時には目の前に彼女がいた。

 何とか攻撃を止めることができたが刀がへし折れる。


「侍の命が!!!」


「どうしたあ!!! 戦闘で動揺は死に直結するぞ!!!」


「がっ…あ!」


 山のてっぺんから大地まで一撃で突き落とされる。

 全身が割れるように痛い。頭がうまく回らずまともに目が働かない。



 爆音と共に彼女が迫ってくる。ここまでなのだろうか…。



「……あれ?」


 ふと気づいた。我の口元が歪んでいる。何故我はこのようなボロ雑巾な状態になっても笑みが出てしまうのだ…。





 一体何故…。



 だがそのようなことを考えている暇は無い。目の前にはもう彼女が来ている。





 ここで我は死ぬのか…?





 否。否! 否!! 否!!!



 我の体に力が湧き上がる。そうだ…我はずっと無意識の内に手加減をしてきた。

 民達に怯えられたあの時から…。力を使うのが怖くてずっと力を抑えて生きてきた。



 だが今は違う!!!!!!


「うおおおおおお!!!!」


「あ…っぶ!!!」


 最初に喰らわせた居合の倍以上の速度を超える一撃。

 彼女に初めての防御をさせることができた。彼女は両腕を✕にして何とか攻撃を防御。



 だがその威力は完全に消せなかった。我の攻撃を喰らった彼女はそのまま山一つ分吹き飛ぶ。



「ふ……ふふふ。ふはははははは!!!!」


 嬉しい。嬉しくてたまらない。今まで心の奥に溜まっていた嫌な気持ちが全て吹っ飛んで行ったのを感じる。

 ずっとずっと全身を覆っていた闇が晴れるようで笑顔と涙が止まらない。


 そうだな…例えるならば我はずっと目が見えていない状態で生きていたかのようだった。

 しかも目を開けようとすると周りの人々は怖がり距離を置いてきた。


 確かに今は慕われている。だがそれは本当の我ではない。

 皆は目をつぶった状態の我を慕っているのだ。それに皆に慕われた今でもこれほどの力を使えばまた怯える者が生まれるだろう。



……だがこの鬼は違う。


「ああ! ああ!! 嬉しいぞ!!! ようやく私に本気を出したな!!! 見せてみろ!! 私にその力を!!!」


「……ああ。」


 彼女は私の力を認めてくれた。妖魔の類だというのにそのことが嬉しくて仕方がない。


 鞘と壊れた刀を投げ捨てる。これで我の力を制限していた物は何もない。

 拳を構える。始めての構えだというのに今までで一番綺麗にすんなりとハマる。


 「天鬼……。ありがとう。貴殿のお陰で我は今、人生で一番幸福だ。」


「私もさ風丸。私の力にここまで着いてこれる奴は始めてだ。……嬉しいよ。私の全力に耐えられるなんて鬼にもいなかった。……本当に…嬉しい」


 我と彼女の間には深い絆のようなものが芽生えていた。

 戦いによる絆。我は人。天鬼は鬼だと言うのにこの想いは決して消えることがないと断言できる。






「いくぞ!!!」


「来い!!!」






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