第30話 白き夢、銀の声

凪は急ぎ足で図書館の中へと戻る。


先ほどのラルドとの邂逅で、まだ落ち着かない心臓を抑えながらも、皆を起こさないように、ゆっくりと自分の寝床に横になった。



「ウィンディア…」


ラルドから呼ばれた名を呟きながら、思考を巡らそうとした凪だったが、疲れが極限まできた為か、眠りに落ちていった―



―――


白い、風の音もしない空間で、凪は目を開いた。



顔を上げると、目の前にオーブのような光が舞っている。


青と緑と白が混ざったような、不思議な色。


まるで地球の色を水彩で溶いたような。そんな淡いオーブが舞っている。


そのオーブの中心に、腰まで届く銀髪を揺らした少女が、祈るように手を組んで立っていた。



悲しそうな、申し訳なさそうな、でも嬉しそうな顔で。


幼く見えるが―凪とあまり歳が変わらないようにも見えた。




凪は、静かに声をかけた。


「貴女は誰なの…?―どうしてここに呼んだの?」



その言葉に、少女は寂しそうに微笑んだ。



その表情に、凪の胸が僅かに痛む。

理由は分からなかった。



私の騎士達…


私のせいで…ごめんなさい…


―でもお願い、あの子達も…止めてあげて




空間に反響するような、細く高く、可憐かれんな声。


途切れ途切れに、凪の耳に届く。



フワッ…


少女の足元から銀色の光が粒子のように舞い上がり、淡く少女が消えていく。



「まって…!まだ…!」


凪は、聞き返そうと口を開き、手を伸ばす。


指先に銀色の光がふれ、弾けた―



「凪!起きてー!!」



翔花の元気な声が、代わりに耳に大きく響いた。


「!!」

「おっと!」


凪は一瞬息が詰まるような感覚に襲われ、ガバッと音を立てて、起き上がった。


顔をのぞき込んでいた翔花がビクッと慌てて避ける。

八重歯をのぞかせて笑いながら、ツンツンと凪の頭を翔花がつつく。


「怖い夢でもみたのー?寝坊だよ凪〜?」


見渡すと、優以外の全員が起きている。


「眠れなかったの?」

灯は首を傾げて尋ねる。


なんと答えようかと迷っていると、優がゆっくりと身体を起こした。


「優…体の調子はどう?」

霞が優のそばに寄り、僅かに眉を寄せる。


「………」


上半身だけを起こした優は、どこを見ているのかぼーっとしている。


「優?やっぱりまだ調子悪い?」

未桜も心配して、優へと近寄る。


ぼそっと呟いた優の言葉に、凪は目を見開いた。



「あの、女の子…」



「えっ?」

霞と未桜が聞き返す。


「優もみたの!?」

凪が思わず声を上げた。


皆が突然の声に、視線を凪へと集める。


「あっ…ごめんつい…」


大声を出してしまったことを凪は詫びつつ、優へと目を向けた。


「あの銀髪の女の子の夢、優もみたんだよね?―なんて、言ってた?」


「凪も?―また、同じ夢見たんや…。ほんと、不思議やね。なんか複雑な顔しとったよ…『私のせいで…』ってそう聞こえた。あと…」


優は怪訝けげんな顔をしながら、続ける。


「『あの子達を止めてあげて』…そう言っとった」


「あの子達?―誰のこと?」

美羽が眉を寄せる。


「わからへん。そこで夢が終わってしもうたから…凪は?」

優は首を振り、凪へと投げかける。


「私も全く同じ。たぶんだけど、『私の騎士達』って言ってたのも、聞こえたよ」


「うーん?それだけだと、よく分からないねー?」

翔花が首を傾げる。


「そうだね…何かのヒントにはなると思うんだけど」

かおるもあごに手を置いて考え込む。


「…それと、さ」

凪がおずおずと声を上げる。


ん?と全員が顔を向けた。


「昨日…その、眠れなくて。夜中に外へ散歩しにいったんだけど…、ラルドに会った、んだ」


「はあっ!?!?」

未桜が前のめりで凪の体の横へ手をついた。

他の皆も驚愕きょうがくしている。



