第二節:魔族会議、開幕! 滅ぼす? 守る? それとも育てる!?
魔王エステアの「緊急魔族会議招集命令」により、即座に集められた幹部たち。
会場は魔王城の最上階にある円卓の間──通常、戦争や外交、各種魔界運営に関わる極めて重要な決議の場。
だが、今日の議題は違う。
「まずは本日の議題を確認しましょう。主に“赤子の今後について”となっております、魔王様」
そう最初に口を開いたのは、蒼銀の髪をなびかせた完璧主義の執事、セス。
魔族の中でも希少な龍人で、エステアの右腕として長年使えている。
「えっと……この子、どうする?」
不安そうに赤子を抱いているのは、鮮やかな金髪に後頭部から生えている紅いねじれた2本の角が特徴の美女、魔王エステア。
普段は冷静なのだが、想定外の事があると途端にポンコツ化するのをよく執事のセスに咎められている。
「……んで、魔王様。このお子様、どこから現れたのじゃ?」
鋭い眼光を光らせるのは、モルテ──漆黒のローブを纏い、華奢な身体、長く艶やかな黒髪。見た目こそ幼女だが中身は歴戦のネクロマンサーで、魔界随一の不死人魔導士だ。
「まっっったく不明なの。何の前触れもなく、魔法陣が出現して、その中からぽすん、と」
「……つまり、異世界転生、というやつでは?」
「なにそれ物騒!」
「魔術的痕跡は極めて曖昧です。生体転移の痕があるにはあるが、術者の魔力署名が存在しない。召喚ではなく事故…あるいは意思を伴わぬ跳躍魔法かと」
と、セスが眼鏡を拭きながら語る。
「うーん、じゃあ拾い子って事かのう?それなら育てるしかないのでは?」
「いやいや!そこ雑に決めちゃダメでしょ!?」
「じゃあ滅ぼすか?」
「極端すぎるでしょおおおおおお!!?」
──その時だった。
件の赤子が、モルテの長い黒髪を、くいっ、と掴んだ。
「あっ」
モルテの動きが、完全に止まる。
「あ、あの~?モルテ?」
「……」
「なに黙ってんの?ちょっとこわいよ?」
赤子がキャッキャと笑う。くるくると髪で遊び、指に巻いている。
モルテは、ゆっくりと片膝をついた。
「──はわ……かわい……」
「お、おい!?」
「魔王様」
「な、なによ!?」
「滅ぼせぬ……!この存在、私の死者の軍団をも超える癒しの力…!髪、ぐいってした!我の自慢の黒髪にぐいってしたが……可愛いのじゃ!!!」
「急に愛に目覚めるな!!」
混乱する魔王会議。
そこへ──どすん! と重い足音を響かせて入ってきたのは、鬼人族の近衛師団隊長、リュース。
「会議中に騒がしいぞ……って、子供?」
リュースは無骨な鎧を身に着け、巨体から放たれる威圧感は半端ではない。
かつて魔王エステアに挑み、完膚なきまでに敗北。その強さを認め、以来ずっと部下として仕えている寡黙な豪傑だ。
「リュース。説明するのが面倒だから、セスからどうぞ」
「……ふむ。要約すると、空間転移で突然現れた人間の幼子、出処不明、魔力なし、害意なし。」
リュースはしばし赤子をじっと見つめた。
「──小さいな」
「雑な感想!!」
「これが…緊急招集した原因?」
「リュース!そんなに赤子に近づくな!お前の顔は凶悪なんじゃから泣いてしまったら可愛そうじゃろう!」
「あー…そうだな……」
その言葉に、赤子がリュースの大きな手にぽふっと両手を乗せた。
小さくて温かいその感触に、リュースの眉がぴくりと動く。
「……ふっ」
そして、そのまま黙って赤子の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「お前、案外つえーかもな」
「何に目覚めた!?」
続いて、ふわりと現れたのは、やたら雰囲気のある美青年──いや、美少女──いや、誰だこれ?
「やあ、間に合った? 緊急会議って聞いたから、見に来たんだけど」
アミー。種族はドッペルゲンガー。あらゆる姿になれる能力を持ち、その美貌で人心を掌握する魔界のカリスマ的人物。
彼(彼女?)は、見た目こそ人間に最も近いが、その本質は未定形の存在。多くの者から崇拝されるが、見た目に惹かれて寄ってくる者たちを実は内心で苦々しく思っている。
そう言いながら、アミーは赤子の隣に座り、興味津々で覗き込む。
「……ふぅん。赤ちゃんだから、皆かわいがってるってわけね。どうせ成長したら皆、飽きるのよ。期待しても……」
だがその時、ノクスがアミーに向かって、両手をぱあっと広げた。
「……あ?」
抱っこ、のポーズ。
「………………っ」
アミー、無言で抱き上げる。抱きしめる。
「ふああ……っ」
突然、霧のように変化して、巨大な毛玉のクッションに変わり、赤子をふかふかに包み込む。
「いやなんで変形したの!? 可愛さに飲まれた!? ねえ、アミー!?」
「知らない! なにこれ、もうだめ、好き……」
「そっちも落ちたああああああ!!!」
騒がしくも、どこか温かい空気の中──
唯一冷静だったセスが、最後に言う。
「……つまり、誰もこの子を手放す気はない、ということでしょうか?」
「……そのようね」
エステアはそっと赤子を見下ろす。
マントを掴み、すやすや眠っていた。
「……もう、人里に返すなんて無理だよね」
その声は、小さく、けれど確かに、母の声だった。
──こうして紆余曲折あり、エステアの独断で「ノクス」と名付けられた赤子の魔王城での育児生活が始まるのであった。
魔族の手によって、人間の子が、魔王の膝の上で育てられるという、前代未聞の歴史が、静かに幕を開ける。
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