第18話 再会と狼の記憶
崖の上に立つ未桜の身体が、赤い光に包まれ元の姿に戻っていく。
変化が解けた彼女は、真っ先に、霞の方へ視線を向けた。
「霞!大丈夫!?」
未桜の瞳は心配に揺れていた。
霞は額にうっすらと汗を浮かべていたが、ふぅ…と息を整えた。
淡い紫の光が霞を包み、元の姿へと変わる。
「……平気。なんとかなって良かったわ…」
「霞…一体何があったの?」
灯が心配そうに近寄り、霞の肩へ優しく手を置く。
「凄い汗やで霞…。さっきも息も苦しそうやったし」
傍らで優も眉を下げて霞を見つめている。
霞は少し黙ったあと、灯の顔を見て、薄く微笑んだ。
「まだ私も自分で整理できてない…。ちゃんと話したいし…全員揃ったら話すわ。その方がいいと思う」
未桜に視線を向ける霞。
「―分かった。とりあえず今は合流することの方が大事だね。でも、マジで助かったよ霞。あたし1人じゃどうしようもなかった。ありがとね」
ニッと笑って褒めるように霞の頭をポンポンと撫でる。
「…子供扱いすんな」
照れたように、ぷいっと横を向く霞。
「未桜と霞がそう言うなら…とりあえず、都市に向かいましょう」
「でも2人とも、ホントに無理はせんでね…!」
灯と優が2人に賛成しつつも、身体を案じている様子で声をかけた。
「大丈夫!かおる達も心配だしね!…それと優。あんたも顔色悪いよ。さっきの白頭のやつ…あんなこと言われたの心当たりある?」
未桜は安心させるように、灯と優の背中に手を置き、そして優の顔を覗き込む。
優の瞳が、白髪の少女の言葉と視線を思い出したのか、僅かに揺れた。
「ううん…。なんも心当たりあらへん。初めて会うた子やし…」
優は首を振り否定する。
覗き込んでいる未桜の目から目線を少し逸らし、胸の前で 右手をギュッと握った。
優はパッと身を
「うちは全然平気やで!うちのことよりも、早くかおる達と会わなね…!」
未桜は何か言おうとしたが、ここでこのまま立ち止まっている時間もない。それに、優もまだ話せるような心持ちじゃないのかも…。と思い直し、言葉を飲み込んで頷いた。
眼下に見えるの亀と蔓の都市へ戻るため、未桜達は、足早に歩き始めた。
―――
一方、風が優しく吹いている崖下の森では、かおる達4人は、先程の戦いが嘘のように穏やかな森を足早に進んでいた。
「道、めちゃくちゃだね…!うわっと!」
翔花が段差に
転ぶ寸前に体勢を直す。
「あっぶなぁー!」
地割れにより段差が広がり、白髪の少女の攻撃により至るところの木々が焼き果てている道を、4人は足元を確かめながら進む。
「あれだけの攻撃を受けたら、仕方ないことではあるけどな…」
かおるは悲痛な面持ちで周囲を眺める。
森は穏やかな雰囲気に戻ってはいるが、木々の燃えた匂いが鼻をかすめ、土煙のような靄がうっすらと立ち込めていて、視界が薄ぼんやりしている。
かおるはその光景に胸が締め付けられるのを感じた。
「足元気をつけていこう…ケガしないように」
凪は今にも道が崩れてしまうんじゃないかと、
「さっき、ものすごい音が聞こえたよね!?未桜達のところじゃないといいけど…!」
美羽は少し
足早な様子に、早く合流しないと。という気持ちが表れているようだ。
4人が都市へ向けて歩き始めた直後、遠くの方から腹に響くような
「あの白髪のやつが、未桜達と元へ行ったのかもしれない。未桜がついているとはいっても、心配だ。できる限り急ごう!」
かおるの言葉に、焦りの表情が見て取れた。
「でもさ、これ…どっちだっけ?」
翔花が目の前の道を示しながら、困った顔で皆を見る。
魔法による攻撃で、様相がすっかり変わってしまっている森には、都市へ向かう為の目印はない。
