第3話

 「お父様、私、婚約破棄されそうです」

 気分はもう解消→破棄。


 ぶほっと何か吹いたわ。お父様、汚い。


「ああ~フルール、何があったのかな?」


 お父様は私と話してるのに、何故かシリルに目配せした。人と話すときには目を見るものと、私に教えたのはお父様よ。


「エドワード様が他の女人に心を移されて、それで私をお捨てになるらしいの」


 お父様がシリルに目配せする。

 お父様、私とお話ししてるんですけど!


「ああ~フルール、それはどうしてかな?」


「今日、図書室で愛の告白を受けているのを見たのです」

 ね?とシリルに同意を求めると、シリルが俺に振るな的な視線を寄こした。


「ああ~フルール、それでエドワード君はなんと?」

 何故かお父様は、シリルに視線を向けながらお話しになる。お父様、私はこちらよ。


「私の事は、彼女が思うほどには嫌いではないそうです」

「彼女とは?」

「ウイリアム商会の御息女ですわ」


 キャロライナ嬢は、王都で人気の商会の子女だ。平民ではあるが、貴族と対等の勢力を誇るのが彼女の生家だ。

 甘く可憐な見目が男子に人気のキャロライナ嬢。名前まで甘いって、何それ。


「だからといって、破棄とは些か大袈裟では……」

「お父様。お父様は何も解ってらっしゃらない」


へ?と目をしばたかせたお父様に続けて言う。


「甘く可憐な御令嬢に、愛を囁かれて靡かないなんて殿方はいないのです」


 そうなのか?と、お父様がシリルを見る。ですから私はこちらです!


 そうなんです!

 巷で話題の小説も、令嬢たちに人気の演劇も。甘く可憐な御令嬢の愛の囁きは最強なんです!


 そうなのか?という風に、お父様がシリルを見る。ですから、お父様、私はこちらです!


 何だか有耶無耶に誤魔化された会話が終わり晩餐も終わった。


 部屋まで戻りながら、シリルと並んで歩く。


「こら、お前、俺を巻き込むな」


 シリルがうんざりしたと言わんばかりに顔をしかめた。


「貴方が勝手に巻き込まれてるのでしょう?私は何もしてないわ」


 ふん!と顎を上げてすたすた歩く。そのままシリルを放ってとっとと部屋に戻った。



 独りきりの部屋にいて、ベッドに入って目を瞑る。途端に二人の姿が瞼に浮かんだ。

 黄昏時の図書室の窓辺。そこに佇む二つの影。

 フルールは図書室の窓辺が嫌いになりそうだった。もう夕暮れ時には、あの窓辺には近づくことはしたくない。それくらいには嫌になった。


 思い出すのは貴方のこと。

 艶のある黒髪。くるくるうねる癖のある貴方の艷やかな黒い髪。


 真っ青な瞳。サファイアよりも綺麗な貴方の澄んだ蒼い瞳。


 スラリと伸びた長い脚。伸びやかで靭やかな身体。細身なのに剣を持つと力強い立回りが超絶かっこいい貴方の体躯。


 笑った時に薄っすら浮かぶ笑窪が好き。

 時折なぜだか、ほんのちょっと上目遣いになるのも好き。


 はああ、好き、好き、大好き、全部好き。

 哀しいくらい、貴方のことが好きなの。


 だからお別れはお手柔らかにお願いしたい。ちょっとの間は、物陰から貴方を覗くくらいは許してほしい。


 貴方が心から愛する人がいるのなら、貴方が幸せになれるなら、私、きっと貴方を手放せるわ。


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