代理自殺制度

@Linzofod

第1話 死は善意に包まれて

 四月一日。年度初めの晴れた朝だった。


 東京都庁第二庁舎十六階。窓際に設けられたカウンタースペースに、女性職員がひとり立っていた。名前は日向真帆(ひなた・まほ)。都の「代理自殺支援課」で三年目を迎える事務官だ。


 コーヒー片手に、真帆はぼんやりと下の通りを見下ろしていた。遠くの交差点に花束とロウソクが置かれているのが見える。つい昨日、あの場所で一人の若者が「代理死の儀式」を終えたばかりだった。


 ――死んだのは、十七歳の少年。


 依頼主は、三十五歳の女性だった。死にたくても自分では死ねないという、典型的な「間接型申請者」。

 少年は「誰かの代わりに死ねるなら意味がある」と言っていた。それが本心だったかどうかは、誰にもわからない。


 「……善意で殺し合ってるだけよね」


 思わず口にしたその言葉を、自分でも嫌悪する。けれど、それがこの制度の正体だ。

 「代理自殺制度」――正式名称は《特別生命処理支援法》。申請者と代理人が互いに合意のうえで、第三者の死を通じて自己の生命を処理するという、世界的にも前例のない制度。


 導入されて五年。貧困層と若年層を中心に急速に拡大した。


 制度が導入されて以来、自殺件数は劇的に減少した。その裏で、年間四千人以上の“代理人”が死亡している。


 彼らは、自ら「命を売った」のだ。


 


「日向さん。次の面談、来てます」


 同僚の若い男性職員が声をかけてきた。真帆はカップを捨て、データパッドを手に取った。


「申請者?」


「いえ、代理希望です。若い男の子、初登録」


「了解。カウンセリング室Cで」


 


 数分後。真帆がカウンセリング室に入ると、そこには制服姿の少年が座っていた。まだ未成年に見える。


 黒髪はボサボサで、足元は汚れたスニーカー。見るからに家庭環境は芳しくない。真帆の脳裏で、過去の何人もの“代理志願者”の顔が重なる。


「こんにちは。お名前、聞いてもいい?」


 少年は人懐っこい笑みを浮かべて、言った。


 


「岸本響(きしもと・ひびき)です。死ぬ気満々です、よろしくお願いします」


 


 その言葉に、真帆の指先がわずかに震えた。


 彼の目は、笑っていなかった。

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