地割れから逃げるために、道もわからないまま4人は逃げ惑って、奥まで来てしまっているようだった。
かおるはスマホを出し、写真ホルダーの地図を見る。
「…地図でみると、この森は都市の北側にあるみたいだ。南側がワープの関所だから、私らは森の反対側から都市に入ってきたんだね。…だとすると」
かおるはアナログの腕時計の短針を、太陽に向けた。
「何してるの?」
美羽が不思議そうに尋ねる。
「時計を地面と水平にして、太陽に向けるんだ」
「太陽?」
凪が太陽を見る。
美羽は自身のつけていた、可愛らしいデジタル時計を太陽へ向けてみていた。
「太陽に短針を合わせて、12時と長針の真ん中を見るんだよ。まあ…正確じゃないみたいだけど、だいたい南の方向が分かる。あ、美羽、デジタル時計じゃできないよ」
かおるは焦っているためか早口であるが、時計を見ながらも、丁寧に答える。
「ありゃ、できないんだ」
美羽は少し残念そうだった。
「すごいね!かおる!キャンプとか好きって言ってもんね!ってか、スマホ使えたら、一発で方向も分かるのに、やっぱ不便だなぁ〜」
翔花は目を丸くして驚いたあと、自身の圏外のスマホをみて唇をとがらせた。
「…うん。不安だけど、今は信じて進もう。南側に都市があるはずだから、…こっちに向かって歩いてみよう」
かおるが方向を割り出し、先頭に立って歩き始めた。
3人もかおるの後を急いで追いかけた。
―――
坂道を下り崖から降りた未桜達は、そのまま崖壁を伝って、初めに地割れと遭遇した道まで戻ってこれた。
「改めて見ると、凄まじいわね…」
亀裂が走り、深く裂けている地面を見て、灯は顔をしかめる。
「あの時マジで焦ったわ。これ、絶対あのオレンジ頭の仕業だよね」
未桜はオレンジ頭の憎たらしい笑みを思い浮かべ、苦々しげに呟く。
「かおる達…戻ってこれてるやろか…」
「そうやね…あっちも地割れが追ってきてたし…」
優と霞も心配そうに呟きながら、足元に目線を落として慎重に歩いている。
「地割れしてるところは落ちたりしたら危ないから、なるべく端の木のそばを通って都市に戻りましょう」
灯が注意を促し、安全そうな道を見つけながら先導する。
「あ!!!」
聞き覚えのある元気な声が、未桜達の耳に届いた。
「おーーい!!4人とも〜!!よかったぁ〜!!」
「大丈夫〜〜!?ケガとかない〜〜!?」
4人が足元から目線を上げると、都市と森の境目、木の看板のアーチのふもとで、翔花と美羽が満面の笑顔で立っていた。
ブンブンと音が聞こえてきそうな勢いで手を振っている。
「…元気すぎない?」
未桜は呆れながらも安堵したのか、苦笑している。
「ほんとね。でも、あっちも無事そうでよかったわ」
灯もクスクスと笑いながら、軽く手を振り返した。
「ほんま調子狂うわ…」
霞も言葉は呆れていたが、顔は微笑んでいた。
「翔花達も無事なんー??」
優も笑顔で手を大きく振り返した。
翔花と美羽の少し後ろ側に立っていたかおると凪も、翔花達の声で森を振り返り、胸を撫で下ろしていた。
未桜達が、かおる達の元へ辿り着くと、かおるが前に出て、改めて無事かを確認した。
「今ここから見える崖の方を見てたんだ。ところどころ崩れているし、焦げてるし、凄い音も聞こえてた。だから、未桜達も白髪の少女と
「もってことは、かおる達も?」
灯が驚いたように目を見開く。
翔花が食い気味で答えた。
「そう!もう、あの白頭の女の子、まじでめちゃくちゃ怖い魔法撃ってきてさ!!!木は丸焦げだし、地面は穴あくし!めっちゃ怖かったの!」
美羽も首が取れるんじゃないかという勢いで頷いている。
「白髪の少女は、後から私たちの方へきたの。最初は地割れがずっと追ってきてて…逃げたら崖についてしまったわ。私たちを最初に襲ってきたのはオレンジの髪の女性だった」
