第23話 影の名を冠する者


「ぐぅ、おあああああッ!?」


 右目を抑え、地面をのたうち回る男。

 体中に突き刺さった破片は、彼の戦闘不能を示していた。


 逃げることも最早不可能だろう。

 戦闘は、終わったのだ。


「よくやったわね。シオン」


 一息ついた様子で弟子を労うモリアン。

 その表情には安堵が浮かんでいた。


「し、死ぬかと思った……!」


「初めての魔術戦でまともに魔術を行使できただけでも合格点よ。それどころか、あなたの魔術が決め手になったのだからむしろあなたの勝利ですらあるわね」


「勝敗なんてどうでもいい。生きてさえいれば……って、そうだ! レウは!?」


 シオンは隣の部屋に移動させられたレウの身を案じるが、隣のモリアンにはまったく焦る様子がない。


「え、シオン、もしかして獣人のこと何も知らなかったりするの……?」


「なに? どういう意味だ。いや、それより早くレウを助けに……」


「だーかーらー、こと戦闘において助けなんていらないのよ。あっちの男も魔術師みたいだったけど、低級の身体強化魔術しか使えないみたいだったし」


「いやいや! 壁をぶち抜いてたんだぞ!? どう見てもヤバい奴だろ!」


「それはあの子も一緒よ。あ……ほらね?」


 モリアンの視線の先で、粉塵の中からレウが現れる。

 その全身は真っ赤な血に染まっていた。


「レウ!?」


「おー、シオン様! 見ろ! レウが勝ったぞ! ぶい!」


「え? 勝った? だが、その傷は……」


「これか? これはぜんぶアイツの血だぞ。なかなか速かったが、レウの方が速かったからな。最初のフイウチ以外は全部避けられたぞ。まあ……」


 のんびり会話するレウの背後で、大男が立ち上がる。

 男は背後からレウに向けて、その丸太のような腕を振り下ろす。


「──レウッ!」


 危険を知らせるシオンの声が届くよりも前に、レウは動き始めていた。

 ドゴッッッ!!! とレウの足元の床に亀裂が入る程の一撃を、レウは片手で受け止めていた。


「……まあ、避ける必要もなかったんだけどな!」


 攻撃を止められた男が膝蹴りをレウに放つ。

 が、その直後にレウは前蹴りで男の膝を打ち抜いた。


 後に動いたレウの攻撃の方が先に男に届いていた。

 それどころか、めきゃっという嫌な音と共に男は膝から地面に崩れ落ちる。


「んー、やっぱり手加減するならこっちだな」


 膝をつく男に歩み寄り、レウは拳を男の顔面に叩き込む。

 右フックの要領で放たれた一撃に、男は冗談のように吹き飛ばされる。

 まるで風系統の魔術を使って移動させたかのような不自然な動きだった。


「レウ、お前魔術師だったのか……」


「あい?」


「確かにそう見えるほど理不尽な身体能力だけど魔力すら使ってないわよ、あれ」


「……マジ?」


「獣人は身体能力が高いのよ。常識を軽く飛び越えるくらいにね。帝国で生まれた魔術師はまず戦闘訓練でこう教わるわ。獣人とは一対一で戦うな、ってね」


「…………」


「気難しい種族だから簡単に仲間にもなれないし……良い護衛を雇ったわね」


「おう、レウは優秀な護衛だぞ! 褒めてくれ! シオン様!」


 戦いが終わり、シオンの元に跳んできたレウは返り血なのか地毛なのか判断つかない紅色の髪を主人の手に押し付けてよしよしを要求する。

 むしろ自分から頭を振ってよしよしされにいっているくらいだ。


「……なんにせよ、二人とも無事でよかった」


「シオン様もな! なんとかセツジョクは果たせたぞ!」


「雪辱ってなにそれ? 私の知らない話?」


「師匠、気になるかもしれないがその話は後にしてくれ。敵はこの二人とも限らない。警戒を続けよう」


「それもそうね……って、あれ?」


 自らの油断を恥じ、周囲を確認したモリアンが最初にその異変に気付いた。


「さっきの爆発男……どこ行ったの?」


「え?」


「あい?」


 釣られてシオンとレウも周囲を見渡すが、先ほどまでのたうち回っていた男の姿が消えていた。


「バカな! あの傷で動けるはずが……」


「──シオン!」


 モリアンの声に、振り向くシオン。

 先ほどレウに敗北したタンク、その傍らに一人の男が立っていた。


「……まさかこの分隊がやられるとはな」


「────!」


 それはまるで不吉そのものが立っているかのような、不気味な印象の男だった。


「お前、この男たちの仲間か……?」


「ん? ああ、仲間……か、広義で言うならそうなるだろうな」


 もったい付けた様子で喋る男はそこで初めてシオンを見た。

 深い奈落を思わせる、真っ黒な瞳だった。


「お前がシオンか」


「……なぜ僕の名を知っている」


「因縁とは面白いものだな。どれだけ振り払ったつもりでも、後から後からまとわりついてくる。断ち切れぬ因果を人は運命と呼ぶのかもしれないな」


 シオンの疑問には答えず、男は倒れているタンクに手を触れた。


「運命が導くなら、また会うこともあるだろう。因縁は今、生まれた」


「待て! お前、何をするつもりだ!」


「逃げるのだよ。我々は盗賊であって人殺しではない。見つかった時点で撤退が基本だというのにこいつらは……後で教育してやらないとな」


 語る男の足元に浮かぶ魔法陣。

 その術式にシオンは見覚えがあった。


「私のことは……そうだな、シャドウとでも呼んでくれ」


「っ……! 待て!」


「また会おう。英雄の息子よ」


 シオンが術式を完成させるよりも前に、シャドウの術式が完成する。


「──『超躍ジャンプ』」


 音もなく、一瞬でタンクと共に姿を消すシャドウ。

 彼が使った術式は間違いなく……


 ──シオンの母、オリヴィア・ロス・シルフィードの持つ術式であった。

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