第11話 シンの自覚
「何が、園児が増えすぎて、マリー様の負担が心配です、か……」
保護者説明会が成功に終わり、緊張が解けたマリーは寝静まった。そんなレトリー家の食堂。クロエはあきれ顔でシンにカップを差し出しながら話していた。
椅子に座っているシンは、クロエが淹れてくれたコーヒーに口をつける。
「何を言ってるんだ。マリーのことを心配したのは本心だぞ」
「そうかもしれんが、実際には今回用意した高級菓子で、シン様のお小遣いがほとんどなくなったから、2回目は簡単に開けないんですよね。もーう、大盤振る舞いしすぎですよ」
そう言いながら、クロエも椅子に腰かけると、自分のカップにもコーヒーを注ぐ。
通常であれば、使用人と主人が同じテーブルに着くことはないのだが、シンはクロエに対して、何も言わない。それは、シンにとってクロエが特別な存在であることの証拠でもあった。気の許せる家族のような存在である。
そのクロエに対して、シンは飾ることなく答えた。
「まあ、せっかくマリーが頑張って準備したんだから、絶対成功させなきゃいけないだろう。俺の小遣いくらい、いくらでも使ってやるよ」
「だったら、素直にそう言ってはどうですか? もっとマリー様は感謝されると思いますが」
「そんなかっこ悪いことができるかよ」
「あら、そうですか。シン様でもそういう気持ちがあるんですね……ところで」
クロエは一息ついて、シンの瞳をまっすぐ見た。
「マリー様をどうされるつもりですか?」
「どうもするつもりはないが」
「では、例えば、マリー様が、ほかの男性と恋仲になってもよろしいということですか?」
「なっ……」
シンは飲みかけのコーヒーを慌てて呑み込んだ。
いつものようにクロエがからかってきたのかと、うまい返しがないか考えていると、クロエが言葉をつづけた。
「別に、この国の誰かの話だけをしているわけではないのですよ。初めにマリー様は、ここに来た理由を冤罪により流されて来たと。そして数週間もすれば、誤解は解け、迎えが来るだろうと。その時は、シン様はどのようにされるつもりですか?」
「……そういえば、そんなことも言っていたな」
クロエが真剣に先のことを考えていることが、シンにもわかった。
マリーがずっと、ここにいるものだとシンは思っていた。当たり前のように、いつまでも。
でもそうではないと、クロエは思っているのだ。
それもそうだ。マリーはたまたま、シンと出会い、そして今に至るのだが、マリーが保育園をはじめ、自らの手で生活ができるようになればこの家から出ていくかもしれない。今はまだ、この街になじんでいないが、マリーならばすぐに溶け込むだろう。そうすれば、マリーのことを見初める男が出てきてもおかしくない。それに、人間の世界から迎えがいつ来てもおかしくない。
その時、自分に彼女を引き留める権利はあるのだろうか? おそらくそんな権利はないだろう。では、マリーは他の者の元に行ってしまっていいのか? シンはそう自問自答した時に気が付いてしまった。
「……いやだな……マリーが俺の元を去るなんて」
そう、独り言を言ったシンの姿を見たクロエは、満足そうな笑みを浮かべて、空になったコーヒーカップを持って立ち上がった。
「自覚したその感情をお大事にしてください。それでは、私はこれで失礼します。おやすみなさい。私の可愛いシン坊ちゃま」
そう言って、物思いにふけるシンを一人残し、クロエは自室へ戻っていった。
~*~*~
翌朝、小鳥たちが元気にさえずるほど、良い天気だった。
マリーは起き抜けに窓を開けると、涼しい風と共に焼きたてのパンの良い匂いが部屋に入ってきた。
夜遅くまで、子供たちの名前や性格、注意点などを書き出していたため寝不足であった。それでも、充実感で朝早く目が覚めたのだ。
昨日の保護者説明会はうまくいったが、実際に開園するのは明日からである。
今日は何をしようかと、考えながら着替えをしようとすると、ノックされた。
こんな、朝早く、なおかつ裸同然の状態での自分に焦ったマリーは、語気を強めて答えた。
「誰!? こんな時間に」
「ああ、俺だ。起きてたか?」
それは、聞き知ったシンの声だった。
しかし、これまで部屋を訪れたことなどなかったため、何か急用かとマリーは驚いて答える。
「ええ、さっき起きたところ。今、着替えをしてるから、開けないでよ」
「そうか、ごめん」
「それで、どうしたの部屋まで来るなんて、何か急ぎの用事?」
「いや、急ぎってわけじゃないんだが……」
いつもは、あっけらかんと言いたいことを好き放題言うシンにしては、何か言い淀んでいることにマリーは不思議そうに思いながら、シンの言葉を待った。
「……なあ、マリー。今日、予定はあるか?」
「特にないわよ。さっき、今日は何しようかと考えてたところよ」
「そうか! ちょうどよかった。じゃあ、俺と二人で出かけないか?」
そう言えば、ここに来てからシンの家と保育園、それに警察署や消防署などしか行っていないため、街のことなど全く知らないことにマリーは気が付いた。これから、伯爵令嬢でなく、ただのマリーとして、この街で暮らしていくならば、街のことを知っておく必要はあるだろう。
シンはそこまで考えて、街のことを案内してくれるのだろうと考えたマリーは、快諾した。
「じゃあ、朝食が終わったら、玄関のところで待ち合わせな」
そう言って、シンの気配はなくなった。
そして、マリーは動きやすい服に着替えながらふと考えた。
「なんで、一緒の家に住んでいるのに、待ち合わせなんだろう?」
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