第9話 保護者説明会

 数日が経過し、迎賓館を改造した保育園が完成を迎えた。

 そして、保護者であるママたちと園児による見学および説明会の開催日となった。

 獣人の国で人間が営む、この世界にはない保育園にどれほどの人が集まるのか。マリーは不安に押しつぶされそうな夜も過ごしたが、当日には十組以上の家族がやってきた。

 普段は貴賓を招いで晩餐会を開く大食堂には、説明会用に大きな一枚板の豪華な装飾を施された長テーブルと椅子が用意されており、保護者であるママたちは各々座り、歓談している。

 その様子を見たマリーはシンの人望に驚いた。


「シン、あなたってすごいのね。まさかこんなにも来てくれるとは思わなかったわ」

「まあ、俺が、というよりも、おまけの方が魅力的なんじゃないか?」

「おまけ?」


 マリーはシンの言葉の意味を聞き返そうとしたとき、”おまけ”がやってきた。

 クロエ率いる、レトリー家のメイドたちが、色とりどりのお菓子と飲み物を運んできたのだった。

 それを見て、シンがこれだけの人を集めた手段にマリーは気が付く。


「もしかして、このお菓子でこの人たちを釣ったの?」

「釣ったとは人聞きが悪いな。せっかく、来ていただいたお客さんにおもてなしをするのは礼儀じゃないか?」

「だからと言って、お菓子ありきで、人を集めるなんて」

「保育園がなんなのかわからない俺が、保育園がなんなのかわからない人を集めるのに、これくらいのことをしないとだめだろう」


 そう言って、シンはいたずらっ子のように笑った。

 しかし、明らかに高級そうなお菓子の数々を見てマリーは思った。シンはこれを用意するのにどれだけのお金をかけたのだろうか? そう考えると、今日の説明会を失敗に終わらせるわけにはいかなくなった。

 マリーは気合を入れなおして、シンに感謝の言葉を送る。


「ありがとう、シン。あなたなりに考えてしてくれたのね」

「そ、そうか? 俺はマリーの役に立ったのか。よかった」


 マリーの言葉に、シンは尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに笑った。

 その様子を見たマリーはこれくらい感謝の言葉でのことで、それほど嬉しいのだろうか。まるで、小さな子供が褒められた時のような素直な反応に、マリーはほんわかして、思わず手が出た。


「ええ、ありがとう。シン。私、嬉しいわ」


 マリーは優しい笑顔とともに、自分よりも背の高いシンの頭を優しくなでた。上手にお手伝いができた子供にするように。

 そこで、マリーははっと気が付いた。保育士だった真理まりの感覚で、シンをなでてしまった。シンが怒っていないか、心配になり、シンの顔を見ると、真っ赤になって照れている。


「あ、ごめんなさい。じゃあ、私、保育園の説明してくるわね」

「あ、ああ。わかった」


 マリーはシンとの間の微妙な空気が気になったが、気を取り直して、保護者達の前に立った。

 普段では見られないお菓子と話に夢中になっている保護者達の前にマリーが出ると、一種の緊張感を含んだ空気がその場を支配した。

 人間がなぜこの場にいるのか? そんな視線がマリーを射抜く。

 しかし、伯爵令嬢として数々の人の前に立った経験がマリーを奮い立たせる。

 品の良く、それでいて簡素で動きやすい服を着たマリーは、ママたちが見える位置に移動する。

 そして静かに、それでいて優雅に一つ会釈をすると、マリーはよく通る声で自己紹介を始めた。


「シンの友人のマリー・アーネットと申します。縁あって、この街で保育園を開きたいと考えております。まず、保育園について説明させていただきます」


 そう言って、説明し始めたマリーの話は、ママたちに届いていないようだった。見知らぬ人間が、聞いたこともないことを始めようとしているのだ。シンの信頼とお菓子がなければ一人も集まらなかっただろう。

 想定の範囲内だった。

 そして、真面目に聞く人のいない中、一通り説明を終えたマリーはにっこり微笑んだ。


「それでは、しばらくの間、このままご歓談ください。子供たちは、隣の部屋に遊ぶ場所がございますので、そちらへどうぞ」


 マリーはそう言うと、クロエに目で合図した。

 次のステップへ。

 クロエは軽く会釈をして答えると、子供たちを隣の部屋へ連れて行った。

 それを見届けて、マリーはママたちの輪に入ろうと、しばらく様子を見ていたが、ママたちはマリーに関心を寄せなかった。

 その代わり、歓談しをしているママたちにうまく溶け込んでいたのはシンだった。

 話題を上手くつかみ、広げてママたちの話を引き出し、自然と聞き手に回り、ママたちの輪に入り込んでいた。

 そんなシンを見て、マリーはその場をシンに任せることにした。

 そしてマリーは、予定通り子供たちがクロエに連れられて移動した元ダンスホールに入る。

 そこには、いろいろな子供たちが遊んでいた。ダンスホールに置かれた遊具で遊んでいる子、とりあえず走り回る子、どうしたらいいかわからず、おどおどしている子など様々である。

