第30話 トニーの後始末

 こうして、シンの父親であり、保育園の建物の所有者であるトニーが帰った後も、園児たちは不安そうな顔をしていた。

 マリーは不安を払拭しようと、口を開こうとした時、歌声が流れた。


「今日は、お天気、いい天気~♪ 一緒にピクニックに行きましょう~♪」


 ローラが明るく歌い始めた。

 その声に、園児たちはローラに注目する。


「さあさあ、お弁当の用意だよ~♪ 焼きたてパンには何挟む~?」


 そう言って、ローラは園児たちの返事を待つように、耳に手を当てた。

 腰にもう片方の手を当てて、可愛らしく笑っていた。ローラのその姿は、真理の記憶にある『歌のおねえさん』のようだった。

 犬獣人の男の子のラニアンが答えた。


「ボク、ハムが良い!」

「ハム、美味しいよね~。他には他には?」


 ローラは他の園児たちにも問いかける。

 園児たちは顔を見合わせた。

 すると、猫獣人の女の子のコラットが声を上げた。


「サバ!」

「サバもいいよね。ちょっとしょっぱめの~♪ 他には他には?」

「チーズ!」

「チーズはトロッと~♪ 他には他には?」

「レタスも入れて~」

「パリッとしたレタスも忘れずに~♪ 他には他には?」

「タマゴも、タマゴも」

「タマゴは固ゆでで~♪ 他には他には?」


 園児たちは、先ほどまでの不安な空気を忘れたように、次々に好きな具を言い始めた。

 一通り、園児たちが言い終わったころ、ローラは満足したように歌った。


「みんな、みんな挟んで~持っていこう♪ 大きな大きなお弁当箱に~詰めこんで~♪ 楽しい楽しいピクニック~♪ さあ、みんなで。楽しい楽しいピクニック~♪」

「楽しい楽しいピクニック~♪」


 園児たちは、ローラの歌声に引かれるように、楽しそうに一緒に歌い始めた。

 先ほどまでの、嫌な空気はどこに行ったのか、すでにそこは、明るい太陽の下のピクニック一色だった。

 こうして、園児たちが楽しい気持ちで帰っていた。

 後片付けの後、マリーは紅茶を入れて、マリーに差し出した。


「ローラ、ありがとう。助かったわ」

「ふん、あんたを助けたわけじゃないわよ。あのまま子供たちが泣いたら、シンが困ると思っただけよ。それに、あたしは泣き声より、笑い声や歌声が好きなだけよ」


 そう言うと、紅茶をぐっと飲み、一緒に出していた茶菓子を口に放り込んだ。

 

「そんなことより、シンはどこよ。もう遅いけど、シンに話があって、あたしは来たのよ」

「それってもしかして、トニー様が来られるのを知らせてくれるつもりだったの?」

「そうよ。シンとトニー様は仲が悪いから、知らせてあげようと思ったのに、あんたが邪魔をしたから間に合わなかったのよ」


 ローラは紅茶のお替りを要求するように、カップをぐいっと差し出した。

 マリーは、茶葉が入らないようにそっと注ぎながら、ローラのことを考えていた。

 基本的には良い子なんだろう。あの歌声は、才能だけでなく努力家なのだろう。そして、あの場で子供たちを巻き込める歌がすぐに出てくる機転の良さ。普通にしていれば、ハイスペックなんだろう。

 シンに対する気持ちの方向さえ間違っていなければ。

 そんなことを考えていると、ドアが開き、シンが現れた。


「シン~、ごめんね。この女が邪魔しなければ、トニー様のことを教えられたのに~」

「そうか、ありがとうな。でも仕事中だったから、仕方なかったな」


 そう言って、ローラの頭をなでるシンを見て、マリーは思った。

 ローラが来た時って、シンは園児たちと一緒にお昼寝していたよね。

 しかしシンはそんなマリーの考えに気づかずに、トニーのことを話し始めた。


「しかし、あの頑固オヤジも、孫娘の可愛さに勝てなかったんだな」


 子供たちが落ち着きを戻した後、シンはマリーにそうつぶやいた。

 マリーは、軽くため息をついて答えた。


「それだけじゃないわよ。確かに孫娘に勝てる祖父はこの世に存在しないけど、モレナちゃんが、保育園でちゃんと成長していることをトニー様が認めてくれたから、ここが存続できるようになったのよ」

「結局、モレナのおかげかよ」

「もちろん、それだけじゃないわよ。これまでシンがちゃんと保育士として働いていることが、伝わったのもあるわよ」

「そ、そうなのか?」

「そうよ。だから、シンのおかげでもあるのよ」


 マリーにそう言われて、シンは嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っていた。

 ローラは、その尻尾をつかんで言った。


「何、デレデレしてるの、シン」

「デレデレしてないぞ! まあ、ちょっと嬉しかったけどな」

「やっぱり、デレデレしてる。シンがデレデレして良いのは、あたしだけなんだから!」


 ローラはほっぺをぷーっと膨らませながら、文句を言った。

 その姿を見てマリーは可愛いと思いながらも、困った顔のシンを見てローラに言った。


「はいはい、ローラ。とりあえず、その手を離してあげて。今日は色々あってシンも疲れてるだろうし……」

「何言ってるのよ。あたしはシンに元気を与えてるの」

「はいはい、わかったか……ら」


 何これ? 気持ちが悪い。世界が回る。あっ、だめだ。

 こうして、マリーは倒れたのだった。

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