第26話 深夜の誓い


 オリヴィアとシオンの密会は深夜にまで続いた。

 そこでシオンは母から幾つもの教えを授かることになる。


「魔術のアイデアはね、そこら中に転がっているのよ。あらゆる物体、現象に代替される魔力には無限の可能性が眠っているのだから。シオンも苦労してきたみたいだけど、その苦労がいつか実を結ぶ時が来るはずよ」


 それは技術的なことだけでなく、心構えのようなものも含めて。

 シオンは母の言葉を真剣な表情で聞いていた。

 今なら怪しい壺でも簡単に売りつけられそうだった。


「『自動型書記タイプ・ライター』と『多重奏アンサンブル』……どちらもとても面白い構想ね。きっとあなたには素質があるわ。宮廷魔術師になる素質が。でもね、そこで働きたいのなら私達は常に考えている必要があるの。この国の、魔術界の未来の姿について」


「未来の姿……ですか」


「魔術はそれを使えない人たちのためにあるべきものだと私は思っているわ。だから、自分よがりな術式や、自分勝手な使い方をする魔術師は許せない。私の作った『超躍』だって物流コスト削減のために着手したところがあるし……でも、あなたならそこも問題はないのかしらね」


 話しながら、オリヴィアはそっと息子の頭を撫でる。


「聞いたわ。レウちゃんやモリアンちゃんを助けるために頑張ったんだってね。貴族としては失格の行動だとしても、人間としては満点よ。私はあなたを誇りに思うわ、シオン」


「────っ」


 シオンにとって母は憧れの存在であった。

 身近に存在する頼れる家族としてではない。

 だからこそ、母から褒められたことはシオンにとって何よりの誉であった。


「でも、魔術師としてはもう一歩。まだまだ力が足りないわ」


「……はい。それも分かっています」


「そう。それじゃあ、シオンはどんな魔術師になりたいの?」


「え?」


「宮廷魔術師という目標は分かっているわ。でも、それはあくまで役職であって本質ではないの。あなたがやりたいこと……宮廷魔術師になって、あなたは何を成し遂げたいの?」


「僕は……」


 ずっと宮廷魔術師を夢見てきたシオンに、すぐに答えは出なかった。

 宮廷魔術師というゴールのため、直近の学園に入学するという目標のためにこれまで努力を続けてきたからだ。


 その目標が叶った後のことは、想像したことがなかった。

 しかし……


「僕は……誰かを守れる魔術師になりたい」


 考えればすぐに答えは出た。


「僕は弱い。魔術師として、未熟に過ぎる」


 シオンは二度、命を失いかけた。

 王都で襲撃されたとき、屋敷で襲撃されたとき。

 そのどちらもシオンは基本的に守られるだけの存在であった。


「大切な人を守れるような……強い魔術師に僕はなりたいっ!」


 自分に力があれば、レウを、モリアンを危険に晒すこともなかった。

 シオンの暮らすこの世界は、危険に満ちている。今日ある命が、明日またある保証もない。そのことを先日の一件からシオンは痛感していた。


 故にシオンはここで戦うための力を求めたのだった。

 シオンの純粋な想いを受け、オリヴィアは、


「そう……」


 どこまでも優しい、笑みを浮かべるのだった。


「あなたならきっとなれるわ。でもね、覚えておいて。誰かを守るということは、自分を守ることよりもずっとずっと大変なことなの。不特定多数の誰かに負けることも許されない。つまり、シオンの目指す魔術師像というのは、世界最強の魔術師ってことになるわ。あなたにその道を目指す勇気があるかしら?」


 純粋すぎるシオンの願いは彼自身の毒にもなりかねない。

 故にオリヴィアはシオンの覚悟を問うた。

 重すぎる問いに、シオンは答える。


「……それでみんなを守れるのなら。是非はない」


 母の目を見つめたまま、真っすぐに。

 この時、シオンの目標がまた一つ増えた。


 強くなる。11歳のシオンは己にそう、誓いを立てるのだった。


 ……その後、二人の密会にどうして自分を呼ばなかったと激怒するモリアンにぼこぼこにされ、道はまだまだ遠そうだと自覚させられはしたが。

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