桐辻切華は強すぎる。

もすまっく

第1話 第一章 プロローグ

「いてっあっぶなっ!……困ったなぁ、みんなとはぐれちゃったよ」


 すでに日が落ちている時間帯にも関わらず、辺りは出店の照明や街灯の明かりによって照らされ、その賑わいを鮮明にさせていた。


 普段は着ない浴衣などを着て歩く人達。彼らはとても楽しそうな表情をしながら練り歩いている。その場にいるみんなが、その特別な空間を楽しんでいる様だった。


 自分よりも大きい大人が沢山いるこの場所では、まだ小学生である僕は少しぶつかるだけで倒れそうになってしまう。


「さっきの所に戻ろうにもこの人込みじゃ戻れないよ……どうしよう」


 翔太達と一緒に来たのはいいが、まさかこうも早くはぐれる事になるとは思ってもみなかった。


「とりあえずこのまま流れに任せて進もう」


 そう一人呟きながら、僕は練り歩く沢山の人の流れに身を任せる事にした。途中横に避けられるところがあればそこに避ければいいと思ったから。


「おっ、そこなら避けられそう」


 想定していた通り、流れに身を任せて歩いているとすぐに横道が見えて来た。僕はその横道に視線を固定させ、近くまで進んだ所でタイミングを見計らって脱出した。


「ふぅーー良かったー。取り合えずこのまま戻れそうな道を―――」


 上手く人の群れから脱出し、みんなとはぐれた場所へ戻れそうな道を探そうとした時だった。


 一瞬、何か光るものが目に入った気がした。なんだろうと思い、一瞬だったその光の方を注視しながらゆっくりと近づいて行く。


「この辺だったような気が―――あ、あった」


 一瞬光ったように見えたそれは、玩具と呼ぶにはどこか高級過ぎるような雰囲気を醸し出している指輪だった。


「こんなところに指輪?玩具……っていう感じじゃないなこれ。でもちゃんとした指輪ってそんな簡単に外れるようなものじゃないし……もしかして誰かネックレスにしてたやつを落としちゃったとか?」


 少しの時間考え込んでいた僕は指輪から目を離し、賑わっている大通りの方へと向ける。そこにはさっき抜け出した時と変わらず沢山の人が歩いているのが見えた。


「見つかるわけ……ないよなぁ」


 そう思い再び指輪へと視線を戻したその時だった。


 ゾクリ、と全身の毛が逆立つような感覚と共に悪寒が走る。


(な、なんだ?えっ?なんで?体が動かない!?)


 突然襲って来たその感覚は混乱と焦りをもたらし、そしてそれが恐怖を生んだ。


(何なんだよっ!何で動かないんだよっ!何で―――!!)


 指輪を手にしたまま僕の体は完全に硬直してしまっており、指先一つ動かす事が出来ない。押し寄せて来る不安や恐怖という感情に支配された僕は、半ば発狂寸前の状態だった。


 そしてそんな状態の僕の耳に一つの音が届けられる。


 ――――――コツ。


(今……何か……?)


 ――――――コツ、コツ。


 全身に走る悪寒と体を動かす事が出来ないという恐怖。そこへ追い打ちをかけるかのように聞こえて来る硬質な音。それは何者かの足音だった。


 見てはいけない、なぜかそう思ってしまうが僕の視線は足音のする正面の暗闇へと固定されている。


 ――――――コツ、コツ。


 ―――コツン。



 近づいて来る足音。その足音が近づくにつれ徐々に現していったその姿。


 僕はその姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になり息をする事も忘れていた。


 恐怖で震え体を動かす事が出来ない僕の前に現れたのは――――――。





「なぁ護仁もりひと!お前も行くよな!?」


 朝に学校に着いてから自分の席で本を読んでいると、突然大きな声でそんな事を聞かれた。僕が本から視線を上げて声がした方へ顔を向けると、そこにはいつも一緒に遊んでいる友達の一人である翔太が立っていた。どうやら今登校して来たらしい。


「なんだ翔太か、おはよう。それで行くってどこに?」

「そんなのお祭りに決まってるじゃん!」

「あそっか、今日だったっけ」

「そうだよ!」

「他のみんなも行くの?」

「そりゃもちろん」

「それなら行こうかな」

「よーっし!じゃあ今日学校終わったらいつものとこに集合な!」

「おっけー」


 普段は眠そうな顔をしている割合が多いクラスのみんなだけれど今日は違う。みんながどこか浮ついているのがその表情や雰囲気で伝わって来る。


 その理由はもちろんさっき翔太が言った通り、今日は毎年行われる町内会のお祭りがある日だからだ。お祭りという事で少し遠出してまで来る人達がいることもあり、結構な規模のお祭りとして有名になっている。


 いつものようにいつもの場所で、沢山の人が集まって賑わうお祭り。


 けれど、この日のお祭りはいつもと違っていた。


 なぜならこの日、このお祭りでの出会いが僕の人生を大きく変える出来事となってしまったからだ。

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