第17話 初デートの終わり

 ローラは顔を真っ赤にして叫んだ。

 その言葉に困ったのはマリーだった。

 ローラの態度にカチンと来て、煽ってみたものの、ローラに保育園で働いてもらう気など、まったくなかった。

 そもそも、保育士をしたいという夢を持つマリーに、ローラのディーバになる夢を邪魔するつもりなど、全くなかった。たとえ、その夢がシンと結婚するためだとしても、マリーには想像がつかない努力をしたに違いない。

 マリーはローラを止めようと、シンの手を離した時、シンが一歩前に出た。


「ローラ、馬鹿なことを考えるのはやめろ」

「何が馬鹿なことよ。シンはあたしより、その人間の方が良いっていうの?」

「そんな話をしているんじゃない。どういう経緯にしろ、お前は今や一人前の歌姫ディーバだ。今、お前がディーバを辞めたら、周りの人間が困るだろう」

「その通りです。よくぞ言ってくれました」


 シンがやさしくローラに諭していると、女性の声が聞こえてきた。マリーが声のする方を見ると、黒いショートカットから猫系の耳に、長細い尻尾をもつ黒豹の獣人の女性が立っていた。


「失礼しました、団長のパーサと申します。当劇団のローラがご迷惑をかけているようで、申し訳ありませんでした」

「パーサさん……」

「あなたは今や、ウチの劇団の看板ディーバなんだから、止めるなんてできないわよ。ほら行くわよ! お二人はデート中なんでしょうから」

「嫌~デートなんて認めない~」


 そう言って、パーサはローラの手を引っ張って、連れて行ってしまった。

 それをあ然としながら、見ていたシンは、マリーに謝った。


「あー、ごめんな。こんなつもりじゃなかったんだが……」

「大丈夫よ。だいたい、あの子にとって、私が急にやってきた厄介者だっていう感覚は、わかるもの」


 マリーも裏方の仕事にかまけて、不意に現れた平民のアイリスにルイス王子を奪われてしまった過去があるため、大好きなシンの隣に見知らぬ人間の女を発見したローラの気持ちは痛いほどわかる。ローラが、あんなに上から目線でなければ、ローラに同情していたところだろう。

 何とも直情的なローラのこれからの行動が気になって、マリーはシンに尋ねた。


「それより、これからどうするの? 煽っちゃった私も悪いけど、今晩にも押しかけてきそうな勢いじゃない」

「まあ、パーサがそんなこと許さないだろう」

「そうね、じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「え! この後、ディナーに行って、夜景を見に行こうと思ってたのに」


 マリーの言葉に、シンは残念そうな顔でこたえる。

 確かに、ディナーと夜景は楽しみだが、明日は開園の日。どれだけの園児が来るかわからないが、万全の状態で迎えたい。


「ありがとう。ディナーも夜景も楽しそうね。でも明日のことを考えると、今日はゆっくりと休みたいの。また今度、出かけましょう」

「そうか……わかった。じゃあ、また今度な」


 そうして、二人の初デートは終わったのだった。


~*~*~


 次の日、マリーは朝早く目を覚ました。

 さわやかな朝の風が、今日も一日天気が良いことを知らせてくれる。

 昨夜、動物の刺繍を施した動きやすい服に着替えて、ダイニングに行くとシンの起きていた。


「おはよう、シン。今日から一緒に頑張りましょう」

「ああ、しかし、今日は一段と早いな」

「それはシンもでしょう。興奮しちゃってるのか、なんだか早く目が覚めちゃったのよ」


 まるで、初めて保育士として働いたあの日のような気分だった。違うのは、あの日は園に行けば園長をはじめ先輩保育士たちと、園児たちが確実にいるということだった。

 もしかしたら、今日は誰も来ないかもしれない。無料期間を設けても、だめかもしれない。

 でも、初めなければ、一歩踏み出さければ、何も始まらない。


「そうか、今日から忙しくなるもんな。少し早いけど行くか?」

「だめよ、ちゃんと朝食食べなきゃ、身体が持たないわよ。保育士は体力勝負なんだから」


 そう言うとマリーは、クロエが用意した朝食を残さず食べ始めた。

 新鮮な野菜と焼きたてのパン、あっさりとしたスープにはよく煮込まれた柔らかな肉は、すっとマリーの胃袋に収められ、元気の素になった。

 シンは特に緊張した様子もなく、出かける準備を終えて、ゆっくりとコーヒーを飲みながらマリーの支度が終わるのを待っていた。

 その普段通りの落ち着いた様子に、マリーもなんだか、普段通りの気持ちになった。


「さあ、行きましょうか」


 マリーはシンとともに保育園へと向かった。

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