 そんな子供たちに、マリーは最大最上の笑顔を見せて、優しく元気よく話しかけた。


「みんな、私はマリー、マリー先生って呼んでね。今日はママたちの用事が終わるまで、マリー先生と一緒に遊びましょう」

「マリー先生?」


 羊の獣人らしい可愛らしい女の子が、不思議そうにマリーに尋ねた。

 マリーは、その真っ白な巻き毛の羊獣人の女の子に近寄ると、かがんで目線を合わせて、ほほ笑んだ。


「そうよ。マリー先生よ。あなたのお名前は?」

「あたしはウル、それで、この子がトリノ。あたしたち仲良しなの」


 そう言ってウルが、手をつないでいる鳥の獣人の男の子を紹介してくれた。

 トリノはちょっと恥ずかしそうに、うなずいた。


「ウルちゃんに、トリノくんね。二人ともいい名前だね。じゃあ、何して遊ぶ?」

「ウル、お姫様ごっこがしたい! ウルがお姫様で、トリノが王子様。マリー先生が魔王ね」

「先生、魔王なの?」

「そう、マリー先生が魔王で、ウルを誘拐するの」

「わかったわ」

 

 そう言うと、マリーはウルをそっと抱きかかえた。幼児特有の高い体温が体に伝わり、羊獣人だからか、その真っ白な巻き毛はしっとりとしている。やわらかい肌はすべすべで、ずっと抱きしめていたくなる。

 そんなウルを落とさないようにぎゅっと抱きしめると、マリーは高らかと笑った。


「私の名は魔王マリー! お前たちのウル姫は私がいただいた! 返して欲しければ、私を倒してみろ」


 そう言うと、室内用の滑り台に移動して、その踊り場にウルをそっと下した。その時から、滑り台は魔王城になったのだった。

 ウルはマリーの意図を理解したように、目をキラキラしながら、助けを求めた。


「きゃー、誰かたすけて~」

「ははは、姫よ、こんなところで叫んでも誰も助けは来ないぞ」


 ウルとマリーがそう言うと、トリノがマリーの所にとことことやってきた。紙でできた剣を手にして。


「魔王め、姫を返せ」

「姫が欲しければ、私を倒してみろ!」

「とりゃ~」


 マリーの言葉にトリノが切りかかった。

 普通であれば、このまま切られてしまって、トリノがウルを助けて、ごっこ遊びはおしまいとなるはずだが、マリーには一つの考えがあった。

 マリーはトリノの聖剣を華麗に避けると、トリノを捕まえて、親方ご自慢の柔らかな床に優しく転がした。

 やられてくれるものだと思い込んでいたトリノは何が起こったかわからず、泣きそうになる。


「ふふふ、私は魔王だぞ、王子一人だけで、倒せないぞ」

「そんな……」

「王子は仲間がいないのか? ははは、これではいつまでたっても姫は私の物だ」


 そう言って、悪役令嬢改め魔王のマリーは高笑いする。

 その言葉を聞いて、ウルはマリーの意図に気が付いた。


「誰か、トリノと協力して、魔王を倒して、ウルを助けて~」


 魔王の住処、滑り台の魔王城に囚われたウル姫は、マリーたちのごっこ遊びを見ていたほかの子供たちに呼びかけた。

 それは、ごっこ遊びに混ざりたくても、きっかけがなく、見ているだけしかできなかった子供たちの心に響いた。


「ボクは、勇者ライアン! 王子、手助けするよ」

「あたしは魔法使いコラット、あたしも手伝うわ」


 犬獣人のライアンや猫獣人のコラットが名乗りを上げると、ほかの幼児たちも次々名乗りを上げて、マリーに襲い掛かった。

 マリーは襲い掛かるじゃれてくる子供たちにもみくちゃにされながら、大の字になって倒れると、ウルが滑り台を滑って降りてくる。


「ありがとう、王子様。お礼に結婚しましょう」


 そうして、お姫さまと王子は永遠に仲良く結ばれました。

 そして、マリーは立ち上がると、幼児たちに言った。


「さあ、まだまだ遊ぶわよー」

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