灯は、詳細に状況を語り始めた。
崖へと追い詰められたこと。
地割れから岩のようなヘビが出てきて襲われたこと。
未桜が再び赤髪の騎士になって助けてくれたこと。
岩ヘビを操っていたと思われる、オレンジ髪の女性が襲ってきたこと。
そして――
灯は、霞を見る。
「あとでみんなが揃ったら、説明するって言ってたけど…霞、説明できそう?」
霞はコクリ、と頷くと、一歩前にでた。
かおる達を真っすぐみる。
「とりあえず、これを見てほしい」
霞が右手を胸の前へかざす。
「霞…?」
凪が不思議そうに首をかしげた。
黒い鎌が霞の右手の前に霧が集まるように現れる。
霞が鎌を掴むと、紫の光が霞の身体を包み、霞の姿が変化した。
紫髪に紫の瞳、濃紺のローブ。
「ええっ!!!?」
かおる達4人の声が木霊した。
「さっきの崖での戦いの途中、霞が助けてくれて、めっちゃ助かったんだけどさ。あたしらもまだ、霞がこうなれた理由が聞けてないんだよね」
未桜が補足するように、かおる達へ話す。
霞は、鎌を両手で握りしめながら、ポツリポツリと語る。
「オレンジ頭のやつが…私らの足を蔓みたいなもので拘束する魔法を使ったとき、私思ったんよ」
「私、こういう魔法、知ってる、って」
――――
オレンジ頭の女が、私達をひと睨みしたとき、あっという間に毒々しい色の
無理やり解こうともがくも、
灯や優の焦った声が真隣から聞こえてくる。
―はやく、なんとかせんと…!―
霞は歯を食いしばりながら、足を引き抜こうとしたが、もう霞の足は寸分も動かなかった。
―動かしても全然ダメや…!どうしたら…!―
視界の端では、未桜がオレンジ頭の女と撃ち合いをしている。
オレンジ頭の女の一撃が重く、未桜が苦戦しているのが分かった。
のたうち回っていたはずの、岩ヘビの
―あかん…!岩ヘビまできたら…!!―
霞はもがきながらも必死で思案する。
自分の足元を見ながら、どうにかして動かそうとする。
焦りだけが募っていき、息が荒くなる。
灯と優の必死なうめき声が、より一層、焦りを強めた。
―どうしたら…!どうしてた…?こーゆー時、私は…!―
"こんな魔法、解けるはずなのに…!!"
霞の頭の中で、誰かが自分と重ねて、喋った気がした。
「へ……?」
もがく自分の足元に映像が重なる。
―濃紺のローブにブーツの足元。
―ローブ横に見える右手には黒く長い鎌
―その目線の下で、紫の長い腕のようなものがいくつも伸び、眼下にいる魔物や黒い兵隊達を拘束していた。
―視界に見える右手が音もなく静かに上がる。
―眼下の拘束されているモノ達の下に、紫の魔法陣が広がる。
そして――
―まるで、空に浮かびながら、魔法を操っている誰かの目線を借りたかのような、映像。
目線の端に、紫の髪がなびいたのが見えた。
―この、ローブは、髪は、あの時の―
時計塔でみた、自分とそっくりの少女を思い出した。
瞬間、幾重にもなる魔法陣が次々と頭に浮かび、押し寄せる情報の波に、霞の息が詰まり、グニャっと視界がゆがむ。
幻のような紫髪と濃紺のローブの少女が音もなく、霞の前に立つ気配がした。
深い闇の気配。けれど懐かしい感覚。
―そのローブの裾には、銀色に輝く"狼と月の紋章 "―
闇に響く鈴のような声が囁いた。
『怖いものじゃない。これは大切な仲間を、民を守るための力』
―…っ!!!そうや、これは…!!―
霞はクラクラとする頭と上がる息の中、必死で前を向く。
物凄い勢いで迫ってくる岩ヘビを視界に収めた。
―これが、私の魔法…!―
霞はゆがむ視界の中、右手を伸ばし、岩ヘビに向かって指を弾いた―
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