第26話 幻影を砕いて

―8人からは見えない建造物の影。


そこから都市内部を歩く8人を監視するように見ていた人物。


赤紫の長髪が揺れ、無表情に、しかし狙いを定めるように目を細めた。


ジストは、無言で赤紫の魔法陣を展開する。


「さあ…幻影に惑わされて潰しあうといいわ―どう出るのかしらね」



――ヴァン――



空間が歪む振動が都市の全土へと、響き渡った―




「特に…なにもなさそうだけど…」

未桜は周囲をくまなく見渡しながら、呟く。


「かおる、そっちはどう?」

警戒方向から目を離さずかおるへと呼びかける。


―ガシャン…ッ


「かおる?」


問いかけの変わりに、鎧のきしむような音が耳へと入った。 未桜は思わず、隣にいるはずのかおるへと目を向ける。



かおるがいたはずの場所には、黒い兵隊が剣を構え、立っていた。


「はっ!!?」


咄嗟とっさに剣を構える未桜。


どうしてここに。さっきまで何もいなかったのに。



焦る思考の中、黒い兵隊は構わず剣を振りかぶった。



――




「未桜?」

急に声のしなくなった未桜の方を、かおるは見る。


すぐ近くにいたから、何かあったらすぐ分かるはず。



「なっ!?」



かおるは目を見開いた。 未桜がいたはずの場所には、黒い兵隊が佇み、剣を構えて、こちらを赤い無感情な機械的な瞳で見据えていた。



「お前…っいつから…!未桜はどうした!」


かおるは斧を構えて問う。命令に従うだけの騎兵は何も答えない。


「迷ってる場合じゃないか…!」



かおるは斧を振り上げ、黒い兵隊へと掛かっていった。


――



「みんな!ねぇ!どうしたの!?やめて!!」


凪が必死で戦っている6人へと声をかけ続ける。


未桜とかおるは剣と斧で撃ち合い、


美羽と霞は、魔法とレイピアでお互いを狙い合い、


翔花の雷を優が防ぎ、流星を落とす魔法で対抗している。



それぞれが、いつも仲間に向ける表情ではなかった。 完全に、敵として相対している光景だった。




「なにが…どうなってるの…急にどうして…」

灯は顔を真っ青にしながらも、頭を回転させる。


―さっき、優と霞が先ほど言っていた言葉。


『なんか今―変な感じせんかった?』

『せやな。空間が歪んだような―』



霞は闇魔法を、優は聞いた情報から察するに、おそらく光魔法や聖魔法の類の能力のようだった。


その結界や魔封といった能力の2人が、異変を感じたということは…。



「凪…!もしかしたら、これもあいつらの仕業かもしれないわ」

「えっ?」

涙を浮かべながら、声をかけ続けていた凪が灯を見上げる。


「急にみんなが仲間割れするなんて、どう考えてもおかしいもの。たぶんだけど…なにか幻のようなものを見せられてるのか、操られてるのかもしれないわ」 


「そんな…!なら止めないと…!でも、どうしたら…」

凪は戦い続けている仲間を、悲しさと焦りの表情で見つめる。


灯も、焦った頭で必死に考える。

しかし、確かな考えは出てこなかった―



「―気づいたのかしら…?でもそれだけじゃ、仲間はずっとお互いに傷つけ合うだけよ」

尚も影から観察しているジストは、わずかに口角を上げて、2人を見下ろす。


―まあ、何もできないなら、私は、それでもいいけれど―


そう無感情にぼそっと呟いた。

 



―灯がなんとか止める術はないかと、半ばパニックになりながら必死に周りを見回している、その時だった。



ガンッ!!!!




未桜の一撃を喰らったかおるが、地面へ叩きつけられる。 未桜がそこへ容赦なく、剣を振り下ろそうと構えた。

「――だめっ!!未桜!!!」

灯は咄嗟とっさに、かおるの前へ飛び出した。


未桜、―斬っちゃだめ!!



