森の隠れ家に転移したので、宝石クラフトを楽しみながらモフモフ猫とスローライフを送ります

色石ひかる

第1部 オパール

1_森の隠れ家

第1話 おばあちゃんと指輪

「うそ! おばあちゃんは異世界の魔法使いだったの?」


 カミングアウトしてきた、おばあちゃんの思念体へ聞き返す。5分くらい前に、おばあちゃんの形見であるオパールの指輪を身につけたら、30cmくらいの姿でおばあちゃんの思念体が出現した。


『その通りよ。遊美奈が生まれて21年になるけれど、いつ告白しようかと悩んでいたら事故に巻き込まれてしまった。最後の力を振り絞って、この指輪へ思念を送ったけれど、私が話せられる時間も限られているわ』


 小さいころに両親が亡くなってから私を育ててくれた、おじいちゃんとおばあちゃん。別れの挨拶ができなかったけれど、おばあちゃんには別れの挨拶ができた。そのときにおばあちゃんがカミングアウトしてきた。


「もっといっぱいおばあちゃんと話したい。異世界の魔法使いには今も驚いているけれど、指輪から出てきたおばあちゃんを見れば納得できるかな。このまま指輪に留まることはできないの?」


 過去のおばあちゃんは、元気でやさしい普通のおばあちゃんだった。だから事故でふたりが亡くなった時はおどろいて、ずっと泣き続けた。


 田舎暮らしだから農作業をしていて、私もいっぱい手伝った記憶がある。採れた野菜を使って、一緒に料理を作った思い出も懐かしかった。ただ残念なことに食材や料理の知識は増えたけれど、私ひとりでは美味しく食べられる料理は作れなかった。


 私のオパール大好きはおばあちゃんからの影響で、ブラック・オパールが採掘されるオーストラリアのライトニングリッジに、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に何度も旅行した。


 懐かしい記憶を思い出していると、おばあちゃんが話し出す。


『私も遊美奈ともっと一緒にいたいけれど、もうすぐ私は消えてしまう。遊美奈の花嫁姿が見られなくて、ひとりにしてしまったのも心残りだわ』


 おばあちゃんは私の頭を撫でるしぐさをみせた。


 小さいころに私が泣くと頭を撫でてくれて、私の気持ちを楽にしてくれた。私の髪は黒色光沢にほんのり赤みのある黒蝶真珠のようだと、おばあちゃんがいつも言ってくれた。今はセミロングだけれど、光沢を失わないように頑張っている。


「もっとおじいちゃんとおばあちゃんと過ごしたかった」


 ふたりが同時に亡くなるなんて、今でも信じられない。


『空の上からふたりで見守っているわ。でもこれから遊美奈は大丈夫? 仕事が辛いと聞いていたから余計に心配よ』


 おじいちゃんとおばあちゃんを楽にさせたくて、高校卒業後に就職した。けれども予想以上にブラック企業で、細かな作業で疲れ果てるだけの毎日だった。残っているのは給料をつぎ込んだオパールと、手先の器用さだけになった。


 おばあちゃんにはいつでも辞めて構わないと言われたけれど、結局今でも惰性で会社へ通っている。


「おばあちゃん、心配しなくても平気よ。私なら大丈夫」


 これ以上はおばあちゃんに心配をかけたくない。今後の生活に明るい材料は何もないけれど、精いっぱいの笑顔を作ってみせた。


『もし今の生活が辛いのなら、異世界へ行ってみる?』


 一瞬、意味が分からなかった。おばあちゃんの言葉を頭の中で繰り返すと、今度は別の理由で意味が分からなくなった。


「おばあちゃんの故郷に行けるの?」


 半信半疑で聞くと、おばあちゃんが頷いてから口を開いた。


『その通りよ。この指輪には1度だけ異世界へ転移できる魔法が残っているわ。私が覚えた文字や言葉も指輪に残したから、遊美奈は異世界へ行くと同時に覚えられるはずよ。ただ行先は森の中にある隠れ家で、近くに小さな農村があるだけだわ』


 おばあちゃんの故郷へ行けるみたい。文字と言葉の心配がなければ、異世界へ行くのも面白いかもしれない。


「どのような環境でも、おばあちゃんが住んでいた場所を見てみたい」


『今までの田舎暮らしが苦でなければ、きっと大丈夫だわ』


「おじいちゃんとおばあちゃんとの暮らしは楽しかったから、田舎でも平気よ」


 家があって農村があるみたいだから、衣食住は何とかなりそうね。農業ならおじいちゃんとおばあちゃんから教わったので、自給自足も可能かもしれない。


『もし異世界へ行けば遊美奈の好きなものに出会えるわ。ゆっくりと考える時間を与えたいけれど、私が消えると魔法は使えなくなる。すぐにでも判断してほしい』


 私の好きなものとはどういう意味か気になるけれど、あまり時間がないみたい。今の生活は会社と家の往復のみで、恋人もいなくて身内もいなくなった。これからずっとブラック企業で使い捨てられるのなら、見知らぬ土地でゆっくりしたい。


 オパールを買えないのは心残りだけれど、異世界のオパールを集めるという楽しみはできる。さらにおばあちゃんの故郷を知りたい気持ちが大きくなっている。


「異世界へ行ってみたい」


 すぐに結論がでた。おばあちゃんの故郷でスローライフを送る。異世界にはおばあちゃんはいないけれど、おばあちゃんが過ごした軌跡を追うだけでも楽しそう。


『1度行くと、もうこちらへは戻れないけれど大丈夫?』


「おばあちゃんの故郷が見られるのなら平気よ」


 言葉と同時におばあちゃんをじっと見つめた。


『決心は固いみたいだから、私からはもう言わないわ。魔法が完了するとオパールの指輪は遊美奈の体に吸い込まれるけれど、驚かないでほしい』


「おばあちゃんが私の心の中に残ってくれるのね」


 本当は違うけれど、おばあちゃんの思念が宿った指輪だから、私にはおばあちゃんと一緒にいられるような気がした。


『遊美奈を見守っている。最後に隠れ家には私の使い魔がいたけれど、私が亡くなって契約解除となっているわ。それでも金色の猫がいたら大切にしてほしい』


「猫は大好きだから仲良くするね」


 猫と会話はできないけれど、おばあちゃんの知り合いに会えるのは楽しみね。もし使い魔だった猫がいたのなら、モフモフのフワフワと一緒にスローライフを送れるかもしれない。私を歓迎してくれる猫ならうれしい。


『そろそろ時間だわ。いつまでも遊美奈が、幸せに過ごせると願って――』


 最後のほうは、おばあちゃんの言葉が聞き取れなかった。周囲の音が消えて視野も狭くなって、時間が止まったような錯覚に陥った。意識が遠のく中で、おばあちゃんの温かい気持ちだけが最後まで残り続けた。

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