第5話
それから数日が過ぎた。
最初に感じた不思議な感覚はあれ以来一切無く、俺は彼女が来る前と何ら変わらない日々を過ごしていた。
けれど彼女自身はそれはもう大変な事になっていた。
その理由は彼女の見目の麗しさとその能力だ。その人形のように整った美しさだけでも学校中で話題になるレベルだというのに、見た目だけでは無く勉強も運動も凄まじく出来る完璧超人であるという事がこの数日で明らかとなってしまったのだ。
そしてその完璧超人と言われている中でも特に話題となっているのは彼女の運動能力だ。体育の授業の中で行われた為非公式だが、短距離走では高校生の記録を難なく更新し、長距離走では走り終わっても全く息を切らさず平然としていた。
そんな話が生徒達を通して次々と伝播していき恐るべき速度で学校中に広がっていった。その結果、それを聞いた者達が彼女に対して行った事は、まさに争奪戦とでも言うべき凄まじい数の勧誘だった。
あらゆる運動部がこぞって彼女を引き入れようと必死になっていた。それはそうだろう、足が速く体力お化けで何でもこなし、更には超が付く美人。誰だってそんな逸材欲しいに決まっている。
そうして勧誘して来た運動部の中で特に目立っていたのは陸上部だ。陸上部の人達の勧誘は常軌を逸していた。ちょっとした休み時間でさえこの教室までやって来ては陸上部に入らないかと勧誘を始めるのだ。そしてその時の彼らの必死さは、勧誘の邪魔をしたらそれこそ殺されるんじゃないかと思うくらいの形相だった。
「ごめんなさい、とても大切な用事があるので入る事は出来ません」
しかし彼女はそんな勧誘をものともせず、その定型文のような返事で全てを断り続けた。彼らがどれだけ必死になろうとも、終に彼女が首を縦に振る事は無かった。
そしてそれを近くで見ていた俺は、あれだけの勧誘を一言で綺麗に断ってしまう彼女の『大切な事』という理由が気になってしまった。だから俺は彼女の周囲から人がいなくなった瞬間を見計らってその大切な用事とやらを聞いてみる事にした。
「ねぇ桐辻さん」
「切華です」
「えっ?」
「ちゃんと切華って呼んでください護仁くん」
「いやでも」
「呼んでください」
「切華……さん」
「むぅ……。でも私も護仁くんと呼んでいますし今はそれで良しとしましょう。それでどうしましたか護仁くん?」
「あ、いやえっと……どうして断り続けてるのかなって」
「その事ですか」
「だってほら桐辻……切華さんは物凄い運動できるし」
「もっと大切な事があるからです。私はその大切な事に時間を使いたいんです」
「その大切な事ってさ、どんな事なのかを人にというか俺に教えてもらえることって……?」
それを聞いた彼女は少しだけ悩むそぶりを見せたがすぐに口を開いた。
「いいですよ?」
「えっいいの?」
「はい、護仁くん限定になりますけど」
「え?」
またも想定外の言葉が飛んで来た。俺限定とは一体どういう事なのか。
「他の誰にも教える事は出来ません。私にとってとても大切な事なので教えてあげられるのは護仁くんだけです。それでも―――」
そこまで言って彼女は、少しだけ悪戯をする子供のような笑みを浮かべる。
「聞きたいですか?」
彼女は俺に顔を近づけてじっと見つめて来る。
「えっと、何で俺限定なの?」
「何でだと思いますか?」
「何でだと……何でだろう?」
俺の言葉に彼女はクスクスと笑うと、近づけていた顔を離す。そして微笑みながらとても嬉しそうに言った。
「ならやっぱりまだ教えませんっ」
「えぇ?」
「ちゃんと思い出してくださいね?」
「……思い出す?」
「うふふ」
意味が分からない。思い出すという事は、その大切な事とやらに俺が関わっているという事だろうか?もし仮にそうだとすると、俺は彼女とですでに何処かで出会っていたのだろうか?それとも何か別の大切な―――。
「そうでした、すっかり言い忘れていました」
考え込んでいた俺は思考を中断して彼女の方を見た。
「私も貴方のこと大好きですよ、護仁くん」
彼女は俺にだけ聞こえる小さな声で、とても嬉しそうにそう言った。
その時の彼女の笑顔と言葉は、頭の中を真っ白に染め上げてしまう程の強い衝撃を俺に与えた。
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