「何1人で危ないことしてんの!!誰か起こしなよ!ケガは!?」

未桜がまくし立てるように、凪へと声を浴びせる。


「だ、大丈夫…!なんかあの人、中途半端に思い出してんなって、怒ってたけど…そのあとすぐ消えたし。それより、ラルドに呼ばれた名前の方が気になってて…」

凪が顔の近い未桜を軽く手で制しながら、答える。


「名前?」

かおるが眉を寄せた。


「うん…私のこと、"ウィンディア"って呼んでた」


「ウィンディア?」


皆が目をパチクリとさせる。


「私も、初めて聞いた名前だと、思うんだけど…妙にざわつくというか…懐かしい…?というか」


「…もしかしたらだけど、回帰した時の名前なのかも」

灯が思いついたように呟く。


「変身したあとの名前ってことー?魔法少女的な?」

翔花が両腕を右斜めに突き出し、首を傾げる。


「それ絶対魔法少女のポーズじゃないやん…」

霞が呆れたように翔花をみて呟く。


「そうじゃなくて…。もしあの姿が前世のものなら、前世の名前なのかしらって…。ただの予想でしかないけど」

灯が肩をすくめて話す。


「でも、それなら懐かしいって凪が思うのもしっくりくるんじゃないー?」

美羽が灯の意見に同意する。


「確かにしっくりくるけど、そうなったらなんでラルドがその名を知ってるんだ?」

かおるが腰に手を当てて、疑問を口にする。



うーーーん。と全員が考えを巡らす中、凪が取り直すように声を上げた。




「ごめん皆…!混乱させちゃって…。とりあえず、昨日言ってた星と花の紋章の場所に行ってみない?」



「―ま、そうだね!行ってみたらなんかあるかもしれないし!歩いていく?結構遠いけど」


未桜は、切り替えてスマホの地図を見る。


「昨日地図を見てて、気付いたんだけどいいかしら」

灯が手を挙げ、スマホ画面を見せる。


「星と花の紋章の場所へは、どの都市からでも交互矢印のワープ門が設立してあって、行けるようになってるみたい。―今の今まで見逃していたけれど」


「ほんとだ!行ったことない都市に行くので頭一杯だったもんねうちら」

翔花がスマホ画面をみて、あはは〜と笑う。


「どこからでも行けるってことは、やっぱこの国の中心やったんやろか」

霞が灯の見せている地図を眺める。


「皆急いで身支度して、この狼の都市からいけるワープ門に行こう。早いほうがいい」

かおるが準備を始めながら、声をかけた。


―――


「あ!ここ…!」

ワープ門を抜けると、真っ直ぐな森の小道があった。


そこを歩いて抜ける8人。

全員、すぐ対応できるように回帰した姿へと変わっている。

目の前に、石畳の広場と枯れた噴水が現れた。


「私が初めて着いた場所だ」

凪が辺りを見回す。

まだ数日前のことなのに、ここに飛ばされた来た時の事が、随分前のことのように感じた。



「なんか懐かしいね!ここで私と凪、会ったもんね!」

翔花もキョロキョロと見回す。


「すごい勢いで走ってきたよね…」

出会いの翔花の勢いを思い出した凪は、苦笑した。



「凄く大きい噴水ね…この周りの広場も」

灯が驚いたように噴水を見る。


広場の中心に噴水があり、石畳の広場は普段見る公園の何倍も広く感じた。


穏やかな風が吹いていて、晴れた空が今はもう誰も眺めることがない噴水を照らしている。



森の奥には、うっすらと白い建物が見えた。



「あそこに見えてるのが、優と霞がいた石柱のあった場所だよ」

凪が指差し、振り返る。


その建物を目指して、8人は歩き始めた。


「ここさ」

かおるが歩きながら呟いた。


「森に囲まれてるっていうより、木とか植物が伸び切った元は庭園みたいな感じしないか?よくみる海外のお城とかにあるような」


「そうね…おおい茂ってはいるけど、本当はちゃんと整備されてたような感じがするわね…」

灯も花壇だったようなレンガの跡を見つけて、呟いた。



しばらく歩いていると、白い石柱の建物が現れた。