未桜とかおるの間へと飛び込んできた灯。


しかし


未桜は灯だと認識できなかった。


「また増えた…っ!?邪魔っ!!」


そう言った未桜が眉間にシワをよせ、灯を真横へ腕で弾いた。

「きゃあっ!!!!」

「灯っ!!!」


変化した未桜の力は凄まじく、腕で弾かれただけで灯の身体は吹き飛んだ。



凪が焦った顔で駆け寄り、灯を抱き起こす。


一瞬の隙ができたかおるは体制を立て直し、なんとか未桜がかおるを斬るという状況は免れていた。




「灯…!大丈夫…!?無茶して…!」

凪が灯の顔についた砂を袖で拭きながら、顔を覗き込む。


灯は、たった今目の前でみた未桜の顔が、脳裏に焼き付いていた。



―ここにきて初めて会ったのが未桜。

自分とは対極の、明るくて気持ちのままに言葉を発する、皆のリーダーに自然になっている未桜。

いつもお互いに正反対で、口喧嘩みたいになっても、優しく笑いかけてくれる未桜の。


あの容赦なく敵を見る顔が、自分に向けられたことに、ショックを受けていた。



同時に、未桜だけじゃない。まだ会って短いけれど、助け合ってきた大切な仲間達が、そんな顔をしながらお互いを傷つけさせられているこの状況に、怒りを覚えた。



そして―それをどうにもできない自分にも。



「もう嫌よ…」

「灯…?」


「こんな状況、もう嫌!!」


パキンッ―!


―灯の中の何かが音を立てて、氷が割れるように弾けた―




灯の眼前に、幻影が広がる。





―要塞の都市に、研究員のような白衣の人間達が、各々にものを抱えながら逃げ惑っている。


―武装した警備兵が慌ただしく駆け回っている。


―要塞の入り口に立つのは、1人の女性。


―背の高く、光を反射するような水色の髪を銀の留め具でひとつに留め、長く美しい装飾の施された槍を構えていた。


―水色と銀色を基調とした騎士服は、凛とした雰囲気を際立たせている。腰の金具には熊と雪の結晶の紋章。


―その女性は、最前線へ立ち、落ち着いた表情で、研究員や警備騎士へ指示を出している。


―都市のゲートの奥そびえ立つ雪山には、この都市を襲わんとする大量の黒い兵隊達。

そして凄まじい雪崩。


「あなた…は」

灯の目が揺らめく。

心に何かが広がっていく。


―水色の騎士が槍を振ると、侵入者達の見える山から襲い来る雪崩を一気に凍らせた。

合図とともに女性の後ろへ控えていた警備騎士達が制圧にかかる。



―水色の騎士は、チラリと灯へと目線を送った。



「……っ!」

その冷たくも凛とした眼差しに射抜かれる。

頭の中に、落ち着いた女性の声が響いた。



『知識は力。強い力も、どう使うかは自分次第。場を見て、読んで、感じて、決断なさい―』


灯の中に、スッと雪が溶けるように、その言葉が染み込んでいく。



「―知識は、力。―そうね、冷静に考えなくちゃ…!!じゃなきゃ、皆を助けられない…!!」



フッと水色の騎士がわずかに口角を上げ、頷いたように見えた。


パキンッ……



氷が砕けるような音ともに、幻影が消えた―




―――


「灯!大丈夫!?灯っ!?」

呼びかけても反応のない灯に、凪は必死で肩を揺さぶる。


―どうしよう。私一人じゃこんな…。


凪は絶望していた。

目の前で傷つけ合う仲間達。 

未桜に薙ぎ払われ、声が届かない灯。


「どうしたらいいの…」

この都市にきても、私は強い何かを感じることはなかった。


―ここも私が関係してる場所じゃなかったの?

皆を助けられず、このまま見てるしかないの?


凪の目には自然と涙があふれてくる。


強く助けたい願っても、自分の心の中の何かが反応してくれる気配はない。


本当に私は何も、みんなとは関係ないんじゃ?

たまたま何かの偶然でここにきてしまっただけなんじゃ?



いや。と凪は涙を拭った。


「―みんな…っ気づいて…!敵じゃないよっ!!」

関係ないとしても、今はそんなことどうでもいい。 たとえ私には何の力もなくても、皆が大切な友達なのは変わりない。


なんとかしなくちゃ…!


凪が決意の表情で立ち上がり、目の前で戦っている美羽と霞の間へと駆け出そうとした。 


―その時、隣で座り込んでいた灯が、立ち上がった。


「とも、」

凪が驚いて灯を見上げる。



灯が目を瞑り、

すぅっ

と息を吸い込む音が聞こえた。  



パッと顔をあげる灯の瞳には、凍てつく氷のような水色。



「―目を覚ましなさい!!!!」




灯の声が、都市内に大きく響き渡ったと同時、灯の姿が水色と銀色を基調とした騎士服へと変わった。


左肩のみにかかっている水色と銀色のマントが、バサッと揺らめく。



ピキピキ…ッ!!!!!


都市の床の全面が一瞬で氷に覆われた。


―6人の足が氷で縫い止められ、動きが止まる。



ピキピキピキ…ッ!!!



