偶然なんてそんなもの
雨之宵闇
第1話
何故かしら。
何故みんな秘めた話を図書室でするのかしら。
巷で話題の小説も、令嬢達に人気の演劇も。
コソコソ話しの現場は図書室って、それ相場なの?
図書室は「私語厳禁」よ。お話は外でして欲しいわ。特に、こんな話。
こんな偶然ってある?
放課後の図書室で、書架と書架の間から見つけてしまった二人の影。
目の前の男をよく知っている。
緩くうねった艷やかな黒髪。
スラリと伸びた長い手足。剣を握れば靭やかな体躯なのを知っている。
その立ち姿でわかってしまう。
だって彼は私の婚約者だもの。
暮れなずむ夕暮れ時の図書室で、窓辺に佇み向かい合う二人。貴方の蒼いその瞳には、今は私ではない女学生が映っている。
冷たい汗が背中を伝って、動きたいのに動けない。
「エドワード様、貴方のことが好きなのよ。婚約者がいることは知っているわ。でも、貴方、彼女のことはそれほど好きでもないでしょう?」
なんて直球! 胸が痛い。
「ご好意をありがとう。でも、彼女のことは君が思うような気持ちではないよ」
知ってるわ、そんなこと。
うっ、と胸に手を当て衝撃を受け止めていたところで、
「何やってんだよ、行くぞ」と耳元で囁く声の主に手を引かれた。
それからは、足音を立てないようにそっとその場を離れて図書室を出た。
何故、私が気を遣わなきゃいけないの!?
怒りなのか哀しみなのか、名前のわからない感情が湧いたけれど、それも長くは続かなかった。心がすっかり萎んでしまった。
「シリル、私どうやら婚約を解消されそうだわ」
あの場から私を連れ出した青年に言う。
「あんまり気にすんなよ」
それって、全然慰めになっていない。
「あの可憐な子、最近よくすれ違ってたのよね」
「お前の事観察してたんじゃない?」
そうよね、きっと。
はぁぁ。空を見上げてつい大きな溜め息を吐いた。そうでもしないと涙が溢れて零れちゃう。
「好きだったのよ」
シリルは何も言わない。だって知っているのだもの。
「婚約が解消されたら、貴方には迷惑を掛けてしまうわね」
「え、何で?」
「だって、貴方、私が嫁いで家を出るから養子に来たんじゃない。私の婚約がなくなれば、貴方、実家に帰るのよ」
「何それ、俺出戻り!?」
当たり前の事じゃない。
図書室を出て、そのまま校舎から出たところの花壇のベンチで、やいのやいのとどうしようもない会話をしていると、
「フルール」
出た、浮気男。悔しいけれど、哀しくなるほど好きな
「こんな処に居たんだ、探したよ」
どの口が言う。
もしそれが本当なら、貴方の捜索時間は世界最短ね!
「帰ろうか」
エドワードは律儀だ。
婚約者の務めとして、毎朝毎夕送り迎えを欠かさない。
けれど今日は、
「ごめんなさい。今日はシリルと帰るの」
シリルが、えっ!って顔をする。
顔芸ができないなんて貴族失格よ。
「ふうん」
エドワードは蒼い瞳でシリルを見つめてから、こちらを見た。さっきまで、あの女子学生を映していた瞳で見つめられるのは哀しいことだった。
「そう、残念だな。ではまた明日迎えに行くよ」
嘘つき。残念だなんて心にも無いくせに。
悔しいくらい引き際まで鮮やかな婚約の背中を見送った。
「俺を巻き込むな」
シリルが苦い顔で言う。
「貴方、家族なんだから良いじゃない。それにどの顔をして一緒に帰れと言うの?」
「そのままの顔でいいんじゃない?」
「貴方ってホント乙女心がわからない人ね」
結局それからシリルと一緒に馬車で帰った。ぷりぷりしているうちに邸が近くなる。
「ああ、憂鬱」
でも言わなくちゃ。お父様に、この大切な話を打ち明けなければならない。
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