【19話】後輩教育


「話は終わりだ」


 エルマが終了を告げたことで、解散となった。

 教育係にされたことには腹が立つが、しょげたカルメンを見れたのでよしとしよう。


 礼拝堂から出たアンジェは、寄宿舎の私室へ向かった。

 

 今日の仕事はもう終わり。

 これから着替えて、冒険者ギルドに向かうつもりでいる。

 

「……あの」

 

 私室に入ろうとしたところで、後ろから声をかけられる。

 新人シスターのエリーだ。

 

 おどおどしていて、アンジェとは目線を合わせないようにしている。

 

(極度の人見知りなのか私を怖がっているだけなのかは知らないけど、なんだか暗い子ね。めんどくさそう)

 

 アンジェはそんな子の教育係になってしまった。

 先行きがさっそく不安になる。

 

「アンジェさん。私はこれからどうすれば……」

「今日は休みよ。仕事は明日からだから。それじゃあね」


 早々に話を切り上げたアンジェは、部屋の中へ入った。



 

 翌朝。

 

 礼拝堂にいくと、すでにエリーは仕事を始めていた。

 雑巾を片手に、長椅子を掃除している。

 

「早いのね」

「…………おはようございます」


 エリーの声は小さく、ずーんと沈んでいた。

 そしてなんだか全身が、負のオーラに包まれている。

 

(なにこれ? 元々暗い子だったけど、ここまでだったかしら?)


 昨日と比べて、明らかに元気がない。

 もしかして、もう仕事をやめたがっているのだろうか。


(それって私のせい? いやだけど、なんもしてないわよね?)


 彼女にしたことといえば、休みだから好きにして、と口にしただけだ。

 それ以外のことはいっさいしていない。

 

(じゃあいっか)

 

 エリーがやめたとしても、アンジェのせいとはならないだろう。

 それならエルマから責められることもない。

 

 仕事を続けるかどうかは個人の自由だ。

 別に引き止める気はないし、勝手にすればいい。

 

(いや……待った。それはだめよ。今この子がやめたら、カルメンになんて言われるか)


 あの性悪女のことだ。

 きっと「思った通り一日でやめたわね! じゃじゃ馬には教育係なんて務まらないのよ!」、なんて言いながら高笑いしてくるに違いない。

 

 想像するだけでもムカついてくる。

 

 面倒だが、ここはどうにかしてエリーを引き止めなければならない。


(ともかく理由を聞いてみようかしら)


「元気ないみたいだけど、何かあったの? お姉さんになんでも話してごらん?」


 アンジェはにこやかな笑みを浮かべる。

 コンセプトは、優しくて頼れるお姉さんだ。


 エリーは少し悩んでいたが、やがてポツポツと語り始めた。


「昨日、アンジェさんと別れたあとカルメンさんに付いて、シスターの仕事を見させてもらっていたんです。カルメンさんはとても優しい方で、わかりやすく丁寧に仕事を教えてくれました」


(優しい? あのカルメンが? ……この子、大きな勘違いをしているわね)


 ツッコミたくなるが、アンジェは我慢。

 今は話を聞くことが最優先だ。

 

「そのうち、相談希望の方がやってこられたんです。私も一緒に相談部屋に入って、その様子を見学させてもらいました。相手の方のお話を、カルメンさんは親身になって聞いていました」


 ここでエリーの顔に、陰がさした。

 暗い雰囲気が、さらにもう一段階暗くなってしまう。

 

「でも、それだけなんです。ただ話を聞いて、相槌を打っているだけにしか見えませんでした」


(カルメンならそうするでしょうね)


 エルマを信奉しているカルメンは、エルマのやり方をそっくりそのまま真似ている。

 

 だから相談者の話に対して、テキトーに相槌を打って話を聞いているフリをする。具体的なことはなにもアドバイスしない。


「人の悩みを解決するのがシスターの仕事。私はそう思っていました。だから相談者の方が帰られた後で、そのことをカルメンさんに言ったんです」

「あいつ、否定してきたでしょ?」

「はい。これがシスターの仕事だと言われてしまいました。……私、シスターに向いていないんでしょうか」


 エリーの瞳からポロポロと涙が溢れ出ていく。

 

 向き不向きは別として、彼女の気持ちは分かる。

 アンジェも同じことを思っているからだ。

 

(私のやり方を見れば、やめるのを考え直してくれるかしら)

 

「お話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 ここで、礼拝堂に迷える子羊が入ってきた。

 なんというグッドタイミング。

 

「どうぞ。相談部屋にご案内いたします」


 そう言ってからアンジェは、エリーの方へ体を向ける。

 小さな手を取った。

 

「ついてきなさい。本物のシスターっていうやつを、今から私が見せてあげるわ」


 困惑しているエリーに、アンジェはウィンクした。

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