白を基調とした石畳と石柱には、ところどころ星と花の紋章が刻まれている。


「神殿…っちゃ神殿みたいだね確かに」

未桜が紋章や石柱をウロウロと見ながら頷く。


「特になにもないような気もするけど…ん?」

石柱やその屋根には植物がまとわりつくように伸び、周りにも草木が茂っている。


かおるが周りの草木をみながら、何かに気づき声を上げた。


「皆、ここにアーチみたいなのがある。ここから別の場所にいけそうだ。ちょっとまってて」


かおるがアーチの周りに深く茂っている草木へ手をかざす。



オレンジ色の光が草木を暖かく包む。


カサッー


草木が意思を持って横に避けるように、アーチの周りから消えた。


よく見えるようになったアーチの奥には、道が続いていた。



「おおー!かおる凄いじゃん!」

美羽が、道がひらけた茂みを覗いて喜ぶ。


「だいぶコントロールできるようになったんやな」

霞もひょこっとアーチから向こうを覗き、かおるを振り返ってわずかに微笑んだ。


「ああ、力を使えば使うほど、なんとなく分かるようになってきたよ。ブランクのあったスポーツが段々身体に馴染んできてるような感じかな」


かおるは自分の手を握って、感覚を確かめているようだ。


「さ!行ってみよう!」

未桜が張り切って歩き出すと、皆もそれに続いた。



―――


「これは…」


目の前にひらけた景色に、あんぐりと口を開ける8人。


「お城…!!」


アーチを抜け、回り込むような道を歩いていくと、突然、視界を遮るものがなくなり、目の前に巨大な城が現れた。



白い壁に雲が薄く映り、外壁や屋根の周りを彩っている銀色の装飾が、太陽の光を鈍く反射している。


8人の目の前には、いかにも頑丈で固く閉まっている巨大な両開きの扉。


城の周りは巨大な壁と樹木でおおわれており、どの都市からも見えなかったのも納得がいく。



美しく巨大であっただろう城は、焦げ跡や、壁が崩れ去った部分が多くあった。

他の都市同様、激しい戦いの跡だと思われるものが残っている。

ほぼ全壊している城の様子は、かつての栄華が崩れ去ったような静寂とした雰囲気だった。


城の天辺には釣り鐘があったのだろうか、痕跡らしきものが見て取れる。


そして城の扉の上、焦げているが大きな星と花の紋章の、その周り。


今まで回ってきた、"7都市の紋章"が"星と花の紋章"をとり囲んでいるのが見てとれた。


全員がやはりこの島は1つの国であり、この城が国の中心部だったのだと確信した。



「さっきの、石柱のあったところとか、庭園のあとって…神殿じゃなくて…裏庭みたいなところだったってことやろか?」


優が存在感に圧倒しながらも考えを口にした。


「確かに…こんなに大きいお城なら、裏庭が大きくても不思議じゃないわね。もしかしたら神殿じゃなくて、ガゼボみたいなところだったのかも」

灯も、腕を組み、顎に手を当てながら、ゆっくりと城を見る。



「この紋章達見てると…なんか凄い圧倒されるわ」


8つの紋章を見上げて、未桜が呟く。


「地図で見て、なんとなく理解はしてたけど…。この城を中心に、全部の都市が円になるように配置されているんだね」

かおるも未桜の隣で見上げる。


「それぞれの都市さ、城下町っていうより、全部雰囲気が違ったよね」

凪も城の大きさを少し下がって観察した。


「おそらくだけれど、広大な国だから、その土地の特性を活かした専門的な都市を作っていたんじゃないかしら」

灯が皆へと推測を述べた。



鉱山の多い山の近くにある鉱山業の都市

海の近くの貿易や商業系の都市

小高い山の広い大地にある工業や科学の都市

穏やかな森に囲まれた農業都市

内陸にあった図書館のある、おそらく学術系の都市

平坦な大地にあるワープ門からすぐ入れる医療都市

雪山に囲まれた、人が入りにくい所にある研究都市



灯の推測は、これまで都市を見てきた全員が納得するものだった。