足元から、6人の上半身まで氷が張っていき、完全に身動きができないよう拘束していく。



肩で息をする灯。

ふーーーっと長く息を吐いた。



氷漬けにされた6人は、困惑した表情でなんとか抜け出そうともがいている。



―まだだ。まだ、皆にかけられた魔法は解かれていない。

早くこの魔法を止めないと。



素早く視線を周囲へ移した灯は、槍を構え、真っ直ぐ上へと突き立てるように構える。



「隠れてるなら、出てこなきゃいけないようにするだけよ」


槍の先端が、水色の光を帯び始めた。


――ファン――

水色の波動が都市全体へ瞬時に広がった。


バギンッッ!!!



「わっ…!!」

凪が建物を見上げる。



一瞬で、都市内全ての建物が、凍てついた。


「チッ…!」



「―見つけた」


凍てつく建物に巻き込まれまいと、空中へと飛び上がるしかなかった人影。


それを灯は見逃さなかった。

槍を真っ直ぐ、その人影へと投げた。



「ぐっ!!!」

間一髪で急所を避けたものの、足を槍で貫かれたジストは、そのまま地面へと墜落ついらくする。



――ヴァン――


空間が歪むような振動があたりを揺さぶり、ピタッと氷の中でもがく6人の動きが止まった。



「え?あれ?…うわっ!?」


我に返ったような未桜の素っ頓狂な声が響く。


「く…黒い兵隊は…?なんで翔花が目の前に…?」

優の困惑した顔で辺りを見回した。


「いやめっちゃ冷たいんだけど!?!?」

翔花が自分を固めている氷を見て驚愕の声を上げた。


「どうなってんのこれ!?」

美羽も顔だけで周りをキョロキョロしている。



「みんな…!」

魔法が解けたと気づいた瞬間、凪はホッと息をついて、その場に膝をつき崩れ落ちた。


灯が、コンッ!!と地面を槍の末端で叩くと、6人の身体を覆っていた氷が瞬く間に消える。



「灯…!?その姿は…!」

かおるが灯の姿をみとめて、目を見開く。



灯は仲間を振り返らず、床に突伏しているジストの眼前へ、槍先を突きつけた。


「…ハッ」

ジストが汗を垂らしながらも、口角をあげ指を弾こうとした。


「―!」

パチンッ!!!


その様子に気づいた霞が、先に指を弾き、ジストを伽藍がらんじめに縛り上げ、床へと縫い止める。


槍を突きつけられ、うつ伏せになった身体を紫の腕で縛り上げられたジストは、顔を向けた。



―目の前の灯ではなく、その後ろにいた霞へと向けられいる。

交差する視線。

ジストが目を細めて、放った。


「―どうも、オリジナル」


「は…?」

言葉を向けられた霞は、動揺する。



それと同時に、ジストの身体を縛り上げている紫の腕を通して感じるジストの魔力に、霞はますます動揺した。


―なんやこれ…。私と同じ闇魔法やと思ってたけど…これは…私の魔力と似てるなんてもんやない…っ!


例えるなら、原材料が同じで、作る途中の計算式だけ、わざと少し変えてあるような―そんな不気味さ。



「あんた…なに」

霞も目を細め、わずかに血の気が引いた顔で、ジストを睨み返した。


周りで見ていた全員も、その様子に困惑する。



「オリジナルとはどういう意味なの。ダイヤという女性に私も同じ言葉を言われたわ」

グッと槍の先端をジストへ強く向け、見下ろしながら詰問する灯。



「―私達から聞き出そうなんて思わないことね…。素直に教えてあげるような間柄じゃないことくらい…わかるでしょ」



無表情にふぅ…と、霞と灯からも目を背けた。 どうでもいい。そんな表情をしていたが―



―ヴァン―



ジストの足元に、赤紫の魔法陣が展開され、 明滅した。


「!」

灯の反応が一瞬、遅れた。


「また…っ!させるもんか!」

ドンッと地面を蹴った翔花が、短剣をジストへと向けた―



カカンッ!!!!


「なっ!!」


ジストの足元に展開した魔法陣から瞬時に飛び出してきたのは―金髪のツインテールを揺らしたシトリンだった。



ジストへと向けた翔花の短剣を、シトリンの短剣が受け止める。

気色の違う金髪が2つ、揺れた。



「ッ!キャハハハ!」

「―っ!」



短剣を交え、お互いが反対側へと吹き飛び、それぞれが空中で回転して着地した。



そして


「べー!!!!」

シトリンが、翔花に向けて、指で目尻をさげ舌を思いっきり出してきた。


―いわゆる、あっかんべー。

 


「…あ゙?」

ピキっと血管が浮き出るような音が聞こえてきそうなほど、翔花はイラつき、ムカついた顔をした。



瞬間、ニッと八重歯をむき出して笑ったシトリンが、短剣をその場で振り下ろした。




カッ!!!!!!




まばゆい閃光があたりを包む。

たまらず全員目を瞑った。



――光が消えたあと、ジストとシトリンの姿はそこにはなかった―

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