episode36 ヴァイル大災害
「え……? 世界が……破滅……?」
あまりの衝撃に、開いた口が塞がらなかった。
それはエレナも、キアラルも同じだった。
「カ、カーレリア様! 世界が破滅って、どういうことなの!?」
「いったい何が起きるんですか!」
「まあまあ、落ち着きなさい。」
カーレリア様の言葉に、エレナは気持ちを抑えて深呼吸し、
キアラルはそわそわしながらも、言葉を飲み込んだ。
僕たちが落ち着いた様子になるのを見て、カーレリア様はゆっくり口を開いた。
「……1か月後、魔神が復活し、魔物たちが一気に活性化するわ。」
「魔神……」
キアラルが呟き、考え込むように口元に手を当てる。
キアラルには、似たような過去があった。
それは実際にはただの魔物だったが、「神」と名乗っていた山神という存在。
――彼女は、あの一件を思い出していたのだろう。
「魔物は、魔神が生きている限り、生息地を超えて人を襲い、地を腐らせる。
最終的には空気すら汚染され、人が住めなくなる……最悪の大災害よ。」
妙に具体的なそのお告げに、僕の脳裏にある歴史がよみがえる。
「それって……“ヴァイル大災害”…?」
二人が不思議そうに僕を見ると、カーレリア様は深く頷いた。
「ええ。それと同じことが1か月後に起きるわ。」
「エ、エリオス……ヴァイル大災害って……?」
怯えた表情で、キアラルが僕の顔を覗き込んできた。
「本で読んだことがあるんだ。数1000年前に、汚染の魔神ヴァイルが魔族を操って、世界を滅ぼそうとしたって……。
“最悪の年”って、呼ばれてる。」
僕の説明に、キアラルとエレナは息を呑んだ。
カーレリア様は静かに頷き、まるで当時をなぞるように語り出す。
「そう……ヴァイル大災害では、世界の人口が半減し、生き残った人々も汚染地域を避けて暮らすしかなかった。
当時は何千人もの犠牲の上に、ヴァイルを封印したの。でも、その封印がもうすぐ解けるのよ。」
「な、なんで今なんですか……!? あと1か月って……!」
エレナが声を震わせながら叫ぶ。今にもカーレリア様に詰め寄りそうな勢いだ。
「もともと、封印には緩みがあったわ。でも、ある“出来事”が引き金になって、緩みが加速したの。」
「出来事……?」
「……もしかしたらだけど、エリオス。あなたの影響かもしれないわ。」
「ぼ、僕が……?」
カーレリア様が僕の名前を口にした瞬間、エレナが反射的に僕の腕を掴んだ。
「エリオス君に、何の関係があるんですか!?」
カーレリア様は一度息を整えてから、静かに語り始めた。
「あなたに神の加護を与えてから、封印の緩みが急激に進んだの。……もしかしたら、ヴァイルはあなたの命を狙っているのかもしれない。」
「僕の……命……?」
胸の奥がぞわりと冷える。
過去の大災害を起こした魔神が、自分を狙っている――そう思うと、全身が震えた。
「そ、そんな……!」
キアラルが思わず僕の袖を掴む。その小さな手が、かすかに震えていた。
魔神――それは、ただの強敵ではない。
魔神かぶれの魔族とは格が違う存在。
何千人もの命を奪った相手に、立ち向かわなければならないだなんて……。
頭が真っ白になる。現実味がなくて、ただ、怖かった。
そのとき、エレナが僕の手を握った。
「大丈夫、エリオス君。あなたは一人じゃない。私たちがいるでしょ。」
「エレナ……」
彼女の手はとても暖かかった。そのぬくもりが、震える心を少しだけ鎮めてくれる。
続けてキアラルも、二人の手にそっと自分の手を重ねて、微笑んだ。
「私も、怖いけど……エリオスを一人にはできないから。」
「キアラル……」
二人のぬくもりが、確かにそこにあった。
まだ怖い。だけど、二人とも……立ち向かう覚悟を決めていた。
僕が逃げれば、世界は滅びる。
重すぎる責任とプレッシャー。でも、それでも――守らなければならない。
「……やります。この世界を、守ります。」
「……そうこなくっちゃ!」
カーレリア様は真剣な顔から一転して、嬉しそうに微笑んだ。
加護を与えたとはいえ、彼女にとって僕は元・一般人。
引き受けさせることに、きっと葛藤もあったのだろう。
「でも、これからどうすればいいんですか? 今の僕じゃ、勝てる見込みなんて……」
カーレリア様はその言葉に再び表情を引き締め、静かに告げた。
「エリオス。この1か月で、神の加護を増幅させるわ。」
「神の加護の増幅……?」
「ええ。もう“控えなさい”なんて言わない。むしろ、もっと使いなさい。そして、それを完全に自分の力にしなさい。」
それを聞いて、僕は久しぶりに神の加護を使ってみることにした。
「【
――白銀の光が手のひらに集まり、やがて一本の剣を形作る。
久々に呼び出したはずなのに、その輝きも、手に馴染む重みも鮮明だった。
横を見ると、エレナは目を見開き、キアラルはうんうんと頷いていた。
そういえば、エレナは加護を見るのは初めてか。キアラルは……もう見慣れてるんだろうな。
僕は剣を構え、覚悟を込めて言った。
「カーレリア様。僕は、ヴァイルに立ち向かいます。たとえ相手が神でも。」
その言葉を聞き、カーレリア様は一瞬顔を輝かせ、次の瞬間、神の威厳を取り戻すように軽く咳払いをして表情を引き締めた。
「ええ。わたくしも、全力であなたをサポートするわ。」
そう言って、カーレリア様は光に包まれ、天へと昇っていった。
カーレリア様が消えていった空は、雲ひとつない快晴だった。
――1か月後に大災害が起きるなんて、誰も思わないだろう。
見上げる僕の隣で、エレナとキアラルが地面に座り込んだ。
「はぁ〜、緊張しましたわ……。でも、油断はできませんね……」
「うん……私は剣しか使えないけど、役に立てるかな……」
疲れた顔で話す二人を見て、僕はそっと微笑んだ。
この世界の命運を託された僕が、不安な顔を見せるわけにはいかない。
「大丈夫。僕が、二人を支える。」
そう言って、僕は二人に向けて手を差し出した。
エレナが小さく息を吸い、僕の手を取る。その指先はまだ少し震えていたが、しっかりとした握力があった。
キアラルもすぐに続き、両手で僕たちの手を包み込むように重ねた。
「うん、一緒に頑張ろうね、エリオス、エレナちゃん。」
僕たちはそのまま、しばらく空を見上げていた。
澄み切った青空が、まるで何も知らないかのように広がっている。
けれど僕たちは、知ってしまった――世界が終わる未来を。
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