「そう考えるとさー!めっっちゃ大きいよね、この国!まあ魔法とかワープ門とかあるから、距離とか関係ないのかもだけど」

翔花は腕を大きく円を描くようにして大きさを表していた。


「戦ったような跡もあるし…魔法も科学もあって、国全部が要塞みたいな感じで…。なんかもう壮大すぎて、改めて凄いところにきちゃったって、思うよね」


美羽の少し困ったような笑いとともに漏れた呟きに、皆が無言で同意する。



「このお城…夢の女の子と関係あるんやろか…なんか雰囲気が似てるというか…」

優がぼそっと呟く。


白と銀色の城が、夢の少女を彷彿とさせた。


凪も、城の外観に夢の少女を重ね合わせ、眺めていた。


「ゔーーーん!無理!!開かないっ!!」


未桜の声が聞こえ、優と凪が視線を扉へと移す。


未桜、翔花、美羽、かおる、灯、霞が6人がかりで扉を押していた。


「ちょっ!2人も手伝って〜〜〜!」

翔花の悲鳴が聞こえ、凪と優も慌てて扉へと走る。


全員で押してみても、扉はビクともしなかった。



「はーーー!これは無理だ!どうする?魔法で壊してみる?」

美羽が地面へ座り込みながら、皆を見上げる。


「壊す…あんまり壊したくはないな。こんな綺麗なお城。すでにボロボロだけど、なんとなく」

かおるが首を振る。


「あたしも。それは最終手段にしよ。周りを見て回って、安全に入れる場所ないか探そうか」

未桜が提案すると、霞が城の横にある小路を指差す。


「あっちに、こないだ翔花が言ってた大きい湖があると思う。先に、湖を見るのはどう?」


「いいじゃん!行ってみよ!」

翔花が賛成し、他に案も出なかったため、8人は湖へと歩いていくことにした。


―――


城から歩くこと数十分。


木々が空を覆うように生えた小路を歩いていると、また視界が一気に開けた。


「わあ…!」


キラキラと太陽の光を反射する巨大な湖。

湖の周りには花が咲き、穏やかに風に揺れている。


その様子に全員が歓声をあげた。


「きれーーい!」

「あたしも行くー!」


翔花と美羽が湖へと駆け出す。


これまでの緊張が和らぐような雰囲気に、他の面々もゆっくりと湖へと歩き出した。



サアアアッ


心地良い風が8人の頬を撫で、花の香りと水の匂いが鼻をかすめる。


「いい場所だね…」

「ほんま。ずっとここにいたいくらいやわ」


歩きながら、この場所への不思議な安堵感を口にする。


その時だった。



「えっ!!!!」


美羽と翔花の驚いた声に、一瞬緩んだ空気が張り詰めた。



「ちょっとみんな!こっちきて!早く!!」


美羽が手招きする方へと、残りの6人が走り寄る。



しゃがみ込んで湖面を覗いてる2人の後ろから、他の全員が覗き込んだ。



―湖面には、回帰した8人の姿。


それは何の不思議でもない。


問題は、その湖面が淡く光を帯びていることだった。



「光ってる…!」

凪が声を上げる。


さっきまで、普通の湖に見えたのに。



――ゴーーーーン――


大きい鐘の音が、全員の耳に響いた。


先ほど見た、鳴らないはずの釣り鐘の跡。


その鐘の音が、鳴っているような―


「みんな見て…!」

灯の声に、皆が目をらす。

湖面の光が鐘の音に応えるように強くなった。


途端


湖面から一気に、金と銀の蛍のような粒子がふわああっと舞い上がり始める。


「何なになに!?今度はなにっ!?」

翔花と美羽がお互いを抱きしめて叫ぶ。


「…!!」

後ろの6人も警戒を強めた。


ブワッ!!!


蛍のような粒子が、一斉に8人めがけて向かってくる。


「わあああ!!!」


叫びとともに目をつむる8人。




カッッ!!!!


湖面とその周辺が一気に光に包まれた。



―光が収まると、8人の姿は、忽然こつぜんと消えていた―

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